<きちシネ>#17 「ミッドナイト・トラベラー」(2019年/アメリカ・カタール・カナダ・イギリス映画)&「ナディアの誓い」(2018年/アメリカ映画)

ある映画祭に足を運んだ。

国連UNHCR協会主催の「UNHCR WILL 2 LIVE映画祭」だ。

去年までは「難民映画祭」という名前で毎年行われていた映画祭が今年からタイトルを変えたらしい。

私は報道記者時代、カンボジアやソマリア、ルワンダなど、世界各地で難民の取材を行ってきた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の取材をする機会も少なくなかった。

報道の現場を離れ、管理職として長年働いてきたが、60代になり若い頃取り組んできた戦争というテーマに再び興味が戻ってきた。

そこで、難民を描いた映画を見てみたいと思ったのだ。

入場料が無料ということもあって、会場となった文京シビックセンターには大勢の人たちが集まっていた。

客層も若者から年配の方まで多彩だ。

今日上映された作品は2つ。

1本目は、アメリカ映画「ナディアの誓い」。

昨年のノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドさんに密着したドキュメンタリー映画だ。

映画『ナディアの誓い - On Her Shoulders』予告編 from UNITEDPEOPLE on Vimeo.

イラク北部のコチョ村で母と兄弟姉妹たちと暮らしていたナディアさん。ISIS(イスラム国)による少数民族ヤジディ教徒の虐殺によって、人生が一変する。

母親と6人の兄弟を殺され、自らも捕らわれて3カ月性奴隷として扱われた。

なんとか脱出に成功し、ドイツに逃れたナディアさんは、2015年12月の国連安全保障理事会の場で、ISISの虐殺や性暴力に関する証言を行いヤジディ教徒の希望の存在となった。

世界各国を回り、政治家やメディアに被害者の救済を呼びかけてもなかなか動かない状況に、何度も心が折れそうになるナディアさんの姿をカメラが淡々と追う。

国際社会の無関心と口先だけの共感、国連やメディアの偽善性など戦争被害者を取り巻くリアルな状況が見えてくる。

2本目に見たのは、「ミッドナイト・トラベラー」というドキュメンタリー映画だった。

タリバンから死刑宣告を受けたアフガニスタンの映画監督が、妻と2人の娘を連れてヨーロッパに逃れる過程を自らのスマホで記録したリアル難民映画だ。

この映画は、本当にすごい。

自らの国を離れた先に待っている現実の厳しさをこれでもかと見せつけられる。

監督のハッサン・ファジリ氏は、アフガニスタンからイラン、トルコ、ギリシャ、ブルガリア、セルビア、さらにはハンガリーへと逃れる。新たな人生への希望を抱いて祖国を後にした家族だったが、ブローカーに金を巻き上げられ不法越境を繰り返す先の見えない旅の中で、徐々に現実の厳しさに打ちのめされていく。

森で眠り、路上で眠り、ようやく難民キャンプに受け入れてもらっても、移民排斥を求める地元住民とのトラブルが絶えず、いつまでそこにいられるのかまったく先が見えない生活が続く。

奥さんや娘たちがとても明るい性格でそれが映画の救なのだが、彼女たちも時に疲れと不安で精神的に不安定になる。もしうちの妻だったら、どこまで耐えられるだろうとついつい想像してしまう。

誰だってこんな生活を強いられたら、正気ではいられないだろう。

どうして誰も守ってくれないのか?

幼い娘たちをどうすれば守ることができるのか?

もし自分が彼らの境遇に置かれたら、一体何を思い、どのように行動するだろう?

まともな想像力を持っている人であれば、戦慄を覚えるような現実が画面から突きつけられるのだ。

ファジリ監督一家は、今はドイツの収容所で生活しているが、難民認定は受けられていない。これほどの映画を製作し、国際的な映画祭で受賞しても、難民として認めてもらえないのだ。

不寛容が世界的に蔓延する時代、これから世界はもっと不安定になり、より多くの難民移民が発生するのではないかと危惧する。

幸いにして今の日本人は難民となって国外に逃れることなど想像しなくていい恵まれた状況だが、香港市民だってつい2-30年前までは今日の状況はまったく想像しなかっただろう。

ちょっとした変化で世界はまるで変わってしまう。

国が乱れると、一人の市民ではもはやどうにもならない。できるのは、逃げることぐらいだ。

しかし、誰しも難民の経験などそう持っているわけではない。

難民になるとはどういうことなのか?

平和な日本で彼らの痛みを理解するには、積極的な情報収拾と豊かな想像力、さらには実際現地を訪れて自らの目で見るという体験が必要なのだろう。

私も残りの人生で、自分にできることで少しでも役に立ちたいと思った。

「ミッドナイト・トラベラー」。

機会があれば、ぜひ多くの日本人に見ていただきたい作品だ。

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