論語入門

井波律子著「論語入門」を読み始めた。金沢大学教授などを経て、国際日本文化研究センター名誉教授。中国文学を専攻する先生だそうだ。

論語は学校で少しは習った記憶があるが、若い時には何の魅力も感じなかった。この年になって読むといろいろ思うところがある。還暦近くになってから読むのは遅くはあるが、人生の晩年を締めくくるにあたり、先人の言葉から学ぶことは多い。ここから謙虚に学び始めたいと思うのだ。

気になった言葉を書き出しておきたい。

「子曰く、学んで思わざれば則ちくらし。思うて学ばざれば則ち殆うし」(為政第二)

先生は言われた。「書物や先生から学ぶだけで自分で考えないと、混乱するばかりだ。考えるだけで学ばないと、不安定だ」

本を読み、自分の頭で考える。まさに今年私が始めたことだ。今更ではあるが、こうした暮らしを死ぬまで続けていきたいと思う。その先にどんな心境が待っているのか楽しみだ。

そして、有名なこの言葉。

「子曰く、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従って、のりをこえず」(為政第二)

先生は言われた。「私は十五歳になったとき、学問をしようと決心し、三十歳になったとき、学問的に自立した。四十歳になると、自信ができて迷わなくなり、五十歳になると、天が自分に与えた使命をさとった。六十歳になると、自分と異なる意見を聞いても反発しなくなり、七十歳になると、欲望のままに行動しても、人としての規範をはずれることはなくなった」

50歳は「知命」、60歳は「耳順」という。私はすでに以前から耳順ではある。むしろ、知命の方が問題で、ひょっとすると今年始めたこのブログが私の天命というものになるのかもしれない。

目の前の事柄に追われ、慌ただしく過ごしてきた現役時代。本来ならこの時代にもう少し学べばより良き人生が送れたのかもしれないが、特に後悔することはない。今から、これまでやらなかった勉強を始める。論語はちょうど今の私にはぴったりかもしれない。

「五十にして天命を知る」

まだ辛うじて五十代なのだ。

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