<吉祥寺残日録>報道と広報の違い #200512

私は、長年テレビ報道の世界に身を置いてきた。

今、後輩たちの仕事ぶりを見ていて、時々、残念に感じることもある。

私たちの時代も決して胸をはれることばかりではないが、安倍政権になってから、テレビの画面から忖度が透けて見えることが多い。若いキャスターたちは、言葉を慎重に選んで、あえて刺激的な言葉を避ける傾向が見られる。それがあたかも自分たちの仕事だと思い込んでいるように見えるのだ。

普段はそれでいいかもしれない。平時ならば、ニュースとグルメが一緒でもいい。

ただ、非常時には違う。

報道機関の社会的責任として、はっきりと物を言うべき時がある。

それが、今だ。

政府与党は、コロナ危機の最中、司法関係者から強い懸念が示されている検察庁法改正案を今週中にも可決させたい意向だと言う。

今月8日、この法案の本格審議が国会で始まった時、維新の会を除く野党は一斉に審議拒否をした。ところが、この日のテレビニュースを見ていても、ほとんど扱わない。NHKも「その他ニュース」でさらっと触れるだけ。全く扱わない番組もたくさんあった。

それが数日後、SNSで法案反対の声が盛り上がり、多くの有名人が声を上げると、途端に扱いが大きくなった。今日になると、ワイドショーでも扱うようになったのだ。

権力を監視し、社会に警鐘を鳴らす「メディア」として、この経過はあまりにも情けない。

本来なら、8日の夕方の段階で、メディアがきちんと報道し、ネット上でも議論されるべき事案だと思う。

黒川検事長の定年延長問題は、1月31日に閣議決定された際に国会で追及され、メディアでもそれなりに報道された。ただ、その時の報道ぶりは、森まさこ法相の答弁の迷走にスポットが当てられ、「桜を見る会」問題とも絡まって、核心部分に入っていくことなく、コロナ報道の波に押し流されていった。

そして、多くの人が忘れた頃、どさくさに紛れて法案審議が始まっていた。

私は、「その他ニュース」扱いで流された審議入りのニュースを見て、初めて知り驚いた。だから、その日のうちにブログを書き、翌朝に記事(<吉祥寺残日録>検察官の定年延長ダメでしょ! #200509)をアップした。

実は、今回のSNSでの盛り上がりの端緒も8日の夜だったそうだ。

「ねとらぼ」というサイトに、興味深い記事が出ていたので紹介したい。

「検察庁法改正案に抗議します」500万ツイートを集めた「最初の1ツイート」はどのように広まったか?

この記事の一部を引用させていただく。

 発端となったのは、5月8日19時40分に投稿された以下のツイートです。

=====
1人でTwitterデモ
#検察庁法改正案に抗議します
右も左も関係ありません。犯罪が正しく裁かれない国で生きていきたくありません。この法律が通ったら「正義は勝つ」なんてセリフは過去のものになり、刑事ドラマも法廷ドラマも成立しません。絶対に通さないでください。
=====

 「1人でTwitterデモ」という言葉とともに作られたこのハッシュタグは、当初はそれほど急速に拡散されたわけではなく、8日当日時点では関連ツイート数は約500件程度でした。

 それが、翌9日の16時頃から徐々にツイート数が伸び始め、夜22時頃には1時間あたりのツイート数が10万件を突破。いち早く拡散に影響したのは、著名人では漫画家・文筆家の能町みね子さんやロックバンド・OKAMOTO’Sのオカモトレイジさん、政治家では日本共産党の志位和夫氏、社民党の福島みずほ氏、立憲民主党の公式アカウントなどが挙げられます。

 最終的に、9日には前日の約500件から約40万件程度にまでツイート数が急増しました。

 前日の拡散によってハッシュタグが日本のTwitterトレンド1位を獲得したことにより、10日にはさらに多くの人の目に留まることになります。

 この日も未明から多くの著名人によるツイートが相次ぎ、中でもきゃりーぱみゅぱみゅさん(現在はツイートを削除)、浅野忠信さん、井浦新さん、宮本亞門さん、秋元才加さんらの影響が特に大きかったものと見られます。

 フォロワー数の多い著名人の影響力を受け、10日は終日高い関心が続き、深夜帯を除くほとんどの時間で1時間あたり10万~30万件ほどの投稿がありました。これにより大手メディアなどが取り上げることとなり、結果的にツイート数は1日で400万件近くまで爆増する事態に。

出典:ねとらぼ

たった一人のツイートが、これほどまでに大きなうねりになるというのは、SNSというツールにはものすごい力があることを実感する。

私自身は、どうもSNSに馴染めず、そのダイナミズムを活用も利用もできていないのだが、長年マスコミに身を置いてきた人間として、この運動にメディアがほとんど貢献していないことに大きな寂しさを感じる。

「ねとらぼ」の記事でも、最後の方に「大手メディアなどが取り上げることとなり」という立ち位置で初めて登場するだけだ。

全ての問題において、メディアが主導権を握る必要があるとは思わないし、今のように誰でも情報も写真も動画さえも発信できる時代に、メディアが常に優位に立つということなどあり得ない。

ただ、国会での法案審議という今回の内容は、まずメディアがその問題点をきちんと国民に伝える義務がある。そのために記者が常駐していて、専門知識を持って発信するべき情報の取捨選択を行なっているのだ。それが、メディアの仕事なのである。

現場の記者にすれば、この話は2月初めに少し騒いだがすでに決着したものと考えたのかもしれない。国民の関心は新型コロナに集中していて、検察官の定年問題など興味を持ってもらえないと思ったかもしれない。

しかし、この問題は社会のあり方、国のあり方に直接影響を及ぼし、ひいては日本の歴史を変える可能性さえある重大な問題である。

たとえ、国民に関心を持ってもらえなかったとしても、きちんとその問題点を報道することが、メディアを名乗る者の社会的使命なのだ。

幸いにして、この問題の危険性に気づいた人たちが自主的に声をあげ、それが大きなうねりとなったことで、逆にメディアがそれに乗っかった。

政権批判をほとんどしない日本テレビでさえ、昨日からこの問題を扱い始めた。

結果的には、良かったと思う。

願わくは、政府与党がこうした国民の声に耳を傾け、どさくさ紛れに法案を通過させることを断念してもらえると嬉しい。

しかし今回の運動によって黒川検事長の定年延長問題により広範な国民が関心を持ったことで、政府与党が無理やりこの法案を通し、黒川さんが検事総長に就任したとしても、多くの国民が改めて違和感を感じる素地ができただろう。

何事もなく、いつの間にか法案が成立するよりも、ずっと良かったと思う。

新型コロナウィルスのおかげで、このところテレビの報道情報番組を見る時間が大幅に増えているのだが、やはり私たちの世代が作っていた番組とはだいぶ変わったと感じる。

まず、視聴者にとても気を使っている。

私たちの時代と比べて、お行儀が良くなった。

「やさしい」と言えば、聞こえはいいのだが、私には「報道」ではなく、「広報」に感じることも少なくない。

政府が言ったことをそのまま伝えるだけ。

事実を正確に伝えることはとても大切なことだが、メディアの仕事は「広報」とは違う。

国民に伝えるべきことは正確にわかりやすく伝えるべきだが、おかしいと思うことは独自に取材して批判することも重要な役割だ。

つまり、社会に必要な「フィルター」の役割を果たさなければ、メディアの存在理由はない。

膨大な情報が流れている現代、人々はより効率的に必要な情報を得たいと思っている。

だから、多様なメディア、多様なフィルターが存在して、自分にあったフィルターを選べることがとても大切なのだ。

全てのメディアが、政府の「広報」になったら、中国のようになってしまう。

そうした目で今のテレビを見ると、どの番組もとても似ている。前の日に他局の番組で見たネタを平気で焼き直している。同じコメンテーターを複数のテレビ局が使い回すことで、「局の色」というものが希薄になってきているようにも見える。

それでも、TBSやテレ朝は政府に批判的で、NHKや日テレは政府寄りという大まかな色はある。

かつては、NHKニュースはもっと「報道」的だった。どうも最近は、露骨な「広報」に成り下がってしまったように感じることが多い。特に「ニュースウォッチ9」の有馬キャスターがひどい。

日テレもかつて、夕方の「プラス1」も夜の「今日の出来事」もかなり攻めていたものだ。週末の「バンキシャ」も番組がスタートした頃と比べると、内容の薄さが見るに耐えない。

そんな中、日テレの「ニュースエブリィ」を担当している藤井キャスターの評判がネット上で大変良いようだ。確かに誠実そうな好青年だし、きっと本当にいい人なのだろう。

その優しい言葉に癒される人が多いのも理解できるが、ひねくれた私には「ステイホーム」を呼びかける藤井アナの言葉が放送作家が書いた言葉のように感じることがある。巧みな「広報」の匂いを感じるのだ。

残念ながら、彼は、私が求めるニュースキャスターではない。

それは彼の責任ではなく、彼が与えられた役割のせい。彼はそれを誠実に巧みにこなしているだけなのだろう。

しかし、長年夕方ニュースを支えてきた藤井アナが、ここにきて急にネット上で人気になり、その発言が連日Yahoo!ニュースなどで大きく取り上げられるのを見て、とても強い違和感を感じている。

もちろん、それは彼のせいではない。

彼のことを意図的に持ち上げようとしている暗躍する政府寄りのの勢力がいるのではないかと勘ぐってしまうのだ。

テレ朝の「モーニングショー」を目の敵にしている勢力が、その対極にある藤井アナを持ち上げる発信を組織的に行なっているのではないかと疑っているのだ。

別に、全ての番組が政府批判をしろということを私は求めていない。政府が発信する情報を検証するために役立つ、違う角度からの情報が欲しいだけだ。現場をきちんと取材することがその基本だが、インタビューする相手を選ぶ際にもきちんと吟味することも重要だろう。政府と同じことを話す専門家だけにインタビューしても、考える材料が広がることにはならないからだ。

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コロナ危機のような非常時には、テレビの役割は大きい。

私もテレビから多くの情報を得た。

しかし、有用な情報の多くは、地上波の報道情報番組ではなく、BSの海外ニュースやテレ東の経済ニュースから得られることが多かった。金太郎飴のような番組には価値はない。

今回の政府の対応はひどすぎた。

普通に報道すれば、どうしても政府批判が強くなるだろう。

政府の対応が悪い時には、ちゃんと現場を取材した上で、事実に即して政府を批判すること。

「広報」ではなく、きちんとして「報道」を行うことをテレビには求めたい。

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