蒼ざめた馬を見よ

五木寛之さんの「蒼ざめた馬を見よ」。初期の短編を集めた文庫本を読んだ。

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ソ連の有名作家が密かに書いたとされる長編小説を世に出すために、新聞社を辞め、レニングラードでスパイもどきの活動をすることになった日本人記者・鷹野を主人公に、冷戦下の熾烈な暗闘が描かれる。骨太で、リアルで、無駄のない作品だ。「林住期」を書いた作家の「青春期」の切れ味を思い知らされる。直木賞も伊達ではない。

鷹野は旧満州で終戦を迎え、収容所生活でおびただしい数の死に直面する。「私たちは、人間が見てはならない蒼ざめた馬を見てしまった世代なのだ。それは数限りない死の影です」
主人公はバケツの音とともに、「焼き日ですよう」と告げる声の記憶に苦しめられる。燃料を節約するため、収容所では死んだ人をまとめて焼く日が決まっていた。幼い兄弟の手を引き、満州を逃げた五木少年の消しがたい記憶が投影される。

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一方、同じ本に掲載されているもう一つの短編「天使の墓場」。教え子達と冬山に登った高校教師が偶然核兵器を積んだ米軍のB29墜落に遭遇する。生徒を救うため猛吹雪の中をひとり下山することを決断するが、途中で意識を失う。気がついた時には、生徒達を見捨て一人生き残った教師として非難の的となっていた。
その間に米軍機墜落の痕跡は完全に消え去り、5人の生徒達は行方不明のまま捜索が打ち切られていた。国家ぐるみの巨大な陰謀の中で精神病院に収容されてしまう教師は、一人の記者の助けを借りて事実を暴くための孤独な戦いに挑んだ。

この二つの作品はそれぞれ昭和41年と42年に相次いで発表された。米ソの冷戦、ベトナム戦争、権力との戦い。その時代の空気を詰め込んだ作品たちだ。しかも、どちらの作品もハッピーエンドにはならない。というか、はっきりとした結論がない。途中で終わってしまった印象だ。その先どうなっていくのか。読者にゆだねた結末。

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白黒はっきりつけたがる今の風潮とは全く異質な時代が少し前の日本にはあった。昔慣れ親しんだ、気だるい雰囲気が全編に漂う。この時代の方が、私にはしっくりくるようだ。

今更ではあるが、いろんな作家の作品を読んでみたくなった。とりあえず1週間に1作品は読むことにしよう。図書館通いが続きそうだ。

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