<吉祥寺残日録>入梅と時の記念日・・・梅酒と梅干しと梅シロップを作る #210611

今日6月11日は雑節の「入梅」。

日本列島は今週真夏のような晴天が続くが、暦の上では今日から梅雨入りということになる。

とはいえ、これはあくまで農家が田植えの時期を予め予定するために設けられたたもので、江戸時代の天保暦から今日に至るまで、「太陽黄経80°の日」が入梅と定められているという。

「太陽黄経」といわれてもピンとこないが、立春が0°で、夏至が90°となるそうだ。

『雑節の入梅や、七十二候の梅子黄前後の時節は梅仕事が楽しい。「梅酒」は普通、青梅に氷砂糖を加えて焼酎に浸して作る。一年くらい置けばコクのある味わいに。暑気あたりや腹下しに効くとも。』

トイレにかけてある歳時記カレンダーに描かれた「梅酒」の絵が気になったらしく、妻が突然、梅の実を八百屋で見つけてきた。

妻が買ってきたのは、和歌山産「南高梅 2L」(1059円)。

私は全くの無知だが、「南高梅」は日本一の梅の産地・和歌山を代表するブランド白梅で、その実は最高級とされているらしい。

妻は買ってきた梅を3つのザルに分けた。

水洗いしてから、楊枝を使って小さなへたを取り除く。

せっかくだから梅酒のほかに、梅干しと梅シロップにも挑戦するのだという。

梅の実は黄色くなったものと、まだ緑のものが混ざっていた。

まずは、梅酒から。

お酒は焼酎や泡盛でもいいのだが、ネット情報では無味無臭のホワイトリカーを推奨している。

妻が買ってきたのは宝酒造のホワイトリカー「果実酒の季節」(900ml / 698円)」。

アルコール度数は35%、原材料はサトウキビ糖蜜と書いてある。

紙パックの裏面には、梅酒の作り方が書かれていた。

  1. 新鮮で傷のない青梅を選び、よく水洗いして、つま楊枝か竹串でへたをとります。
  2. 乾いたふきんで一粒づつ水気をふきます。
  3. 広口壜に入れ砂糖と一緒に漬け込みます。
  4. 1〜3ヶ月程で飲めるようになり、1年程熟成させるとよりおいしくなります。

実に簡単である。

砂糖は日新製糖の「氷砂糖 クリスタル」(500g / 284円)。

氷砂糖との対面はいつ以来だろう?

子供の頃には御馳走だった。

懐かしさがあふれて、氷砂糖を一つ口に放り込む。

甘い・・・美味しい。

これを100円ショップの「キャンドゥー」で買った広口壜に入れる。

このガラス容器が100円では、日本企業はとてもメイドインチャイナに対抗できないだろうと思った。

梅の実330g、氷砂糖250gをガラス容器に入れて、ホワイトリカー600ccを投入する。

続いて、梅干造り。

梅の実12個330gに、塩26gと砂糖26g、ホワイトリカー大さじ1杯を混ぜてジップロックに入れ、その上にペットボトルを載せ重石代わりとする。

最後に梅シロップ。

まずは梅を冷凍庫に入れて1晩凍らせる。

翌日冷凍庫から取り出した梅330gと氷砂糖330gを広口壜に交互に入れる。

その上からリンゴ酢を大さじ1杯かけておく。

後は1日2〜3回ゴロゴロ容器を揺する必要がある。

こうして室内の冷暗所に置く。

想像以上に簡単で、これなら私でもできそうだ。

そして、3日後。

梅干しから液体が出てきた。

これをジップロックのまま冷蔵庫に入れる。

そのまま夏の土用のころまで冷蔵庫に入れておき、3日間晴れが続く日を待って日当たりの良い場所で干すと出来上がりだそうだ。

梅シロップからも液体が染み出してきている。

2〜3週間もすれば梅ジュースとして楽しむことができるので、冷蔵庫に移して保存するらしい。

中の梅も適当なところで取り出して、こちらは梅ジャムなどに加工する計画だという。

梅酒の方は一番変化が少なく、常温のまま置いておく。

最低でも3ヶ月、熟成するまでもっと長期に置いておいてもいい。

どうせ妻は酒を飲まないので、私が好きなタイミングでいただくことになるだろう。

こうして我が家で初めての「梅仕事」が行われた。

妻は確かに楽しそうだったし、想像していたよりもはるかに簡単だった。

商品として人様に販売しようと思ったら大変だろうが、自家消費のための梅仕事ならば失敗したってそれはそれで楽しいではないか。

こうして日本人は昔からこの季節、田植えの合間に梅と戯れて生きてきた。

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昨日6月10日は「時の記念日」でもあった。

「時の記念日」は1920年(大正9年)に設けられたのだが、そのころの日本人は時間にルーズだったという。

大正時代、東京教育博物館(国立科学博物館の前身)は通俗教育(社会教育)を意識した様々な展示会を開催していた。一連の展覧会が契機となって伊藤博文を会長とする生活改善同盟会が発足し、日常の生活改善の十項目として第一に「時間を正確に守ること」を掲げた。

時の記念日の制定には、当時欧米の先進国から「日本人は時間の感覚に乏しい」とみられていたことから、時間に関心を持ち、規律正しく効率的な生活を習慣化する啓発の意味があったといわれている。

出典:ウィキペディア

ちなみに、6月10日が「時の記念日」に選ばれた由来は、1350年前の「日本書紀」の記述だそうだ。

「日本書記」に「天智天皇が漏刻(ろうこく)を置いて初めて時を打った」という記述があります。漏刻とは水の流れ方が一定であることを利用した水時計です。これが日本で時計が鐘を鳴らして時を知らせた初めての記録とされています。天智天皇10年4月25日、西暦では671年6月10日のことで、これにちなみ6月10日が時の記念日となりました。
天智天皇を祭る近江神宮では毎年この日に「漏刻祭」が行われます。境内には日本最初の時計博物館があり、この日は無料公開されます。

引用:暮らし歳時記

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今では世界一時間に厳格が国民と言われる日本人だが、伝統的な時間の感覚はかなり違っていた。

古来日本では1日を12等分して子・丑・寅・卯~の十二支を当てはめていました。昼夜をそれぞれ6等分し、1日12等分で時間を把握していたので、季節によって昼夜の長さが変わり、時間の長さは一定ではありませんでした。しかし、昔の人は日の出とともに起きて1日が始まり、日の入りとともに1日の仕事を終えたので、その方が便利だったのでしょう。
この時代の名残として残っていることばもあります。
正午(しょうご):「午(うま)」の刻は太陽が南中にくる頃だったので、昼の12時を表します。
お八つ(おやつ):午後のティータイムは午後3時。「未(ひつじ)」の刻がちょうど八つ時で、午後3時頃。
丑三つ時(うしみつどき):怪談で「草木も眠る丑三つ時!」とおどろおどろしく語られる丑三つ時とは深夜2時から2時半頃

引用:暮らし歳時記

季節によって時間の長さが変わる。

まさに夜明けとともに働き日暮れに家に帰る農民中心の「時」が、日本には根づいていたのだ。

「おやつ」という言葉も、とても味わい深く感じてくる。

テレビは時間を売る商売である。

15秒のCM枠がいくらで売れるかによって業績が違ってくる。

だから時間には極めて厳格だ。

そんな1分1秒を争うテレビの世界で生きてきた私だが、会社を辞めて歳時記と向き合うようになってからは別の「時」を生きているような気がする。

梅仕事をする時間というのは、間違いなく日本古来の季節によって長さが変わる「時」だと思う。

こちらの「時」を生きている方が、人間は幸せになれるんじゃないか・・・。

日本人が時間を意識するようになったのは果たして幸せだったのかどうか、そんな疑問も湧いてくる。

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