ロシアの年

サッカーのワールドカップが始まった。今年は初めてロシアで開催される。

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開幕戦では地元ロシアがサウジアラビアに対して5−0で大勝した。FIFAランキング70位と出場チーム中最低のロシアがまず勝利を収めたことで、地元は大いに盛り上がった。

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そして今日未明には、予選リーグ屈指の好カード「スペイン×ポルトガル」の試合が行われた。これは稀に見る素晴らしい試合となった。

試合開始から2分あまり、ポルトガルが一方的にボールを支配しC・ロナウドがいきなりPKを決めて先制した。大会直前に監督が解任されたスペインの調子が心配されたが、その後はスペインらしいパスサッカーが復活、終始試合をコントロールした。

レベルの高い攻防が続き、スペインが3−2で逃げ切るかと思われた試合終了間際、またもC・ロナウドがフリーキックをゴールにねじ込み、両雄引き分けに終わった。ロナウドはスペイン相手にハットトリックの活躍。これまでW杯ではなかなか結果を残せなかったロナウドが今大会どこまで活躍するのか実に楽しみだ。

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さて、そんなサッカーで超盛り上がりのロシアだが、今年は「日本におけるロシア年」だということをご存知だろうか?

これは2016年プーチン大統領が来日した際、安倍総理との間で、日露間における人的交流の拡大に向けた方策の一つとして、2018年を「日本におけるロシア年」「ロシアにおける日本年」と位置付け、相互理解のための様々な取り組みを行うことを決めたのだ。

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そんなことは知らなかったが、偶然今年私は2度ロシアを訪れることにしている。

7月に極東のウラジオストク観光に出かけ、そして8月には夏休みのイタリア旅行の途中でモスクワに立ち寄る予定だ。

ロシアという国はどうも日本人にとって「遠い国」という印象がある。観光目的の旅行でも今もビザが必要だ。ウラジオストク旅行のためにビザを取得したが、モスクワでのトランジットでもまたビザを取らなければならない。しかも、2つ同時には取れないので、ウラジオから帰国してからモスクワ行きのビザを申請することになる。

しかし、地図をじっくり見てみると、ロシア極東は驚くほど日本に近いことがわかる。飛行機でわずか2時間半、沖縄やソウルと変わらない。私はこの事実につい最近気づき、本当に驚いたのだ。それがウラジオ行きの一つの動機となった。

図書館で興味深い本を見つけた。ゾーヤ・モルグンというロシア人の学者が書いた「ウラジオストク 日本人居留民の歴史  1860〜1937」という本だ。

 

中身の紹介は後日改めてということにするが、1860年に建設が始まったウラジオストクの町には早い段階から日本人が住み着いていたことを知った。長崎からの定期船も運行し、日露戦争前の日本とロシアの間にはかなりの交流があったことを知った。

明治維新の混乱期だった日本と極東へ進出したばかりのロシア。この空白地帯のようなウラジオストクを舞台に様々な人間模様が展開される。そして時代は両国の戦争へと突き進み、大陸に渡った日本人たちの運命を大きく狂わせるのだ。

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モスクワについていえば、ロシア革命から100年というのが一つの興味の源泉になっている。私の学生時代、まだ社会主義にはまだ幻想があった。金儲け中心の資本主義に対して、人々が平等に生きる権利を認める社会主義は若者の目から見て魅力があった。その社会主義の総本山がソ連であり、モスクワだった。

その後、報道の仕事につき、社会主義国が崩壊していく様を取材した。ソビエト連邦最後の一日も早くモスクワの街を駆け回って取材していた。午後3時過ぎには日が暮れる冬のモスクワの暗さは、そのまま社会主義国家の暗さと重なった。

当時のモスクワ市民はとても能弁だった。マイクを向けると政府への不満、ゴルバチョフ大統領への批判を公然と口にした。それまで模範解答しかしないと思っていた社会主義国の人々が一気に心の内をさらけ出したのだ。幻想は一瞬にして消し飛んだ。面白い時代だった。

ただ、そもそもレーニンたちが目指した社会主義国家とはどのようなものだったのか?  そんな疑問が私の中に湧いてきた。あの頃は目先の取材に追われて社会主義についてまともに考えたこともなかった。だから、一度そうした視点でモスクワの街を歩いてみたいと考えたのだ。

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知っているようでほとんど知らないロシア。

北方領土問題だけでなく、北朝鮮との日朝首脳会談もロシアが仲介役を果たすのではないかとの観測も流れている。ウラジオストクもその候補地だという。

プーチン大統領率いるロシアについて、この夏じっくりと勉強してみようと思う。

それが、「私におけるロシア年」である。

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