文章レッスン

芥川賞作家・村田喜代子さんの「縦横無尽の文章レッスン」という本を読む。

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これは村田さんが下関のミッション系大学での講義をまとめたものだ。名文を味わい、書く。大学で開かれた極めて実践的な文章講座の進め方は、それ自体がなかなか示唆に富む。
講義のテーマを書き出してみた。

「何を書くか、何を書かないか? 小学生の作文にひれ伏そう」子供の作文から、大人が学びたいこと、①まず書く事柄を決めておく、②書かない事柄も決めておく、③大胆に自分中心でいってみよう、④周囲を細心に観察する。「おとなの思考力」と「子供のような感受性」。印象に残る話をした人というのは、心の柔らかさを感じさせる。

「面白がって、自由に、大胆に、冗談まじりに、好きなようにやってみよう」野見山暁治の版画「昨日のこと」をもとにして40分間で短い文章を書く。原稿用紙は使わずノートを破いて一枚使用、鉛筆で書く。

「真っすぐな、素直な文章ばかり書いていないか?理屈はこんなふうに捏ねるのだ」テキストはジョン・ブロックマン編『2000年間で最大の発明は何か』。この例文を読んで学生自ら40分間で答えを書く。

「さあ、大胆に、冗談まじりに、一生懸命に、理屈を捏ねてみよう」先週学生が書いた『2000年間で最大の発明は何か』の答えを読み合わせ。

「天才少年大関松三郎の市を読む 言葉の陰にあるものを読み取ろう」テキストは大関松三郎が70年前小学6年の時に書いた『山芋』。続いて『馬』。

「筋の通る文章と筋の通らない文章」橋本治『ひらがな日本美術史』、赤瀬川原平のエッセイ『電球』。真っすぐに話を進めて筋道を通す文章と、とんでもなく宙返りしながらそれでもなぜか筋道が通っている文章。一方で、詩、短歌、俳句など筋道が消えているものがある。たとえば、現代俳句、いくつか作品が出ている。面白いのでそのまま引用しておく。

①広島や卵食ふ時口ひらく 西東三鬼 ②きつつきの遺書はカタカナ明朗です 川久保すみ子 ③弟は丘でボーンと鳴っている 星野一郎 ④宇宙傾きつつあり群れてアキアカネ 塩野谷仁 ⑤祭の夜とつてもかなしい馬もいて 橋田サカエ ⑥黒板はかなしい突端行き倒れ 野ざらし延男 ⑦大百足ああ赤銅が歩きおる 茂木岳彦

筋道の通った文章より、途中で筋道がひっくり返ったり、筋道自体のない文章の方が、より文芸の「芸」という「私的」な心の世界に入っていく。

「考察とは物事を明らかにするためによく調べて考えること」優れた文章というものは箇条書きで説明するようなものから習得できない。大切なことは、何をどのように深く考えるかだ。「文章の作り方」とは別の言い方をすると「物事の考え方」なのだ。テキストは鷲田清一『悲鳴をあげる身体』、竹内敏晴『思想するからだ』、ライアル・ワトソン『エレファントム』。

「考えながら、笑ってみよう」テキストは別役実『けものづくし』から『犬』、赤瀬川原平『困った人体』。学生には、心臓、唇、爪の中からひとつ選んで文章を書かせる。

「対象物をじっくりと見てみよう しかるのち、目を閉じる 物事の本質はそれからでないと見えてこない」テキストはジュール・ルナール『博物誌』から『ろば』『豚と真珠』『こうもり』。

「深く書くとはどういうことか たかが、ネズミの話であるが たかが、はとの話であるが」テキストはルーマー・ゴッデン『ねずみ女房』という童話。

「書く前にかんがえること 書き終えて読み直すこと」 講義の総まとめ
人の数だけ個性があり、自分の手に馴染んだ書き方がある。文章は自由に書かれなくてはならない。文章を書く前の段取りから。

①「テーマをどう掴むか」テーマを考えるより、自分が書こうと思う話のイメージを大づかみした後で、プロットというものを作ればいい。豚の食い始めたら<もうけっして地べたを離れない>鼻や、<不撓不屈の鼻>というような言葉における具体的なイメージを作り上げる。また草原の空にかぶさってくる霰を含んだ暗い空や、漬け物樽みたいな豚の体に、ばらばらと当たる雹の場面なども具体性がいきてくる。ここまで話のプロットが頭に浮かんだら、あと一息。ラストに豚が雹を罵るセリフを思いつけば完了だ。

②「文体をどう作るか」文体とは、しゃべり方である。私たちは日常でも、うれしい時悲しい時、話のないようによってしゃべり方を変えている。書くときは自分がどんな語調でしゃべるか、自分の口で試してみよう。

③「書く前は徹底的に調べる」何かを書くときはとにかく本、インターネット、知人などとあらゆるところから題材に関連するものを収集する。歳時記から百科事典まで手当たり次第。知識欲と好奇心を手放さないこと。そこからすなわち贈り物がやってくる。

④「まず自分の目と耳で推敲する」客観的に読み直すことは難しい。ワープロの文章を印刷するときは書式を少し変えてみる。自分の耳で確かめること。音読だ。息がしづらくなる箇所があったりすると句読点が足りないかもしれない。黙読では意味がない。録音のも一案。その際は鉛筆を手に素早く直しを入れる。

⑤「文章の中に空白はないか」無意味なところは思い切って削除する。ときに書き足す効果より文章を削り取ってしまう効果の方が大きい場合がある。

⑥「自分の癖を知る」たぶん文章上達の法で最重要なのはこれだろう。癖というのは、我流である。自己流で、悪癖で、個性とは違う。この癖は簡単に発見できる。好んで観念用語を使うので、自分以外の人間が読めば一目瞭然にわかる。良いと思っているのは自分だけで、誰が読んでも違和感を覚える。癖のない、分かりやすい、正確な誤りのない文章はそれほど書くのが難しい。だからこそ出版社や新聞社には編集者という人々がいて、校閲部があり、校正という作業があるのだ。他人に注意されるのが嫌なら、自分で完璧な原稿を出せばいいが、それはほとんど不可能だと思っている。ならば注意を受けて改めることができるように、自分の気持ちの持ち方を変えるしかない。

「どこがいいのか。なぜいいのか。それを自分できちんと説明できるようになると、自分の書く文章も良くなってくるのである」

雑文を書き慣れた頃、改めて読み返してみたい本である。

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