<吉祥寺残日録>横田滋さんのご冥福をお祈りします #200606

拉致被害者の横田めぐみさんの父で、拉致被害者家族会の代表を務めた横田滋さんが亡くなった。

87歳。

ある日突然消えた娘のために、誠実に粘り強く救出活動を続けた滋さんの願いは最後まで叶うことはなかった。

拉致問題がここまで国民的な最優先課題として意識されるようになったのは、横田滋さん早紀江さんご夫妻のひたむきで謙虚な姿勢の賜物だったろう。

私は一度もお目にかかったことはなかったが、呼ばれれば全国どこにでも足を運び、切々と協力を訴えた滋さんの姿が今も拉致問題の風化を防いできた。

しかし、北朝鮮との交渉は完全に行き詰まったままである。

まずは、娘との再会を果たすことなく天国に旅立った滋さんのご冥福を心よりお祈りしたいと思う。

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拉致問題について、私には今でもモヤモヤした記憶がある。

それは小泉純一郎総理が電撃的に北朝鮮を訪問して、問題解決への機運が一気に高まった2002年から2004年ごろのことだ。

1回目の訪朝の際、北朝鮮の金正日委員長は、日本人13人の拉致を認め謝罪した。そして蓮池さん夫妻、地村さん夫妻と曽我ひとみさんの一時帰国が実現した。

しかし同時に、横田めぐみさんを含む8人がすでに死亡していると日本側に伝えてきた。当時の横田滋さんの会見は、今見ても胸が締め付けられるようだ。

そして2004年、横田めぐみさんの遺骨とされるものが北朝鮮からもたらされた。

私の中で、今もモヤモヤしているのは、その遺骨のDNA鑑定についてである。

返還された遺骨は火葬されていて、鑑定にあたった科学警察研究所は「判定不能」との判断をした。しかし、同時に鑑定に当たった帝京大学法医学部の吉井富夫講師は遺骨から別人のDNAを検出したとして、日本政府は「遺骨は偽物」と断定した。

これは、北朝鮮との交渉にトドメを刺した。

日本国内では北朝鮮に対する怒りが噴出し、北朝鮮との関係正常化を目指した小泉総理は野望は完全に断たれたのだ。

しかし、科学誌「ネイチャー」は、この帝京大学の鑑定結果に疑問を投げかけ、その裏で政治的な動きがあったのではないかとの疑惑が持ち上がった。

吉井さんは、「nested PCR」というより感度の高い方法を使ったとの説明だったが、今回のコロナで我々も少し知識を得たが、PCR検査というものは感度を高めれば高めるほど誤判定のリスクが高まる。もし仮に誰かが素手でその遺骨を触っていれば、その人のDNAが検出される可能性があるのだ。そして吉井さんの鑑定でも、2人のDNAが検出されたとされているのだ。

さらに、モヤモヤするのは、帝京大学の一講師だった吉井さんが突如、警視庁の科学捜査研究所の法医科長に就任する異例の人事が行われたことだった。これ以降、吉井さんは鑑定に関する一切の取材を受けなくなり、証言隠しの疑惑が持たれた。

その背景は今も解明されていない。

ただ、北朝鮮の罪を立証する決め手となる鑑定結果に海外の権威から疑義を持たれたのは返す返すも残念だ。今回のコロナでも散見されたように、科学よりも政治を優先する姿勢は問われねばならない。

一時帰国した5人の拉致被害者たちが北朝鮮に戻ることを阻止することを強く主張したのは、当時の安倍晋三官房副長官だったと言われている。

もちろん北朝鮮側の主張は信用できない。遺骨が焼かれていたこと自体、北朝鮮側の偽装工作の可能性を疑わないわけにはいかない。

しかし、今から考えれば、あのタイミングを逃したのは致命的だった気がする。

100%満足できる成果がなくても、北朝鮮とのパイプ作りを進めていたら、東アジア情勢は今とは違う形になっていた可能性もある。うまくやれば、今頃北朝鮮の体制が変わっていた可能性さえあったのではないかと、私はモヤモヤしている。

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遺骨問題で北朝鮮と決裂した直後、総理大臣となった安倍さんは、拉致問題の解決を最優先課題に掲げ、「対話と圧力」と言いながら圧力を強化していった。

結果的には安倍政権の「北風路線」は、10年以上経過した今も何の成果も生んでいない。

悪いのは、北朝鮮である。

しかし、日本側にも拉致問題を政治的に利用しようとした多くの政治家たちがいたことも思い起こしておくべきだろう。

問題解決が非常に難しい問題だが、強硬論だけでは前には進まない。

誰か知恵を持った政治家はあらわれないものだろうか?

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