<吉祥寺残日録>攻撃されるメディア!パレスチナ停戦実現でも世界の強権化は止まらない #210522

イスラエルとパレスチナの間で続いていた戦闘は、エジプトの仲介によってひとまず停戦に漕ぎ着けた。

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世界最速のワクチン接種でいち早く「コロナ後」に始動したイスラエルで起きた今回の紛争は、いろいろなことを考えさせる。

きっかけは、東エルサレムの併合を進めるイスラエルが、アラブ系住民の立ち退きを求め、イスラムの宗教儀式を妨害したことだとされる。

イスラエルでは、二大勢力の対立で権力基盤が不安定な状態が続き、年内にもまた総選挙が実施される予定だ。

ネタニヤフ政権の強硬姿勢も国内政治を睨んだことなのだろう。

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これに対して、パレスチナ側が強く反発した。

ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織「ハマス」は、イスラエル領内に向けて多数のロケット弾を発射、イスラエル軍は防空迎撃システム「アイアンドーム」を使って、このロケット弾の大半を撃ち落とした。

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この「アイアンドーム」だが、2007年から開発を始め、実戦配備されたのは2011年3月、まさに東日本大震災の頃である。

この迎撃システムは、指揮ユニット 、探知 / 追跡レーダー、多連装ミサイルランチャーによって構成され、移動も可能だ。

こうして自国の被害を最小限に防ぎながら、イスラエルはガザ地区の空爆に踏み切った。

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イスラエルは、空爆対象のビルに事前警告を発し、住民を避難させた上で攻撃していると主張している。

しかし、私が衝撃を受けたのは、今回イスラエルが空爆の対象としたビルの中に、アルジャジーラやAP通信の支局が入居するビルが含まれていたことだ。

空爆の1時間前に通告があり、記者たちが慌ただしく荷物を運び出す映像が世界中に流された。

「ハマス」の広報活動の拠点となっているというのが攻撃の理由だそうだが、私がかつて戦争取材を行っていた時代には、メディアが宿泊するホテルや支局などは特別扱いされ双方とも攻撃の対象としないのが通例だった。

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もはやメディアに対する特別扱いは存在しない。

むしろ、当局にとって邪魔なメディアは積極的な攻撃対象と見なされているのかもしれない。

「中東のCNN」とも呼ばれる「アルジャジーラ」は1996年にカタール首長の支援を受けて設立された。

もともとはサウジアラビアの衛星会社「Orbit」とイギリスBBCによって進められたアラビア語によるニュースチャンネルが前身だが、この放送局がサウジアラビア当局が望まない報道を行ったためすぐに中止に追い込まれた。

この時に職を失ったスタッフを集めてスタートしたのが「アルジャジーラ」である。

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「アルジャジーラ」が世界的に注目されたのは、アメリカ同時多発テロの後、アメリカがアフガニスタンやイラクで軍事活動を強める中で、アルジャジーラはビンラディンの映像を独占配信した。

そのモットーは、「一つの意見があれば、もう一つの意見がある」。

欧米の目線ではないアラブの視線から中東を伝えることに徹した「アルジャジーラ」は、そのメディアとしての存在価値を広く知られるようになる。

しかし、各国の利害に複雑な宗教対立も絡んだ中東では、中立的な報道というものは非常に難しく、たびたび各国政府から標的とされてきた。

アフガンに入国しようとしたカメラマンが米軍に拘束され6年以上グアンタナモ収容所に拘束されたり、米軍のミサイろがバグダッド支局を直撃したこともあった。

アルジャジーラの報道姿勢がイラン寄りだとして、サウジ、バーレーン、UAE、エジプトがカタールとの国交断絶を表明するという問題も起きた。

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しかし華々しかったアルジャジーラの時代も、SNSの普及とともに終わろうとしている。

カタールの財政状況が悪化するにつれ、アルジャジーラも人員削減にさらされていて、弱体化したメディアは各国政府にとってもはやかつてのように怖い存在ではなくなったのだ。

イスラエルの今回の攻撃の背景には、戦後のジャーナリズムを支えてきたテレビや通信社など既存メディアの衰退があるように思えてならない。

「必要な情報はネットで見ればいい」と世界中の多くの人が考えるようになった。

「既存のメディアはフェイクニュースだ」と信じている人たちも増えた。

しかし、ネット上に流れる信頼できる情報の多くは、現場で取材しているジャーナリストたちによってもたらされるいるものが今でも中心だ。

信頼できるメディアを失った社会は、間違いなく中世のような強権的な社会に戻っていくだろう。

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軍によるクーデターが発生したミャンマーでは、当局による徹底したメディアの弾圧が行われている。

日本人のジャーナリストも拘束され、先日国外退去処分となった。

民主化を求める人々が活動に利用したインターネットは軍の統制下に置かれ、テレビからは当局による一方的な発表だけが流されている。

中国式のネット監視社会は、世界中の強権的な権力者にSNSと戦うための有効な手段を提供しているのだ。

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香港の民主化運動ももはや完全に息を止められた。

民主運動の中心人物はすべて拘束され、北京に批判的なメディアは容赦なく弾圧されている。

国際社会の支援を待ちながら、自由のために立ち上がった若者たちは見捨てられた。

こうしてみると、パレスチナといい、ミャンマーといい、香港といい、すべて大英帝国の負の遺産を背負った地域ばかりだ。

100年以上も昔の憎しみが今も消えずに人々を苦しめるのだ。

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メディアが国家権力の置かれた社会というのは、残念ながら世界の大勢である。

今年7月には、共産党創立100周年を迎える中国では、ますます思想教育が強化されているという。

中国共産党はこのほど大学の研究や教育の場で党の社会主義思想や歴史観を徹底し、教員や学生の思想監視を強化する規則を通知した。一党支配の下でこれまでも制約を受けていた「学問の自由」は監視強化により完全に否定された形だ。

改定前も「毛沢東思想」や「愛国主義」などの教育をすると規定していたが、改定版は思想教育を「最優先する」と強調し「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」を徹底するよう要求。巡視活動を定期的に実施し、不十分な場合は警告処分などもあり得るとしている。

引用:共同通信「中国、「学問の自由」認めず 党が思想監視強化の規則」

さらに、中国では建党100年にあたり若者たちが共産党ゆかりの地をめぐる「赤いツアー」が盛んに行われているという。

私が南京の大虐殺記念館を訪れた時にも、多くの子供たちが教師に連れられて見学に来ていた。

当局にとって都合の悪い文化大革命や天安門事件の情報は一切知らせず、共産党の「偉大な歴史」だけを教えられて育った若者たちがどんな世界観を身に付けるのか、隣国の住民としてはやはり心配せざるを得ない。

中国にはもともと言論の自由はないが、米中の覇権争いが今後ますます熾烈になっていく中で、メディアが弱体化していく世界は私にとって恐怖である。

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NHK放送文化研究所が発表した「国民生活時間調査」のよれば、平日に15分以上テレビを見る人の割合は、15年前より6ポイント減って79%になったそうだ。

8割の人が見ているのだとすれば、まだまだ立派なメディアではあるが、気になるのは若者のテレビ離れである。

最もテレビを見ていない世代は16~19歳の47%で、前回調査より24ポイントも減ったという。

メディアの力の源泉は、ひとえに市民の支持に支えられるものだ。

若者から見捨てられたテレビは、いずれメディアとしての役目を終えることになる。

この20年間、既存のメディアが信頼を失った過程では、メディア側にも問題があっただろう。

BBCは、1995年に放送された故ダイアナ妃の独占インタビューについて、書類の偽造など明らかな問題があったとしてウィリアム、ハリー両王子に謝罪文を送ったという。

激しい視聴率競争の中で、特ダネのためには手段を選ばない「何でもあり」の雰囲気が私の現役時代には確かにあったと思う。

しかし、コンプライアンスが強調される最近のメディアでは、逆にお行儀が良くなりすぎて独自取材がめっきり減ってしまったようにも見える。

パソコンから情報を集めて現場に足を運ばない記者も増えたと聞く。

インターネットが普及すればするほど、ネットでは得られない独自取材に基づいた情報にしか価値はないのだ。

ジャーナリストはもっと勉強して、自らの足と目で特ダネを狙ってもらいたい。

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ただ、昨今のメディア不振は、メディア側の問題だけではないように思える。

トランプさんに代表されるような権力者による意図的なメディア攻撃が、「なんとなく」メディアの情報を信じない風潮を作っているのだとすると、これは決して市民の利益にはならない。

既存メディアは衰退しても、新たな形の信頼されるメディアが登場すればそれでいいのだ。

しかし、あらゆるメディアが信頼を失い、誰も客観的な取材や当局の批判をせず、誰かの意図的な情報発信ばかりが横行する社会になってしまえば、きっと世界は破滅に向かって一気に突き進むことになるだろう。

ガザで爆破されたメディアビルの映像を見ながら、私はそんな心配をしていた。

<吉祥寺残日録>コロナとメディア #200402

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