<吉祥寺残日録>岡山帰省5日目、耕作放棄地となっていたブドウ畑に恐る恐る踏み込む #211012

岡山帰省5日目。

今日は朝から曇っていて、気温も下がって農作業がしやすい気候となった。

とはいえ、一昨日の草刈り中、草の切り株が足の裏に突き刺さったところがまだ痛いので、今日は大事をとって草刈りではなく家の周りを少しきれいにすることにした。

朝まず取り組んだのは、庭の裏庭にある古い柿の木。

西条柿という渋柿で、昔はこの柿の実で干し柿を作ったものだ。

今では高い所に少しだけ実がなっていてだけで、高枝バサミを使ってもまったく手が届かない。

そこでホームセンターで脚立を買ってきてそれに登って高枝バサミを伸ばしたのだが、それでもやはり届かないのだ。

仕方なく脚立をまっすぐに伸ばして梯子にして木にくくりつけて登ってみた。

それで何個かの西条柿を取ることができたが、それ以上は無理で鳥たちの餌として残しておくことにした。

伯母もかつてこの柿を取ろうとして梯子から落ちたことがあり、私も渋柿ごときのために怪我をしてはつまらないと思ったのだ。

そして今日のメインイベントとして挑戦したのが放置されたままのブドウ畑を片付けることである。

この畑は伯母が近所の人にお願いして作ってもらっていたらしいが、その近所の人も高齢で手が回らなくなり結局放置されたままになっていた。

実は、この耕作放棄地となった畑のお隣でブドウ栽培をしている女性から電話をもらい、草が伸び放題でトンネルのビニールが飛びそうなので何とかして欲しいと言われたので、私にとっては最優先で片付ける場所ということになった。

しかし畑一面に私の背を超えるほどの雑草が生茂り、どこから手をつけていいやら分からない状態だった。

使ったのは、こんな木製の道具。

名前も知らないがネットで調べると地面をならすための「木製トンボ」に似ている。

お隣の女性が背の高い雑草対策としてこの道具で草をなぎ倒しその上から除草剤を撒くのが一番簡単だと教えてくれたので、納屋の中を探すと伯母が使っていた古い「トンボ」が見つかった。

こんなもので雑草退治ができるのだろうかと半信半疑のまま畑に向かい、教えられたままに木製道具で雑草を向こう側に押し倒してみた。

これが予想以上に有効で、ブドウ棚を超える高さ3メートルの雑草も簡単に倒すことができる。

草刈機よりもむしろ簡単なほどだ。

こんな感じで、たくさんの「セイタカアワダチソウ」や「ヒメムカシヨモギ」がブドウ棚を超える高さにまでのびのびと育っていたが・・・

「木製トンボ」を使って前に前にと押し倒していくと、徐々に視界が開ていった。

これは使える。

除草剤を撒くかどうかは改めて考えるとして、とりあえず草さえなぎ倒してしまえば、腐ってぶら下がっているブドウを取り除くこともできるし、お隣の女性にご迷惑をおかけしないようにビニールを取り外すこともできそうだ。

午前中に作業の目鼻がついたため、午後は妻も連れてビニールの撤去作業に取り掛かった。

この畑は小さなものだが、それでも300平米以上あって、もしも東京にあったならば4軒ほどの住宅が建てられる広さだ。

私がこの畑全体の雑草を「木製トンボ」を使って押し倒して動きやすくしたところで、妻がビニールを取り付けているビニール紐やクリップを取り外していく。

このビニールはブドウを雨から守る役割があるようで、ビニールハウスのように費用をかけず露地栽培をする伯母のような農家では針金で作った枠組みに毎年こうしてビニールを貼っていくのである。

伯母はずっと一人でこの作業を続けていた。

自分の背丈よりも高いブドウ棚の上にどうやってビニールをかけていくのか不思議でならないが、伯母の畑は例年、集落の人たちが感心するほどきれいにトンネルが作られていた。

ビニールを押さえている黒い紐をほどき・・・

針金に固定するためのクリップを1つ1つ外していく。

ところどころに水が溜まっている。

そして端からビニールを少しずつ剥がしていくのだ。

背の低い妻が紐をほどくこととクリップを外す担当で、背の高い私がビニールを巻いたり引っ張ったりしながら外していく担当である。

トンネルの骨組みとその中を走るブドウの幹が顔を見せる。

ブドウたちは自然のままに育ってはいるが、もうすでに時期もすぎ鳥たちにもついばまれているので悲惨な状態でぶら下がっていた。

ビニールを取り外したブドウ畑は少しスッキリした様子に変わった。

剥がしたビニールシートはとりあえず一輪車で家まで運び、どう処分すればいいのか分からないので、次回の燃えるゴミに出すつもりだ。

少し疲れたが、夫婦力を合わせた共同作業、意外に楽しかった。

何も商品を産み出さない単なる後片付けではあるが、人間の仕事という実感があった。

本来、仕事というのは金銭を目的に行うものではなく、誰かのためになったり自分の居心地をよくするために行うものではないか。

そんなことを感じた有意義な1日だった。

<吉祥寺残日録>岡山帰省2日目、突然ですが軽自動車を購入した #211009

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