大磯随想

1泊2日で箱根にゴルフに行ってきた。

風邪気味で、おまけに金曜は終日雨の予報だったので気が重かったのだが、幸い雨にはほとんど降られず、何とか2ラウンドこなしてきた。

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土曜日は青空も覗き、久々の箱根は美しかった。

初日は名門「富士屋ホテル 仙石ゴルフコース」、2日目は大衆的な「箱根くらかけゴルフ場」での2ラウンド。両日とも、結果は93だった。

最近すっかりゴルフ熱が冷め、それに比例してスコアも振るわない。

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かつては西武グループのゴルフ場だった「くらかけ」は、いつの間にか熱海倶楽部グループ傘下のゴルフ場になっていた。

ホールを分かつ林がほとんどないこのトリッキーなゴルフ場は、一方で日本とは思えない独特の絶景を見せてくれる。中でも14番ホールの豪快な打ち下ろしには、目を見張った。

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さて、このブログのテーマはゴルフのことではない。

今、読んでいる吉田茂元総理が引退後に書いたエッセイ集「大磯随想」のことを書こうと思う。

このエッセイ集の冒頭に「政治の貧困」という文章が掲載されている。

これが、私の心に刺さった。

あまりにも今の政治に似ていたからだ。日本の政治は敗戦直後から何も変わっていない。ひょっとすると、政治というものは本質的に誰がやってもどこの国でも変わらないものなのかもしれない。

そんなことを感じさせた吉田茂の文章を、長々と書き写させていただきたい。

 

『日本では現在、政治の貧困ということが叫ばれている。真実、日本の政治は貧困に違いない。だが、或る種の人が殊更、誇張して貧困を言う気味もある。今の政治形態ではいけない、デモクラシーではやって行けない、という方向へ論理を持っていく為に、政治の貧困を誇張する向きがある。すると、それは民衆にアピールする、事実、貧困なのだから。しかしそれは現在の議会政治否定の方向を示すもので、我々は充分に注意する必要がある。

全く政治は貧困である。だが、貧困にならざるを得ないような宿命的なものがあるのであって、敗戦という事実があるのに、よき政治の行われる訳はない。現に日本にはデモクラシーというものはなかった。それが戦後になって与えられた。我々自身の努力によって手に入れたデモクラシーではない。

日本のデモクラシーは、出発後まだ日が浅く、大部分の民衆はその真意を理解していない。その為に議会政治にも貧困性が現れているが、我々は議会政治より他に日本の向う道はないと思っているから、あらゆる努力をして、そこへ向かっていかなければならない。それが旨く行かないのは、政治家が無能であり、多少有能と思われる人達が戦後に追放され、7、8年後に解除された時は呆けていた、呆けていないものも時代のズレが出来ていた、ということがある。新しく出て来た人が無能だとは思わないが、まだ政治的の訓練と経験を積んでいない為に、国家を背負うだけの力が足りない。これ等が日本の政治を貧困に陥らしめたと思う。これは敗戦の宿命的な現象とも言える。

しかし私は決して失望していない。人間というものは進歩するのであって、将来は今よりも立派な人間が出てくることを私は信ずる。昔の人間はよかった、今の人間は駄目だ、などとは絶対に言えない。だから、失望はしないが、ただ今の段階では思うように行かないのが事実である。』

日本にデモクラシーを根付かせる方法は、気長な教育しかないと、吉田茂は書いている。

そして、二大政党制にも触れる。

『現在、日本では保守と革新の二大勢力が対立している。私は予てからそうありたいと思って多年主張して来たのだが、やって見たら、甚だ旨く行かなかった。何度かの国会でそれがはっきり解った。それにも拘らず、私はやはり二大政党でやった方がいいと思う。4、5の政党が併立した為に、政治が非常に不明朗になり、混乱を来した。これでは困るから、二大政党対立のすっきりした姿で行こうと考えたが、それが実現してみると、旨く行かなかった。それは、形は二大政党になっているけれども、実質的には、保守等の中には自由と民主の二つの党が対立しているし、社会党にしても左と右の両派が対立している。まだ完全に溶け込んでいないからである。これが旨く行くまでには、2、3年の時日が必要だと思う。共通の広場が必要なのである。絶対的な対立の形の二大政党では、私は議会政治は成り立たぬと思う。所が、共通の広場はまだ出来てない。反対党はとことんまで反対する。殊に外交政策の如きは日本全体の利害に関係するから、そこに共通の広場がない筈はないのだが、それすらも日本にはない。

しかし私は諦めてはいない。諦めるには早い。これが何年も掛った結果、どうしても旨く行かないとなれば、日本民族は議会政治を運営する能力なし、と諦めるより仕方がないが、そう諦めるまでは、大いに努力しなければならない。』

この「大磯随想」が出版されたのは1962年。あれから57年が経った。

今の政界を見ると、「旨く行っている」ようには見えない。「日本民族は議会政治を運営する能力なし」と吉田も考えるだろうか?

他国を見ても、議会政治を本当に旨くやっている国はないようにも見える。

それでも、第三次世界大戦は起きることなく戦後70年を経過したのだから、これでも旨く行っているという評価になるのだろうか?

吉田は参議院についても書いている。

『二院制度に就いては、大分問題がある。今のままではいけない。参議院も段々政党化して、今では二大政党対立になった為に、衆議院で第一回戦をやった後、同じようなことを参議院で第二回戦をやるだけのことになった。これでは一院制度と同じで、馬鹿馬鹿しい。参議院に第二院としての職能を充分に発揮させる為には、選挙法を改正して、国民の知能を代表する分子を議席の三分の一、乃至四分の一くらい、選挙によらずして送り込む必要があると思う。昔の勅選議員では困るが、そういう議員が中正な立場で行動すれば、参議院の体勢を動かす力になるから、後の議員は選挙によって出て来る人達でもいい。私は現在参議院に出ている職能代表が一番いけないと思う。単に職能とか、職域の利益を代表する人達が参議院を毒している。例えば参議院に於ける暴力事件も、教育家という職能代表が一番猛烈に暴れた。彼等は教育家の利益を守ることに目が眩んで、参議院議員の職能を忘れたのである。

参議院の全国区議員は、本来、学識経験者を出す意味のものであったが、何ぞ知らん、全国的な組織を持つ労働組合とか、商業組合の代表者が出て、彼等の利益代表になってしまった。

今の日本では、衆議院だけでは困る。どこへ行くか解ったものではない。参議院無用論もあるが、それは早過ぎる。参議院がブレーキを掛ける職能を発揮しさえすればいいのである。』

実にシンプルでわかりやすい論調だ。

これが敗戦後、占領下の日本を運営した政治家の考え方だったのだ。無に帰した祖国を再び立て直すためには、議会政治とデモクラシー、そして共通の広場を持った二大政党制しか道はないと考えた。

しかし、現実はそう簡単には行かない。将来の政治家にその実現を託したのだ。

あれから半世紀以上経った。

安倍政権は来年2月、吉田茂内閣の在任期間を超える。

吉田茂は今の安倍政権、与野党の状況をどう見るのだろうか?

「政治の貧困」から脱出するのは、吉田が考えたよりも難しいテーマなのかもしれない。

 

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