<吉祥寺残日録>憲法改正にコロナを悪用するな #200503

今日は、憲法記念日。

憲法改正に執念を燃やす安倍首相は例年通り、櫻井よしこさんが共同代表を務める「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などが開催する「憲法フォーラム」にビデオメッセージを寄せた。

この中で、新型コロナウィルスへの対応に絡めて、憲法に「緊急事態条項」を盛り込む必要性を訴えたらしい。

予想通りの行動ではあるが、果たしてどんなメッセージだったのか?

産経新聞が詳しく報じているので、その一節を引用させていただく。

 例えば、今般の新型コロナウイルスという未知の敵との戦いにおいて、われわれは前例のない事態に繰り返し直面しております。政府においては、国民の命と健康を守るため、全国に緊急事態宣言を発出し、政策を総動員して各種対策を進めています。ウイルスの感染拡大防止に向けて、国民の皆さまには、外出の自粛や休業要請への対応など、多大なるご協力をお願いしています。また、国家の機能維持という点でみれば、国会審議の在り方についても、与野党で協議し、さまざまな工夫がなされてきたところです。しかしながら、そもそも現行憲法においては、緊急時に対応する規定は、『参議院の緊急集会』しか存在していないのが実情です。

 今回のような未曽有の危機を経験した今、緊急事態において、国民の命や 安全を何としても守るため、国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗り越えていくべきか。そして、そのことを憲法にどのように位置付けるかについては、極めて重く、大切な課題であると、私自身、改めて認識した次第です。自民党がたたき台として既にお示ししている改憲4項目の中にも『緊急事態対応』は含まれておりますが、まずは、国会の憲法審査会の場で、じっくりと議論を進めていくべきであると考えます。

出典:産経新聞「首相「憲法改正、必ずや成し遂げていく」 緊急事態条項創設訴え ビデオメッセージ全文」

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憲法改正は、安倍総理の一丁目一番地である。

第一次安倍内閣発足以来、安倍さんは自民党の党是であり、歴代総理がなし得なかった憲法改正を自らの手で行うことを悲願としていた。

今回のコロナ危機が発生した当初から、安倍さん周辺をはじめ自民党内からは憲法に「緊急事態条項」がないから、他国のような強制力のある措置が日本では取れないと主張してきた。

疑り深い私は、すぐにこんなことを考えた。

安倍政権が当初から一貫して、コロナ対策に消極的なのは、ウィルスを梃子に国民の間の危機感を高めたうえで、「緊急事態条項」の必要性を訴える根拠にしようとする意図があるのではないか?

私は、ずっと疑っている。

「緊急事態の際に政府に強い権限が与えられていないから、十分なコロナ対策が行えない」という世論が高まることを密かに望んでいるのではないかと感じているのだ。

しかし、安倍政権が後手後手を踏んでいるのは、憲法の問題ではない。

現行憲法でも行えることを、ちゃんと行っていないだけだ。

たとえば、緊急事態宣言を発出する時、安倍総理は国民に直接説明する会見の中で、わざわざ「日本では他国のようなロックダウンはできない」と繰り返した。

この頃、緊急事態宣言が遅すぎるという世論が広がり、国民の多くが他国並みのロックダウンが日本にもいずれ導入されるだろうと覚悟していた。

それにも関わらず、安倍総理は自らハードルを下げて、小池都知事が実施しようとした広範な業種への休業要請にもストップをかけたのだ。

確かに、日本国憲法では「私権の制限」に限界がある。

しかし、日本人の特性は、必要だと思われる行動制限であれば罰則がなくても従うということだ。事実、大半の国民はゴールデンウィークにも関わらず、自宅にこもり、痛みを覚悟で営業を自粛している。

政府の補償も他国に比べて見劣りするにも関わらずである。

憲法を改正しなくても、今回のコロナ危機には十分対応できると私は確信している。

立憲民主党の枝野代表も、憲法を改正しなくても、「災害対策基本法」の対象に新型コロナなどの感染症を含めることで対応できると主張している。

むしろ、安倍政権に求めたいのは、科学的知見に基づいて、必要な対策を素早く実施することだ。他国が行なっている対策で良いものがあれば、どんどん導入することである。

そうすることで、国民の間に政府への信頼が生まれる。

何よりも大切なことは、政策決定のプロセスに透明性があって、国民が納得して政府の方針に従うことである。

政府への信頼と政策決定に透明性があれば、日本人はどんな緊急事態にも対処できるだろう。

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安倍総理のビデオメッセージでは、憲法9条にも触れている。

その部分はこうだ。

 そして、憲法第9条です。今回の新型コロナウイルスへの対応では、延べ1万7千人を超える自衛隊員が対応に当たり、この瞬間も、各地の自衛隊病院などで、感染症患者の救護に当たるとともに、空港での検疫、自治体職員などへの感染予防のための教育支援を行っています。そして、一連の対応を通じて、従事した隊員からは、これまで1人の陽性者も出していません。事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努める。私は自衛隊の最高指揮官として、彼らのプロフェッショナリズムに常に胸を打たれています。

本年1月からは、中東海域における情報収集活動も始まりました。中東海域は、年間数千隻の日本関係船舶が航行し、わが国が消費する原油の約9割が通過する、国民の生活を支える大動脈・命綱です。2月には、私は護衛艦『たかなみ』に乗艦し、中東の地に向かう隊員たちを直接激励する機会を得ました。使命感に燃え、整然と乗り込む隊員の姿を目の当たりにし、大変誇らしく思いました。他方で、極めて残念だったことは、隊員のご家族が見守る一角に、『憲法違反』とのプラカードが掲げられていたことです。隊員の子供たちも、もしかしたら、それを目にしたかもしれない。どう思っただろうか。そう思うと言葉もありません。 

 創設以来、何十年にもわたり続く、『自衛隊は違憲』というおかしな議論に終止符を打つためにも、自衛隊の存在を憲法上、明確に位置付けることが必要です。全国25万の自衛隊員諸官が強い誇りを持って、任務を全うできるよう、憲法にしっかりと私たちの『自衛隊』を明記しようではありませんか。 

出典:産経新聞

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自衛隊を憲法に明記することは、私も賛成である。

今回のコロナ対策でも自衛隊員は実に頼もしい存在であり、私も敬意を評したい。

ただし、今回のコロナのどさくさに紛れて、憲法改正を行おうとする動きには断固として反対だ。

1947年に施行された日本国憲法が、一部で時代に合わなくなっていることは否定できない。だから、憲法を時代に即して見直すこと自体を否定するつもりはない。

しかし日本における改憲論者と呼ばれる人たちは、憲法の前文と9条を改正することを真の狙いとしている。そこが問題なのだ。

憲法9条が定める戦力の不保持と自衛隊の間に矛盾があることは事実かもしれない。しかし、重要なのは日本国憲法を貫く平和主義の精神なのだ。

「自主憲法制定」の名の下に憲法改正を求める人たちが目の敵にしてきたのが、日本国憲法の前文と9条である以上、迂闊に憲法に手をつけられなくなってしまうのだ。

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せっかく憲法記念日なので、安倍総理もビデオメッセージで言及した自民党が示した「改憲4項目」について見ておきたいと思う。

4項目とは、①9条改正、②緊急事態条項、③参議院「合区」解消、④教育の充実、である。

この4項目に関して、自民党は「条文イメージ」というたたき台を示している。

「9条改正」について・・・

第9条の2

 (第1項)前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。

 (第2項)自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

 (※第9条全体を維持した上で、その次に追加)

出典:自民党憲法草案 条文イメージより

公明党を意識して、現行の9条を維持して、自衛権を認め、自衛隊の保持を書き加えている。

現行の憲法9条を改めて眺めてみると・・・

第9条 【戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認】

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

出典:日本国憲法

やはりこの精神は失いたくない。

「国権の発動たる戦争」「無力による威嚇又は武力の行使」「国際紛争を解決する手段として」「前項の目的を達するため」・・・これを素直に読めば、自衛権は認められているように読めるし、自衛隊も違憲とは言えない気もする。

ただ、解釈の幅が広いので、自衛権や自衛隊について「加憲」するという方向性には基本的には賛成である。

ただし、加憲したことで将来、自衛隊が暴走したり、時の政権が悪用したりすることがあってはならない。憲法を悪用したり拡大解釈したりできないよう、細かく文言を精査する必要がある。

特に「自国民保護」という名目が戦争拡大の口実と使われた歴史をしっかり見据えて、抜け穴がないことが改正の絶対条件だろう。

一方、緊急事態条項についてはどうか?

自民党の改憲案では、こんな条文を想定している。

第73条の2

 (第1項)大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。

 (第2項)内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。

 (※内閣の事務を定める第73条の次に追加)

第64条の2

 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

 (※国会の章の末尾に特例規定として追加)

憲法73条は、内閣の職務について規定した条文だ。

現行の73条は・・・

第73条 【内閣の職務】

内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
 1号 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
 2号 外交関係を処理すること。
 3号 条約を締結すること。 但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
 4号 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
 5号 予算を作成して国会に提出すること。
 6号 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。 但し、政令には、 特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
 7号 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。

出典:日本国憲法

そして憲法64条は弾劾裁判所の項目で直接関係ないが、国会に関する章の最後でもあり、ここに新しい規定を付け加えるという意味なのだろう。

自民党案を読んで感じるのは、緊急事態条項の方が9条改正よりも拡大解釈の余地が大きいという点だ。

緊急事態だと主張すれば、政府は政令によって何でもできるようになるのではないか?

私も緊急事態に備えた法整備は必要だと考えている。

しかし憲法改正以上に重要なのは、具体的な緊急事態法制だ。たとえばパンデミックの際にはどうするか、震災ではどうするのか、よりきめ細かく拡大解釈がしにくい法整備が本当に大切だと思う。

そのためにも、コロナ危機の最中にどさくさに紛れて憲法改正を目指すのではなく、今回の反省や東日本大震災での反省などを踏まえて平時にしっかりと国民的議論を喚起することが求められている。

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そして、憲法改正問題で私が譲れない一線がある。

それは、日本国憲法前文を守ることである。

日本国憲法前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

出典:日本国憲法

改憲論者たちが「アメリカに押し付けられた」として目の敵にするこの前文だが、「押し付けられたからこそ」実現した理想の宣言である。

政治的思惑にとらわれることなく、戦争の教訓から生まれた理想主義にあふれたこの前文を読むたびに、まさに奇跡の憲法だと思うのだ。

私はこの前文を持つ日本国憲法を誇りに思っている。

個々の条文は時代に合わせて改正するのは良いが、この前文だけは何としても守っていきたいと思う。

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「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と述べていた安倍総理。

憲法改正を実現せずに総理を辞めるのは不本意かもしれないが、歴代最長の任期を使って主張を続けても、憲法改正の世論は盛り上がらなかった。

東アジアの安全保障環境が大きく変わり、米中の覇権争いが激しさを増す中で、日本が今後どのような国づくりを目指すのか議論は必要かもしれない。

ただ、コロナ危機を安易に憲法改正に利用することは断じて許されない。

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