今時の若者

「今時の若者は・・・」というのは昔からよく聞くフレーズだ。

最近だと、ひ弱ですぐ会社を辞めるというイメージでこの言葉が使われることが多い。

ただ、私は今時の日本の若者たちは何かとてもいいなと思っている。

何がいいと言って、顔がいいのだ。

街を歩く若者たちの顔を見ていると、すっとした顔をした若者が多い。力みがないのだ。若者特有のギラギラした野心のようなものがない。それが団塊の世代のおじさんたちには物足りないのだろうが、私は日本が成熟した証のような気がしている。

我が家の前の道はジブリ美術館に向かう外国人旅行者がよく通る。駅に向かう途中、中国人のグループとよくすれ違うが、遠目にも日本人か中国人かだいたいはわかる。昔なら着ているものや髪型などですぐにわかったが、最近は中国人の若者たちのファッションはあまり日本人と変わらない。それでも、すぐに区別がつくのは、やはり日本人の方がすっとした顔をしているからだろう。

今時の若者は、車に乗らない。スキーもしない。ギャンブルもしない。性欲もないし、結婚もしない。とにかく欲がなく、堅実だ。

そんな日本の若者たちが何を感じ、何を考えているのか。それを正面から書いた一冊の本に出会った。まだ読み始めたばかりだが、面白いので書き残しておきたい。

本のタイトルは「ゆとり世代の愛国心」という。

平成元年生まれの税所篤快(さいしょあつよし)さんが書いた本だ。税所さんは、バングラデシュで映像授業「e-Education  Project」という貧しい子供たちの教育プロジェクトを立ち上げた社会起業家だ。

税所さんはこの本の「はじめに」の中で、「ゆとり世代」についてこう書いている。

『そのイメージはすこぶる悪く、上の世代から「内向き」「草食系」「コミュニケーション能力が低い」「打たれ弱い」など、ありとあらゆる悪口を言われてきた。とくに団塊の世代からは「俺たちの時代はいい時代だった」「いまの若者は閉塞感に覆われた時代に生まれてかわいそう」と、憐憫と自己愛が入り混じったコメントを面と向かって投げかけらたことも、一度や二度ではない。そんなことを言われつづけたら、しだいに希望を失い「内向き」「草食系」になっても当たり前じゃないか。』

ただ、税所さんは自分たちはむしろ恵まれていると考えている。

『僕たちは、すばらしい国、すばらしい時代に生まれた。僕たちほど世界で自由を謳歌できる世代は、いままでの日本にはいなかった。』

こうした彼の日本に対する感覚は、世界に出ることによって初めて得られたという。

アフリカの秘境でも通用する日本のパスポート。先人たちが築き上げた日本に対する良好なイメージ。そうした環境の中で、インターネットやSNSを駆使して、「僕たちは国境や時間変更線を飛び越えて活動することができる」というのが、今時の若者が最強の日本人だという彼の根拠だ。

『洪水に浸るバングラデシュの首都ダッカで、日本の都市計画の緻密さを。

険しい山間部を進むルワンダの路線バスで、日本の新幹線の快適さを。

F16戦闘機の飛行音が鳴り響くガザで、日本の平穏さを。

貧困にあえずロマ族(ジプシー)を数多く抱えるハンガリーで、日本のセーフティネットのて暑さを。

自国の通貨が崩壊している国コソボで、円の世界的強さを・・・。

そのとき僕は、素直に、日本のことを「すごい」と思った。「好き」だと思った。「愛おしい」と思った。海外でプロジェクトに取り組む仲間に聞いても、みな口々に同じことを言う。

これこそが僕たち平成生まれの、リアルな「愛国心」である。』

世界を旅した日本の若者が感じるこうした気持ち、私にはとてもよくわかる。今の日本は、日本国内で見るよりも海外に出て振り返って見たほうが何倍もその良さがわかるのだ。

日本にいると、政治家の私利私欲が目にあまり、ネット上には「ネトウヨ」と呼ばれる得体の知れぬ言動がはびこり、本屋に行けば「反中・嫌韓」があふれかえる。狭い歪んだナショナリズムを目にすると、日本のことを嫌いになってしまいそうだ。

しかし、日本の素晴らしさはもっと広範に密やかに存在する。あまりに日常すぎて、日本にいるとそれに気がつかないが。一歩外国に踏み出すと、強い衝撃を持ってそれを感じることができるだろう。

税所さんの指摘を読んで、忘れそうになっている昔の私が蘇るような気がした。

そして税所さんの本の第1章は、「僕たちは『ぶざまな大人たち』を見て育った」という刺激的なタイトルだ。平成生まれのゆとり世代はどのような社会で何を感じながら育ったのか。私の報道時代のカレンダーを照らし合わせながら、とても興味深く読んだ。

『「僕たちはすばらしい国、すばらしい時代に生まれた」

「はじめに」に書いたように、現在の僕は心からそう思っている。でも、そんな気持ちは生まれたときから備わっていたわけではもちろんない。両親や学校の先生から教えられたこともなければ、ニュースを通じて実感したことも皆無。むしろ、周囲の環境は、僕たちの世代に「日本なんて嫌いだ」と思わせるようなものばかりだった。

本章では、僕が子供時代に見聞きしたニュース、大人から聞かされた話をふりかえることで、「平成生まれ」が生まれ育った時代状況を僕なりに再現してみようと思う。』

こんな書き出しで始まり、「最初の記憶」として登場するのがサリン事件である。1995年、税所さんは6歳だった。主婦たちの不安をよそに、子供たちはアサハラの立ち居振る舞いをネタにして遊んだという。

続いて1997年の山一証券の破綻。『エライはずの人が、肩をすぼめ、顔を涙でぐしゃぐしゃにして記者会見を行う光景をテレビ越しに見ていた。 小学生の僕が素直に抱いた感想はこうだ。「ダサイ」。これが、僕が最初に脳裏に焼きつけた両親以外の「ニッポンの大人」である。』

そして2001年、中学1年の時に「9.11」が起き、『平成生まれの心に、人間の生の儚さや人間の営みのもろさを深く植えつけた。』

2003年、中学3年の時にSMAPの「世界に一つだけの花」が大ヒットした。『でもこの曲、どうも腑に落ちない。何かが気持ち悪い。その原因はすぐにわかった。合唱祭で「もともと特別なオンリーワン」と歌っても、文字どおりの「オンリーワン」を、親も学校も求めていないのだ。』

そんな税所さんに希望の星が現れる。

『そんな中、僕たちははじめて、正真正銘の「オンリーワン」の姿を目の当たりにした。ライブドア社長(当時)の堀江貴文氏である。(中略)ホリエモンは、そんな古い日本の価値観に縛られることなく、既存の枠組みを破壊しようとした。一代で巨大なIT企業を作り上げた起業家が、プロ野球や放送局といった旧態依然とした世界に切り込んでいく。若者世代にとって、ホリエモンは「新時代の到来」の象徴に思えたのである。』

ホリエモン現象は若い世代からこういう風に見えていたことは、「旧態依然とした放送局」に勤めていた私にも理解できる。この事件は、既存メディアへの信頼が失われていく大きなきっかけの一つとなった。『その日を境にメディアは一気に論調を変える。「堀江バッシング」の始まり。』 耳が痛い。

『この事件は、一夜にして「新時代のシンボル」が墜落した印象を僕たちに与えた。「失われた20年」と呼ばれる閉塞感漂う日本で、何かを突破してくれるかも知れないという期待感を、僕たちはひとまわり上の世代のホリエモンに重ねていた。「大人たち」はそのシンブルを徹底的に叩きつぶし、塀の中に送った。

ホリエモンの逮捕劇は、僕たち平成世代に「出る杭は許さない」という日本社会の掟を嫌というほど知らしめた。度重なる不祥事で「大人社会」への不信感や頼りなさを感じていた僕たちにとっては、その感情を決定的なものにするのに充分すぎるほどだった。』

ライブドア事件の顛末とそれを伝えたメディアへの違和感が、私の想像以上に強いものだったようだ。多感な時代にどんな出来事を目撃するかは、人間形成に影響を与える。私にも、平成生まれの息子がいるが、彼は穏やかながら、冷徹な目で社会を見ている。

今時の若者は夢がない、という人がいる。確かに私たちの世代と比べて無邪気な夢を語る若者は少ないかもしれない。しかし一方で、ボランティアに参加したり、困っている人たちを助けたいと真顔で話す若者たちは確実に増えている。団塊の世代が学生運動で社会の矛盾を正そうと戦ったのとはまったくスタイルが違うが、自分のできることから世の中をよくしていこうという行動は、むしろ地に足がついた息の長い運動に発展する可能性がある。

私は、日本の未来に期待している。

成熟した北欧のような社会が、日本にも実現するかもしれないと、期待しているのだ。

税所さんの本は、そうした私の期待をさらに膨らませてくれそうだ。

 

 

 

 

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