<吉祥寺残日録>きちシネ🎬 祝!アカデミー賞受賞!「ドライブ・マイ・カー」(2021年/日本映画) #220328

世界の賞レースを総なめにした濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が、アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞した。

日本映画のアカデミー賞受賞は2009年の『おくりびと』以来13年ぶりの快挙だ。

惜しくも受賞は逃したものの、「ドライブ・マイ・カー」は日本映画として初めて作品賞にもノミネートされていた。

さらに黒澤明監督以来となる監督賞と脚本賞の計4部門でノミネートされ、世界最高の舞台で極めて高い評価を受けた。

壇上に上がった濱口監督は全身で喜びを表しながら、出演者一人一人に感謝の言葉を述べた。

「ここにいる出演者のみなさんに感謝します。西島秀俊さん、岡田将生さん、霧島れいかさん、パク・ユリムさん、ジン・デヨンさん、アン・フィテさん、ソニア・ユアンさん、おめでとうございます! そして、ここに来られなかった俳優の皆様にも感謝します。特に(劇中で)赤いサーブ900を見事に運転してくれた三浦透子さん……取りました! ありがとうございます」

濱口監督のスピーチに登場したように、この映画には日本人だけではなく、韓国・台湾・フィリピン・インドネシア・ドイツ・マレーシアからオーディションで選ばれた役者たちが多言語劇を演じる役者の役で出演している。

特に、一番近い国なのに深いわだかまりが消えない韓国の役者さんが、主人公に気づきを与える重要な役割を担っている。

13年前にオスカーを獲得した『おくりびと』は私の大好きな映画の一つで、心に沁み入るようなストレートに感動できる作品だったが、それに比べると「ドライブ・マイ・カー」はかなり趣を異にしている映画なのだ。

この映画は村上春樹の短編小説を原作にしているだけあって、とても文学的な作品である。

だからこそ、芸術性を重視するカンヌ映画祭で日本映画初の脚本賞を受賞したのを手始めに、全米映画批評家協会賞では作品・監督・脚本・主演男優賞を受賞するなど、一般大衆よりもプロたちから強い支持を受けてきた。

予告編を見ても、どんな映画なのかさっぱりイメージができない。

だからアカデミー賞の発表前に観ておきたいと昨日突如思い立ち、近くの映画館に観にいくことにした。

「ドライブ・マイ・カー」が上映されているのは、「吉祥寺パルコ」の地下にある映画館「アップリンク吉祥寺」。

朝9時15分からの回はネットで調べるとガラガラだったのでちょっと早めに映画館に行ってみると、なんと地下に降りるエレベーターがまだ動いていなかった。

「パルコ」もまだ営業前で地下に降りる階段もない。

私と同じようなお客さんが結構いて、およそ20人ほどがエレベーターホールでただじっとエレベーターが動き始めるのを待つという、どこか村上春樹的な不思議な光景がしばらく続いたのだ。

すると、8時50分すぎに一人のガードマンが現れ、おもむろにエレベーターを操作。

待っている私たちを「どうぞ」と促した。

私たちは異次元に入っていくような錯覚を覚えながら下りのエレベーターに乗り込んだ。

朝一番の「アップリンク吉祥寺」。

当然のことながら、わたしたちが一番のりの客ということになる。

この時間にやってくる客はみんな「ドライブ・マイ・カー」がお目当てのようだ。

券売機でチケットを購入。

60歳以上は1200円のシニア料金なのはありがたい。

そして、まだ誰もいない映画館を歩くのは面白い体験だった。

まさに村上ワールドの世界だ。

この映画のストーリーを文字にするのは難しい。

公式サイトを見ると、このように紹介されていた。

妻との記憶が刻まれた車。聴けなかった秘密。孤独な二人が辿りつく場所──
再生へと向かう姿が観る者の魂を震わせる、圧巻のラスト20分

舞台俳優であり演出家の家福かふくは、愛する妻のおとと満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう――。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。さらに、かつて音から紹介された俳優・高槻の姿をオーディションで見つけるが…。
喪失感と“打ち明けられることのなかった秘密”に苛まれてきた家福。みさきと過ごし、お互いの過去を明かすなかで、家福はそれまで目を背けてきたあることに気づかされていく。
人を愛する痛みと尊さ、信じることの難しさと強さ、生きることの苦しさと美しさ。最愛の妻を失った男が葛藤の果てに辿りつく先とは――。登場人物が再生へと向かう姿が観る者の魂を震わせる圧巻のラスト20分。誰しもの人生に寄り添う、新たなる傑作が誕生した。

「ドライブ・マイ・カー」公式サイトより

主人公は、仕事で成功し都会的で文化的な教養人。

愛する妻をある日くも膜下出血で失うが、彼は妻が自分以外の複数の男とセックスしていることを知りつつそのことを問いただせないまま妻はいなくなってしまったのだ。

妻の死後も、彼女が吹き込んだカセットテープを車の中で聴きながらセリフの稽古をするのが主人公の日課。

妻を失う恐怖から妻の秘密から目を背けてきたことが彼を苦しめてもいた。

感情をぶつけ合ったり、相手を問いただしたりせず、表面的に穏やかな日常を送ろうとする現代人のディスコミュニケーションがこの作品の大きなテーマである。

その対比として重要な役割を担っているのが、主人公が演出をする舞台である。

ロシアの作家チェーホフの代表作「ワーニャ伯父さん」を、アジア各国からオーディションで選ばれた役者が多言語で演じる。

「ワーニャ伯父さん」の台詞と現実の物語が交錯しながら映画は進行する。

間違いなくこの映画の主題は「ワーニャ伯父さん」の中に隠されていると思い、映画を見終わった後、この戯曲について調べてみた。

この作品は1889年に書かれた『森の精』の改作であることが知られており、旧作との比較によって作品の成立に至る内情を窺い知ることができる。『森の精』においては人生をかけて経営に従事してきた領地を売りに出すことを提案されて激昂したワーニャが自殺を遂げる一方で、美しい娘であるソーニャは医師との恋を実らせていた。それが本作においては絶望したワーニャは残された人生を耐えて生きていかなければならず、それを不器量な娘に書き換えられたソーニャが自身の失恋の痛手をこらえつつ優しく慰めるという筋書きに改められている。ワーニャの自殺を除いては幸福な結末に至る旧作から、絶望に耐えて生きていかなければならない人たちの姿を描き出す劇へと変貌を遂げたところに、チェーホフの劇作家としての進境を窺うことができる。

また前作の『かもめ』ではコスチャが自殺を遂げて幕が降りたことも考え合わせれば、「絶望から忍耐へ」、「忍耐から希望へ」というチェーホフ作品に通底するモティーフがこの結末に端的に表れていると見ることができる。特にソーニャがワーニャを慰めようとして語りかける幕切れのセリフはこの戯曲の核ともいえる部分であり、チェーホフ劇の中でも最も美しいセリフとして親しまれている。

出典:ウィキペディア

「絶望から忍耐へ」「忍耐から希望へ」。

まさに「ドライブ・マイ・カー」はそんな映画だった。

その人の人生において重要な存在を失い、「自分がその人を殺したのだ」と自責の念に苦しめられている2人が出会い、心の奥底に秘めていた気持ちを誰かに伝えることによって微かな希望が見えてくる。

そんな物語だったのだろう。

正直、ノンフィクション的思考しかできない私には1回見たぐらいでは心にストンと落ちてこない映画だった。

ただ、私がこの映画の中で一番印象に残ったシーンは、主人公らの台詞ではなく、多言語劇のラストで韓国人の手話女優が演じたソーニャの言葉だった。

「仕方ないわ。生きていかなくちゃ…。長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。そしていつかその時が来たら、おとなしく死んでいきましょう。あちらの世界に行ったら、苦しかったこと、泣いたこと、つらかったことを神様に申し上げましょう。そうしたら神様はわたしたちを憐れんで下さって、その時こそ明るく、美しい暮らしができるんだわ。そしてわたしたち、ほっと一息つけるのよ。わたし、信じてるの。おじさん、泣いてるのね。でももう少しよ。わたしたち一息つけるんだわ…」

チェーホフが書いた「ワーニャ伯父さん」の有名な台詞らしい。

映画ではこの台詞が手話で演じられ、字幕で表記される。

声はなく、韓国人女優が演じる手話の微かの音と時折発せられる吐息の音。

このシーンはとても印象的であり、彼女が手話によって発したメッセージこそ、チェーホフと村上春樹と濱口竜介が私たちに伝えようとしたメッセージなのだと感じた。

自分の解釈がどこまで正しいのか全く自信がない。

こうした映画を見ると、「私はやはり文学的な人間ではない」ということを強く感じる。

それでも、わかりやすさを追求した商業映画ではなく、見る人に解釈を委ねるような文学的な作品の方が世界で通用するという事実はとても興味深く、分断が深まる時代の中で、世界中の人がコミュニケーションと相互理解の問題で悩んでいるんだということを教えてくれる。

アカデミー賞を受賞したことで、今後「ドライブ・マイ・カー」を見る人も増えるだろう。

しかしこの作品は「おくりびと」や、アカデミー作品賞を受賞した韓国映画「パラサイト 半地下の家族」とは全然違い、エンターテインメント的要素がほとんどない。

世界各国の一般大衆が、3時間に及ぶこの長編映画をどう見て何を汲み取るのか、ちょっと興味があるところである。

<きちシネ>#19「パラサイト 半地下の家族」(2019年/韓国映画)

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