<きちたび>大連3泊4日の旅③  北朝鮮国境の街・丹東へ新幹線で往復する日帰り駆け足旅行

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今年1月のソウル旅行と軍事境界線ツアーは、期せずして南北急接近のニュースが流れた直後だった。

そして北朝鮮をめぐる国際情勢が目まぐるしく変化する中での大連旅行では、ぜひ丹東に行きたいと思っていた。中朝国境からというリポートでいつも登場する中国側の街だ。

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ホテル近くの民生街から路面電車に乗る。土曜の朝ということで車内は空いていた。

日焼け防止のためか顔を含め全身を衣服で覆ったご婦人が座っていた。今の大連では、都会的な物静かな人と大声を飛ばす昔ながらの中国人が共存している。

向かうは、新幹線が発着する大連北駅だ。

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終点の興工街という駅で降り、地下鉄に乗り換える。ここまでの運賃は2元。

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地下鉄1号線で興工街から大連北駅までは4元。「高鉄」の乗り換え口を入ると巨大な地下通路になっている。

この通路の一番手前の案内板のところを右に曲がり、「售票处」と書かれた案内に従ってエスカレーターを上る。

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售票处とは切符売り場。中国の駅にしては、並んでいる人が少ない。

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初め自動販売機を試したのだが、2時間後の列車しか表示されないため仕方なく窓口に並ぶ。しかし、自動販売機の表示は正しく、実際に次の丹東行きは2時間後だということがわかった。

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二等席はすでに満席で、一等席のチケットをゲット。1人173.5元(約3000円)だ。

仕方がないので、駅で2時間つぶす場所を探すことに・・・。

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エスカレーター脇に掲げられた看板。「中国の夢」というのは習近平主席が推し進める政策で、このぽっちゃりした少女がそのイメージキャラクターとなっている。この子のポスターは中国のどの街でも見かけるのだ。

ちょっと我が家の孫娘の一人に印象が似ているので、私たち夫婦はその孫娘の名前でこの少女を呼んでいる。すると、その政策とは関係なく、不思議と親近感が湧いてくるものだ。

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2012年に開業した大連北駅は、まるで空港のような広々とした建物だった。大連空港より立派かもしれない。

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荷物のX線検査を済ませて出発ロビーに入ると、たくさんの椅子と土産屋が並んでいた。

これなら2時間待つのも問題なさそうだ。

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ぶらぶらしているとさくらんぼを売っているカウンターがあった。

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大粒で色は日本のさくらんぼとアメリカンチェリーの中間ぐらいか。

新幹線の中で食べる昼食がわりにさくらんぼを買う。20元だった。これが、とても美味しいのだ。日本のものと比べても遜色のない味で、しかも大粒なので食べ応えがある。

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壁には、美容整形の大きなパネル。中国人もどんどんオシャレになっている。

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カラオケボックスもあった。デュエットもできるよう2つのマイクが付いていた。ネットに繋いでタレント発掘的な機能も付いているのかもしれない。

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さらにキョロキョロしていると、中国茶が飲めるゆったりとしたラウンジもあった。

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烏龍茶(60元)を注文、2人で分ける。

飲み終える前にお湯を注ぎ足してくれるので、出発時間までこのラウンジでゆっくり過ごすことができた。もし北駅で時間をつぶす必要があればぜひ利用していただきたい。

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出発時間の10分ほど前に、指定されたゲートからホームへの入場が始まった。一昔前は、行列を守らなかった中国人だが、今ではきちんと列に並ぶようになった。習近平体制の中で、モラル向上は着実に進んでいる。

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ホームに下りるエスカレーターから見ると、まだ新しい駅に何本もの新幹線車両が停車している。この駅からは、丹東方面以外に瀋陽、長春、ハルビン方面に向かう高速列車も出発する。

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大連と担当を結ぶ高速鉄道は2015年に開通したばかり。車両もまだ真新しい。一等席は片側2席ずつで、席の間隔もゆったりしている。

列車は11時4分の定刻に出発した。このあたりも中国社会の進化には目をみはる。

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大連から丹東に向かう途中には日露戦争に絡んだ地名も多く登場する。

金州は日露戦争で、大連・旅順に向かう日本陸軍第二軍とロシア陸軍が激突した「南山の戦い」の舞台だ。1904年5月25日のことだ。文豪・森鴎外も第二軍の軍医部長としてこの南山の戦いに参加した。

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金州を過ぎると、丹東まで大きな街はない。ただただ広々とした大地が続く。

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大孤山も日露戦争で日本軍が上陸した地点の一つだ。

だだっ広い満州の大地を猛然と進軍する日本兵の姿を想像する。車両もない時代。基本は徒歩だったのだろう。

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丹東に着いたのは大連を出てから2時間40分後だった。大連-丹東間は2時間10分から40分ほど。列車によって所要時間がかなり違うようだ。

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中朝国境の街・丹東の駅前では巨大な毛沢東像がお出迎え。中国でこれまであまり毛沢東の銅像を見ることがなかったので、ちょっと珍しかった。これは何を意味するのだろう?

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駅から国境に向かう道沿いには多くの旅行社が軒を連ねる。時間がなくて確かめることができなかったが、メニューの中には「朝鮮半日游」「朝鮮一日游」という文字がある。制裁が強化されている現在はわからないが、通常、北朝鮮国内旅行もこの街から出ていることがわかる。

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国境に近くにつれ、朝鮮の品々を売る店が増えてくる。

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そして駅から東に歩くこと20分ほどで中朝国境を流れる鴨緑江にたどり着いた。

川辺に広がる鴨緑江広場には大きなモニュメント。その向こうにはテレビニュースでよく目にする鉄橋が見えてきた。丹東と北朝鮮の新義州を結ぶ全長946mの「中朝友誼橋」である。

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この橋は、金正恩委員長が列車で訪中する時にも通った。

かつては物資を運ぶトラックが列をなしたと伝えられるが、今はわずかな車両が通行するだけだ。中国が主張する通り、経済制裁はそれなりに実行されているようだ。

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望遠レンズで狙えば、対岸の北朝鮮の様子もはっきり見える。

だが、この日はほとんど対岸に人影を見なかった。

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しかし、「経済制裁」という言葉から感じるような緊張感は中国側にはない。みんな川越しに北朝鮮を見ようという観光客だ。

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橋の下をくぐって橋の南側まで歩く。この橋の真下は撮影禁止エリアだ。理由はわからない。邪推すると、2本の橋を同時に撮影できるベストスポットを有料にするためではないかと考えた。

そう、ここには2本の橋が並行して並んでいる。

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南側に位置する橋は途中で切れている。

「鴨緑江断橋」と呼ばれるこの鉄橋は1909年に日本が建設した。植民地となる朝鮮と満州を鉄道でつなぐための橋だ。しかし、朝鮮戦争中の1950年、国連軍の爆撃によって破壊された。

今は観光用として橋の切れた場所まで歩いていけるらしい。ただし有料だ。

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私たちは橋ではなく、船にお金を払うことにした。鴨緑江遊覧船は1人60元(約1000円)だ。遊覧時間はおよそ20分だ。

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遊覧船の種類はバラバラ。どの船に当たるかはその時の運だ。

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船は発進するとすぐに橋の下をくぐる。

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そして、ついに2本の橋を同時に撮影できるスポットを通過。左が中朝友誼橋、右が鴨緑江断橋だ。

河岸からもこの2ショットを見ることができるが、その場所は先ほど書いた通り撮影禁止エリアになっているのだ。

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橋を過ぎると、船はUターン。川の中間地点、つまり国境ギリギリを南下し始めた。

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鴨緑江断橋の破壊された部分の橋桁が目の前に迫る。

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船から北朝鮮側を撮影する。左手にあるのは、ウォータースライダーのようだ。

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停泊している北朝鮮船はかなり老朽化している。

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これもちょっと年代物のクレーン。撮影時には気づかなかったが、クレーンの根元に数人の人が写っていた。

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ここにも人が・・・

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ここにも人の姿が見える。

わずか数百メートル先にある北朝鮮。中国人観光客も盛んにシャッターをきっている。まるでサファリパークのようだ。

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北朝鮮のさびれた河岸を眺めながら鴨緑江を下ると、中国側に高層ビル群が現れた。

中国が建設を進めている丹東の新市街だ。この高層ビルを北朝鮮の人たちはどんな思いで見ているのだろう。

鴨緑江をはさんで大きく開いた中国と北朝鮮の格差。この新市街から北朝鮮へ新しい橋の建設も進んでいるという。

経済制裁が解除されれば、このエリアは急成長する可能性を秘めている。

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11日付の中国「環球時報」によると、北朝鮮情勢の好転を期待して丹東の不動産価格が10日で40%も値上がりしているという。地元ではなく上海などの投資マネーが国境の街に流れ込んでいる。

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船から降りて、帰りの新幹線までの時間、鴨緑江沿いに丹東の街を歩く。

店に掲げられた北朝鮮の国旗。

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北朝鮮の産品を扱う多くの店。

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そして、北朝鮮の美女歌舞団の看板を掲げた店もある。

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しかし、世界最大の北朝鮮レストランと呼ばれた「平壌高麗館」は今も閉店したままだった。

国際情勢の駆け引きの中で、国境の街は揺れている。

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帰りの新幹線は二等席を買った。片道108.5元(約1800円)。座席は日本と同じ1列5席だった。

丹東での滞在時間はわずか3時間。それでも中朝国境の今を感じることができた。

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丹東から大連へ。夕暮れが迫る車窓の風景を眺めながら2時間20分、満州の大地を味わっていた。

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かつて日本兵が進軍し、ロシアと戦い、敗戦とともに多くの日本人が逃げ惑った大地。

山に囲まれた日本から渡った人々には果てしなく広大な夢の大地だったのだろう。

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そして今年3月、同じこの線路を通って習近平氏に会いに行った金正恩委員長は、車窓の風景をどのような思いで眺めたのだろう?

過去と現在、想像力を刺激される。

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