絶望の中東和平案

とても複雑な思いで今日のニュースを見ている。

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トランプ大統領がイスラエルのネタニヤフ首相を伴って中東和平案を発表した。

トランプ大統領自ら「世紀のディール」と呼ぶこの和平案は、過去の国連決議など全てを葬り去り、イスラエルの要求を全面的に認めるパレスチナとしては受け入れがたい内容だった。

双方が帰属を争うエルサレムは「イスラエルの不可分の首都」と位置づけ、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地でのイスラエルの主権を認めた。パレスチナ国家の首都はエルサレムの壁の外に新たに建設するという。

トランプさん自身、「パレスチナ側は最初拒絶するだろうが、やがては受け入れる」と予想してみせたように、パレスチナは即座に拒絶した。

だが、エジプトやサウジというアラブ諸国の反応は鈍い。かつてパレスチナ支持でイスラエルと戦ったアラブの団結はもはや存在しないのだ。「パレスチナもやがて受け入れる」というトランプさんの自信はこうした中東での意識の変化があるのだろう。

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それにしても気になるのは、トランプさんの狙いだ。

トランプさんには本来、中東和平への関心はない。あるのは大統領に再選されることだけだ。そのために、岩盤支持層であるキリスト教福音派の支持をつなぎとめるためにイスラエル寄りの姿勢を明確にすることが有効だと考えたのだろう。

「民主主義」はアメリカや日本を含む西側諸国にとって最も基本的な価値であるとされる。確かに他の政治体制に比べて、「民主主義」は一般市民にとって良い制度であると私も信じている。

しかし、である。

トランプさんのように自分の選挙に勝つためなら、他国に暮らす人たちを犠牲にしても構わないという「民主主義」が蔓延すると世界はどうなってしまうのだろうか?

民主主義国家の主権者は国民である。国民が選挙で指導者を選ぶ。だからトランプ型の民主主義を生まれるのは、国民の責任でもある。

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エルサレムは、十字軍の時代からキリスト教徒にとってイスラム教徒から奪い返すべき聖地であり、聖書に忠実であることを求める福音派の人たちにはトランプさんの判断は長年求めてきたことが実現することになるのだろう。

イギリスがイスラエル建国を勝手に約束し、それによって住んでいた家を追われたパレスチナ人に国際世論が同情したのは遠い過去の話になってしまった。

アラブ諸国からも見放されてしまうと、パレスチナ人の戦いは今後ますます苦しいものになるだろう。

弱肉強食の傾向がますます強まる世界の中で、人口が少なく財力のない民族は発言力を失い、耐え忍ぶしか無くなってしまうのだろうか?

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こんな正義のない民主主義を見ていると、「民主主義」が必ずしも中国が推進する一党独裁による「国家資本主義」よりも優れていると自信を持って言えなくなってしまう。

武漢という1000万都市を封鎖して国を挙げて新型肺炎と戦う中国政府の姿勢には本当に驚かされる。

私が心配したパニックや食料の不足といった事態は起きておらず、物価も安定していて、人々は「武漢加油」を励まし合いながら自宅でおとなしく過ごしているという。

突貫工事で2000床の専用病院が建設され、中国全土から6000人の医療チームが武漢に送り込まれたという。

もしこの調子で病気を抑え込むことができれば、中国政府への信頼感は一段の強まるだろう。

私たち日本人が思うよりも中国の人たちは政府を信頼しているようだ。

残念ながら、民主主義の優位性がどんどん失われつつあるような気がしている。

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