「芒種」の次侯は、「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」。
その意味は、「腐った草の間からホタルが現れ始める頃」と歳時記カレンダーに書いてある。
「昔の人は、暑さに蒸れて腐った草や竹の根がホタルになると信じられていた」という解説もどこかのサイトで目にした。

ホタルかあ・・・長いこと見てないなあ・・・と思う。
井の頭公園にはホタルはいないが、私は知っているのだ。
吉祥寺からさほど遠くないところに、ホタルが見られる穴場スポットがあることを。
面白くもない夕方のニュースをザッピングしながら見て、午後7時前に家を出た。
この時期に本当にホタルが見られるかどうかはわからないが、自転車を漕いでその場所に向かう。

私が目指したのは、三鷹市大沢にある「ほたるの里」。
かつて私が住んでいた場所のすぐ近くだ。

「ほたるの里」についたのは、午後7時15分ごろだった。
すでに日は沈んでいたが、まだ明るい。
ちょうど「国分寺崖線」と呼ばれる崖の下に当たり、崖と野川に挟まれた場所に三鷹市唯一の田んぼが残されている。

田んぼの脇には、崖下から湧き出すきれいな湧水を利用して江戸時代からワサビの栽培も行われている。
東京都内では珍しい「三鷹大沢わさび」というブランドでかつては人気だったそうだが、最近では湧水の量が減りワサビの生産量も減ってしまった。

三鷹市では、このあたり一帯を「大沢の里」として木道なども整備していて、ホタルの季節になると、ところどころにボランティアの人が立って気軽に教えてくれる。
「今の時間は、東大の馬場の方がホタルが見える」
ボランティアのおじさんから、そんな貴重な情報をゲットした。

それにしても、とても東京とは思えない田園風景。
井の頭公園では聞くことのないカエルの鳴き声があちらこちらから聞こえる。
のどかだ。

木道の上に三脚を据えて、ホタルを撮影しようというカメラマンもスタンバイしている。
どうやらホタルは田んぼのような開けた場所ではなく、崖に鬱蒼としげる雑木林の方に現れるらしい。

私と同じく、ホタル目当ての人たちが思いのほか大勢周囲をうろうろしている。
私もしばらくの間、雑木林を眺めていたのだが、どうやらまだ明るすぎるようなので、ボランティアのおじさんが教えてくれた「東大の馬場」というところに行ってみることにした。

木道の入り口に置かれた2つの提灯。
これが絵になる。
提灯には「ほたるの里 三鷹村」と書いてあるが、これはここで米づくりなどを行っている地元のボランティア団体で、彼らこそ27年前から湧水を利用して「ゲンジボダル」を育てる活動を続けてきたグループだということを知った。

あたりがだいぶ暗くなってきた。
田んぼを離れ、野川沿いの道を下流方向へ歩いて行く。
この先に東京大学の馬術部の馬場があるはずなのだが・・・

教えられた通りに歩いていくと、突然住宅街の路地に行列ができていた。
どうやら目的地はここらしい。
東大の馬場はこのすぐ先だが、みんなが入っていくのは崖の方である。
後で調べて分かったのだが、ここは国立天文台の敷地で、ホタルの季節に限って敷地内に入れてもらえるらしい。
今はコロナのため敷地内の入場人数をコントロールしているため行列ができているということがわかった。

たくさんの親子連れに混じって、私も敷地内に入れてもらった。
そこは崖の竹林の中で照明もないのでかなり暗い。
前の人について、竹藪の通路をノロノロと進んでいく。

子供たちの歓声が上がる。
ふーっ・・ふーっ・・・と暗闇の中で小さな光が点滅する。
ホタルだ!
でも、暗くて写真に映らない。
動画でも撮影してみたが、微かに光が点滅するのはわかるが、周りは真っ暗。
肉眼ではもう少し見えているのだが、ホタルを撮影するにはテクニックが必要そうだ。

最後に撮影した写真には、かろうじて白い点が写っていた。
これが、ホタルだ。
写真としては全然ダメだったが、私は何年ぶりかでホタルを見て大満足である。
せっかくなので、ホタルについて少し調べてみよう。
日本を代表するホタルといえば、「ゲンジボタル」。
体長は15ミリほどで、日本産ホタルの中では大型種だという。
驚いたのは、この記述だ。
多くの種類の成虫は、口器が退化しているため、口器はかろうじて水分を摂取するぐらいしか機能を有していない。このため、ほぼ1~2週間の間に、幼虫時代に蓄えた栄養素のみで繁殖活動を行うことになる。
出典:ウィキペディア
つまり、ホタルの成虫はエサを食べる能力がないため、わずか1〜2週間しか生きられないというのだ。
そのため、ホタルの一生はこちらの幼虫の姿で水の中で過ごす。
ホタルって、何を食べているんだろう?
多くの種類の幼虫は湿潤な森林の林床で生活し、種類によってマイマイやキセルガイなどの陸生巻貝類やミミズ、ヤスデなどといった土壌動物の捕食者として分化している。日本に棲むゲンジボタル、ヘイケボタル、クメジマボタルの3種の幼虫は淡水中に生息し、モノアラガイやカワニナ、タニシやミヤイリガイなどの淡水生巻貝類を捕食する。
出典:ウィキペディア
ゲンジボタルは主に、「カワニナ」という小さな巻貝をエサとしているらしく、「ほたるの里 三鷹村」では水路にこの「カワニナ」が繁殖するように、「カワニナ」のエサとなるキャベツの葉を水中に沈めているそうだ。
では、ホタルはなぜ光るんだろう?
ホタルの発光物質はルシフェリンと呼ばれ、ルシフェラーゼという酵素とATPがはたらくことで発光する。発光は表皮近くの発光層で行われ、発光層の下には光を反射する反射層もある。ホタルに限らず、生物の発光は電気による光源と比較すると効率が非常に高く、熱をほとんど出さない。このため「冷光」とよばれる。
出典:ウィキペディア
ATPは「アデノシン三リン酸」の略で、ほぼすべての生物の体内に存在し、エネルギーの放出・貯蔵、あるいは物質の代謝・合成の重要な役目を果たしている。
まあよくわからないが、ホタルの体内で起きる化学反応があの魅惑的な光の源なのだ。

さて、竹藪を後にして再び田んぼに戻る。
木道を通って雑木林の中を覗き込んだが、こちらではホタルは確認できない。
でも、この提灯はやっぱりいい。

最後にもう一度「ワサビ田」を覗くと、数匹だけだがホタルが飛んでいた。
「あ、いた」「あそこにもいる」
子供たちの声が暗闇に響く。
今の子供たちにとっては、暗い夜を経験すること自体がきっと貴重な体験だろう。
その非日常的な暗闇の中で見つけた小さな光。
きっと子供たちには忘れられない思い出になったに違いない。
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