私が中東を旅行している間、私はあまり小まめにニュースをフォローしていなかったが、中国の気球のニュースはちょっと気になっていた。
なぜなら以前、このブログで正体不明の気球について書いた記憶があったからだ。

あれは2020年6月17日。
『<吉祥寺残日録>何だかわからない話 #200617』というタイトルで、私はこんなことを書いていた。
今朝、仙台市の上空に謎の物体が目撃された。
バルーンの下に十字架のようなものがぶら下がり、プロペラが付いていた。
この気球のようなものは福島県の上空でも目撃された。
誰が何の目的で揚げたものなのか、夕方段階でもまだわかっていないという。
このバルーン騒動はたわいのない話題かもしれないが、私にはもっと気になっていることがある。
引用:吉祥寺@ブログ
この時の私のメインの関心事は、三浦半島で続いていた異臭騒ぎの方だったが、あのまま謎の気球は謎のままに私の記憶から消え去っていた。

それとよく似た巨大な気球が今度はアメリカの上空に現れ、今月4日、バイデン大統領の命令によって撃墜されたというのである。
戦時中、日本軍が本気でアメリカ本土を風船爆弾で攻撃しようと計画し失敗したことはよく知られているが、さすが今の中国は簡単にアメリカまで巨大気球を飛ばすことができるんだと私は感じた。
そして米中が宇宙開発にしのぎを削る中、時代遅れに感じる気球にも戦略的な使い方があるのだということにも驚いた。

この気球、何を探っていたのかも気になるところだが、同時に中国がどうやってアメリカ上空まで気球を飛ばしたのかも私の関心事であった。
14日のワシントンポストが報じたところによれば、アメリカは気球が北米に到達する前からずっと追跡していたという。
日本経済新聞が掲載した共同電にはこうある。
米紙ワシントン・ポスト電子版は14日、米軍によって4日に撃墜された中国の偵察気球は中国南部海南島の地上から打ち上げられ、米側が当初から追跡していたと報じた。台湾とフィリピンの間を通って太平洋に出て、日本の南約1600キロを通過したとみられる。
同紙によると、中国空軍の計画の一部として打ち上げられた。東に向かうルートが予想外に北に変わった。太平洋の米軍施設を監視する狙いだったとされ、米領空の侵犯は中国の誤算だった。
気球は1月28日にアラスカ州アリューシャン列島北方の防空識別圏に入った後、カナダや米本土の上空を飛行。2月4日に撃ち落とされた。米軍は13日、情報収集に使うセンサーなどを回収したと明らかにした。
引用:日本経済新聞
この気球はもともとアメリカ本土を偵察するためのものではなかったというのである。
アメリカもそれを承知で撃墜劇を演出し、世界中に中国の脅威をアピールしたという側面もあるのかもしれない。
ただ問題はもっと大きく、中国の軍事気球は習近平氏が自ら号令をかけて育成している『未来の軍隊』の一部だという指摘が気になる。

今日の日本経済新聞は、『中国気球撃墜と習近平式「未来の軍隊」の危うい関係』という気になる記事を掲載している。
「未来の軍隊」とは果たして何なのか?
中国ウォッチャーである中沢克二編集委員の記事を引用させていただく。
実のところ米中の激しい軍事的なつば競り合いの焦点は、米国付近だけではない。アジアの安全保障関係者らは、極めて重要な視点として、中国の「未来の軍隊」と南シナ海での米軍の攻防に関わる実態を明かす。
「(中央軍事委員会主席の)習近平(シー・ジンピン)の大号令で新たに編成された『未来の軍隊』が、最重点地域として、まず監視・警戒、情報収集していたのは南シナ海だ」
「南シナ海での米中の対峙には『気球』も大きく関係していた。これが今の米中間の気球問題にもつながっている」
今回の気球撃墜事件に至る経緯を考えるうえで示唆に富む指摘である。
折しも米第7艦隊は、気球問題で世界が騒然としていたさなかの11日に米空母ニミッツ、強襲揚陸艦などの艦隊、海兵隊などが南シナ海で合同演習を実施したと発表した。米海軍は、南シナ海で継続的に訓練を続けているのだ。
引用:日本経済新聞
南シナ海における米中の対峙が今回の気球問題につながっているというこの指摘は、ワシントンポストの記事とも付合する。
これに絡む問題は、およそ2年前となる2021年初め、南シナ海で起きていた出来事だ。米空母セオドア・ルーズベルトなどの艦隊が「航行の自由」作戦をした際、南シナ海で既に複数の拠点を築いていた中国側も「対抗措置」をとった。
「それは(中国)軍が直接、運用する、より軍事色の強い『偵察気球』による超高空からの監視・情報収集だった。もちろん米艦隊側も探知しただろう」
南シナ海は、中国南部に位置する海南島の南側に広がっている。中国にとって海南島は空母、潜水艦、航空機、ロケットなど海、空、ロケット各軍の重要な軍事拠点となってきた。
01年には海南島付近の南シナ海上空で、米中の軍用機が衝突し、大きな国際問題に発展した。海南島には、中国の重要な衛星発射施設もある。ここに、先に紹介した「未来の軍隊」が大きく関係している。
引用:日本経済新聞
日本では尖閣諸島の対立が続く東シナ海の問題の方が大きく報道されるが、中国にとっての戦略的な重要性から言えば、南シナ海の方が死活的に重要なのだ。
自由に使える海を持たない中国にとって、周辺諸国との対立を承知で南シナ海に人工島を建設してきたのは、この海域を中国が自由に使える海とすることでそこを潜水艦の隠れ場所とし核抑止力の中核とする狙いがある。
そしていよいよ、記事は「未来の軍隊」について言及する。
「未来の軍隊」とは、15年の中国人民解放軍の大再編で新たに誕生した「戦略支援部隊」を指す。長い間、その真の任務が何なのか謎に包まれていた。その中で中国側が16年に半ば公式に示唆したのが、共産党機関紙である人民日報の国際情報紙、環球時報の電子版などが触れた説明である。
戦略支援部隊は3つの部門・機能で構成されていると読みとれる。
(1)ハッキングに備えるインターネット軍=(防御主体の)サイバー戦部隊
(2)偵察衛星や、中国が独自に構築した衛星ナビゲーションシステム「北斗」を管轄する宇宙戦部隊
(3)敵のレーダーシステム・通信をかく乱する(攻撃性の強い)電子戦部隊
残骸を回収した米側が既に断定した「中国の偵察気球」は、通信傍受などに関係するとみられるアンテナなどを備えていたという。仮に搭載機器が、中国紙が自ら言及した機能と関係しているなら、米側が強く反応するのは当然だ。
注目したいのは(2)である。偵察衛星を巡っては、南シナ海沿岸なら海南島の文昌に衛星打ち上げ基地がある。この周辺に戦略支援部隊の拠点が存在することは、中国のインターネット上に同部隊が要員を募集する公告を出している事実からも確認できる。
戦略支援部隊は、まさに習の肝煎りで進めてきた「軍民融合」という大方針を体現する模範的な組織でもあるのだ。習自身も16年8月29日、新設した戦略支援部隊の視察に訪れ、大きく報道された。
引用:日本経済新聞

そして、今回問題となった気球を管轄しているのも「未来の軍隊」というわけだ。
「大型ハイテク気球の運用も、軍の重要任務のひとつであるのは常識で、南シナ海周辺で(関係各国の船舶などに)目撃されてきた」という。
「台湾有事」という最近の話題に先立ち、長く大問題であり続けたのが南シナ海だったのだ。16年までに中国は南シナ海で埋め立てによる大規模な人工島造成をほぼ終えていた。
16年の中国側の戦略支援部隊に関する説明から既に7年。今回、米領空に侵入してしまったのは、超大型に進化を遂げた中国の言うところの「民用無人飛行船」だったのである。
センサーなど多領域の測定が可能な機器類を搭載した気球は、名目上、軍民両用だ。だが、安保に関わる各国の専門家らは「(軍民両用とされる)これも戦略支援部隊が背後で運用に関わっている」とみている。
日本や米国でこの3年余り、相次ぎ発見された気球は、海南島、内モンゴルなど中国各地に点在する衛星発射拠点の付近から、戦略支援部隊が関係する枠組みで飛ばされたとの見方も多い。
内モンゴルの衛星発射拠点は、一番近い都市だった甘粛省の地名である酒泉を使い、「酒泉衛星発射センター」と呼ばれる。ところが実際の所在地は、内モンゴル自治区最西部のアルシャー盟のエジン旗だ。1970年、ここから中国初の人工衛星「東方紅1号」が打ち上げられた。
もし酒泉衛星発射センター付近から気球が飛ばされて超高空に至り、偏西風のジェット気流に乗れば、容易に日本上空から、アラスカ、カナダ、米国に到達できる。これは春先に黄土高原から西日本、そして日本全国に到達する「黄砂」のルートでもある。
このほか四川、山西、山東各省にも衛星発射センターがある。これら「五大発射センター」と呼ばれるいずれの施設付近から出発しても、気球が目視された宮城県仙台、青森県八戸、小笠原諸島父島、鹿児島県鹿児島などに達することが可能だ。例えば海南島と日本各地を結んだ場合、途中で必ず台湾上空を経由するのも興味深い。
引用:日本経済新聞

今まさに日本では通常国会が開かれ、防衛力強化の歴史的大転換が行われようとしている。
しかしこうした気球騒動は対中世論を悪化させる一方で、防衛費の増額を進めたい岸田政権にとっては追い風となるだろう。
あまり日本のメディアでは指摘されないが、私が今回の問題で注目しているのが、徹底的に調査し戦略拠点に関する膨大なデータをどこよりも積極的に集めていることだ。
気球には、地上の電波を集めるというミッションとは別に、高高度の大気の状態や気流の流れというミサイルの精度を上げるための重要なデータ収集の役目もあるとされる。
中国の調査船は尖閣諸島の周辺だけではなく、屋久島近海の黒潮の起点周辺でも活発に活動しているという。
日本が議論をしている間にも、中国は明確な目的を持ってビッグデータの収集分析を進めていて、はるかに戦略的で緻密な作戦を練っているように思う。
2年前、仙台で目撃された気球が話題になった時、自衛隊はどこまでそれを監視し分析していたのだろうか?
軍事情報は機密のベールに覆われているため真相を知ることはできないが、日本政府と自衛隊には場当たり的ではない戦略的な対応をお願いしたいものである。