<吉祥寺残日録>賭けマージャンより危険なもの #200524

黒川検事長の問題が、定年延長の話からいつの間にか賭けマージャンの話にすり替わってしまった。

メディアも世論も、新しいもの、わかりやすいものに飛びつく癖がある。

黒川さんを政治利用しようとした政権サイドは、いつもながらの素早い逃げ足で定年延長問題を葬り去り、辞任した黒川さんや記者たちの問題にすり替えようと意図的に世論を誘導している。

確かに、この時期に賭けマージャンを行なっていたという行為は非難されてしかるべきだし、記者たちの行動にも大いに問題がある。

しかし私たちは、黒川問題の本質がどこにあったのかを見誤ってはならない。

私は賭けマージャン問題が報じられた直後、これは黒川氏による「自作自演」ではないかと書いた。

それは私の直感であり、それを裏付けるような情報はその後も出てはいないが、私は今でも「自作自演」の可能性があると考えている。

黒川氏は、若い頃から麻雀好きだったというし、多くの記者たちとも頻繁に麻雀をやっていたと報じられている。

それは事実なのだろう。

私は記者クラブというものが嫌いで、2年ほどの警視庁クラブしか経験していないが、昔は記者クラブには必ず雀卓があり、古参の記者たちが昼間から麻雀をしていたものだ。私の世代以下になると、仕事中に麻雀をする記者は少なかったと思うが、麻雀は伝統的に記者と官僚たちをつなぐコミュニケーションのツールとして利用されてきた。

ただ単に厳しい質問をぶつけるだけではネタは取れない。官僚たちは情報を渡す相手を選ぶからだ。

記者たちは、取材対象者との信頼関係を作るために、取材を離れた人間関係を築く努力をする。相手が麻雀好きならそれは格好の手段となるだろう。

一方、官僚サイドにしても、記者たちとのパイプを持っていることはいざという時に役に立つ。自分たちが推進したい政策を広く国民に訴えたり、予算獲得を後押ししてくれる世論形成を目的に、信頼できる記者にだけ情報を渡して記事にしてもらう。すなわち「リーク」である。

信頼できる記者を複数知っていることは、霞が関で出世するためにはとても重要である。

もちろん記者と官僚の間には、一定の距離があり、緊張関係も当然存在する。

記者は官僚から渡された情報を何でも記事にするわけでもないし、役所に不都合な事態が起きれば、途端に敵対関係となる。ただ、そんな時でも記者との間に信頼関係があれば、官庁側の言い分もある程度記事に反映させることができる。

こうして、昔から記者と官僚の間には、独特の関係が築かれてきたのだ。良し悪しは別として、特ダネの多くはそうした特殊な関係から生まれているのは事実だろう。

私は警察官とプライベートで麻雀をしたことはないが、一度だけ警視庁主催の懇親麻雀大会というものに参加したことがある。警視庁クラブに所属する記者と警視庁の幹部たちが雀卓を囲むこの大会では、もちろん現金を賭けることはないが、上がった役に応じてちょっとした商品がもらえるようになっていた。

私はどうも記者クラブという日本独特のシステムに馴染めなかったが、新聞記者の多くは長年、こうした記者クラブを回って仕事をするのが普通だ。

黒川さんは法廷に立つ検察官の仕事よりも、霞が関の法務官僚として長いキャリアを積んだ。その間には、検察の不祥事があり、官邸にまつわる様々な疑惑も起きた。黒川さんが多くの記者たちと麻雀をしたのも、こうした疑惑を出来るだけ穏便に処理するために必要だったのだろうと推測される。

黒川さんという人物は、そうやって如才なくトラブルを処理して頭角を現し、官邸の信頼を得たのかもしれない。

そして官邸は、そんな黒川さんの定年延長のために、閣議決定という前代未聞の禁じ手を使った。どうしても黒川さんを検事総長にしたかったのだろう。

もし、黒川さんが賭けマージャンをしていなかったら、どうなったのか?

夏には、強引に検事総長の交代が行われていたに違いない。

検事総長の任期は65歳まで、しかも検察庁法の改正が今のまま行われれば68歳まで検察トップを務めることも可能となるはずだった。

この1週間、賭けマージャンの問題がメディアを騒がせているのを眺めながら、私は、もし黒川さんが賭けマージャンを行わずに検事総長になっていたら、賭けマージャンの問題など比べ物にならないほど危険なことが起きただろうと思っていた。

今回、週刊文春に情報を流したのは、産経新聞の関係者だという。

麻雀の相手をした2人の記者も産経新聞だった。

政権に比較的近いとされる産経新聞がなぜ、週刊誌に黒川さんを売ったのか?

仮に黒川さんが、緊急事態宣言下で、しかも検察庁法改正案の審議が行われている最中に賭けマージャンを行うほど「軽率」な人物だったとしても、産経新聞が自ら記事化せずに週刊誌に情報を流す意図は何か?

黒川さんの「自作自演」でないとすれば、むしろ政権の関与を疑いたくなる。

政権周辺が何らかの理由で定年延長問題をうやむやにしたくなり、黒川さん個人の問題にすり替えることを画策した。そうとでも考えなければ、どうにも今回の文春砲は理解できないのだ。

賭けマージャンなんかに目を奪われて、はるかに危険な権力の横暴ぶりを忘れてはならない。

黒川さんは所詮、生贄に過ぎないのだから・・・。

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