<吉祥寺残日録>シニアのテレビ📺 BS世界のドキュメンタリー「ワグネル 影のロシア傭兵部隊」の戦慄 #220528

ロシア軍によるウクライナ侵攻から3ヶ月が過ぎ、マリウポリを陥落させたロシア軍は東部2州に戦力を集中させている。

現在最も激しい攻撃が加えられているのは、ルハンシク州でのウクライナ側の最後の拠点セベロドネツクだ。

ルハンシク州の95%はすでにロシアの支配下に置かれているとされ、ロシア軍はこの街を集中的に攻撃することによって州全体の掌握を目指している。

2014年のクリミア侵攻以来、ルハンシク州を含む東部2州では親ロシア派武装勢力とウクライナ政府軍による戦闘が続いてきた。

7年以上にわたるこの戦闘でロシア側の重要な戦力となってきたのが、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」だと言われる。

「ワグネル」はプーチン政権の秘密戦闘部隊として世界各地の紛争地に送り込まれ、今回のウクライナ侵攻においてもゼレンスキー大統領の暗殺計画など様々な局面でその名前が取り沙汰されてきた。

しかしその実態はほとんど知られていない。

力の信奉者であるプーチン大統領の別働隊とも言える謎の民間企業「ワグネル」に迫るドキュメンタリーが先日放送された。

BS世界のドキュメンタリー『ワグネル 影のロシア傭兵部隊』。

今年フランスで製作された調査報道の労作である。

ウクライナを含む各地に傭兵を送り込んでいると言われ、「プーチンの影の軍隊」とも呼ばれる民間軍事会社「ワグネル」。その活動の実態と黒幕とされる人物に迫る調査報道。 ナチスに傾倒する元軍人が設立し、プーチン大統領と深い関係を持つ新興財閥が出資しているとされるワグネル社。ロシアが軍事介入を進めてきた中東やアフリカで暗躍してきたと言われている。専門家が事実上国の機関と指摘するこの組織の実態を関係者や専門家の証言、様々なルートから入手した映像や内部文書などを通じて、浮かび上がらせる。

引用:NHK

この番組を通して、知られざる「ワグネル」の実態について現状わかっていることを調べてみたい。

まず最初に登場するのはモスクワ郊外クラスノゴルスクで暮らす元「ワグネル」隊員のマラト・ガビドゥリン(56)。

沈黙の掟を破り顔出しでワグネルの実態について証言した初めての人物である。

ソ連軍の軍人だったマラトは、退役後シベリアの裏社会で殺し屋となり敵対するマフィアのボスを殺害して刑務所に入った後、2015年に非合法組織であることを承知で「ワグネル」に入った。

採用の際、こう言われたと証言する。

「仕事は敵と戦うこと。ケガや心をズタズタにされるのはもちろん、殺される危険も大いにある。この場でそれを了承してもらう。一度戦場に出たらもう後戻りはできないから」と。

「ワグネル」に入った一番の動機はカネ、ロシアの水準からいったら高い報酬だという。

国内の訓練だと月960ユーロ、国外の任務なら月額1500〜1800ユーロだった。

彼はシリアに派遣され、世界遺産の遺跡があるパルミラや油田地帯でISやクルド人勢力と戦った。

シリアのアサド大統領は「ワグネル」を利用した最初の独裁者となった。

「ワグネル」はそもそもウクライナ東部での戦闘から誕生した。

表立ってロシア軍が介入する前に、親ロシア派を支援するために送り込まれた傭兵たちがこの民間軍事会社のベースとなっている。

「ワグネル」という名前は創設者にちなんだものだという。

創設者の名前は、元ロシア特殊部隊将校のドミトリー・ウトキン。

ロシア軍に所属していた時の彼のコールサインが「ワグネル」だった。

ヒトラーが崇拝していた作曲家ワグナーのことをウトキンが愛していたからこう呼ばれるようになったという。

第三帝国やファシストから発想を得たタトゥーを入れるほどナチスのイデオロギーに心酔する人物だったとジャーナリストで調査報道グループ「CIT」の設立者であるルスラン・レビエフは語る。

ウトキンは今も「ワグネル」の司令官を務めていて、2014年以降1万人以上の傭兵が彼の指揮下で戦ったとみられている。

この黒い十字架は「ワグネル」の勲章である。

冒頭に登場したマラトもイスラム国との戦闘でこの勲章をもらったという。

プーチン大統領はウクライナ侵攻を「ネオナチとの戦い」と称しているが、その先兵として利用している「ワグネル」こそがナチスを信奉する軍事組織というのは皮肉というほかはない。

ウクライナ政府は、東部での戦闘に参加している「ワグネル」の傭兵4184人のデータベースを作った。

そこには氏名・軍での功績・誕生日・勲章の受賞歴などの個人情報が収められている。

しかし「ワグネル」の活動はウクライナにとどまらない。

ウクライナのほか、マダガスカル、モザンビーク、スーダン、中央アフリカ、シリア、リビアなどアフリカから中東にかけその活動の範囲を広げている。

プーチン大統領は「ワグネル」についての質問を受けるたびに、その存在自体を否定している。

「リビアにロシアの民間人がいたとしても、彼らはロシアが雇っている人たちではありません」

「ロシアによる戦闘に関わっていないからです」

プーチンからすればとても好都合で、ワグネルが遂行した作戦や虐待に対する責任を全て否定することができ、「あれは民間の独立した組織でありワグネルに問題があるのなら彼らのリーダーに聞いてくれ」と答えるのだ。

しかし国際的に活動範囲を広げるこの「ワグネル」に資金を提供し後ろ盾となっているのは、新興財閥オリガルヒの一人エフゲニー・プリゴジンとされる。

プリゴジンは8年間服役した後レストランを開き、2000年代にはケータリング事業に乗り出して巨万の富を作った人物で、彼は「プーチンのシェフ」と呼ばれ政権の汚れ仕事も請け負うようになった。

2016年の米大統領選挙でトランプが有利になるよう虚偽情報を流したとして、アメリカはプリゴジンを起訴している。

「ワグネル」の実態を取材するのは極めて難しい。

なぜならワグネルは法的に認められていない架空の会社で、その代理人と会う方法はないのだ。

取材チームを1年かけて取材に応じてくれる関係者を探し出し、ウラル地方の都市オムスクでバシリーという人物のインタビューに成功した。

表向きは会社を経営して家族を養い、その裏では世界中で仕事をしているとバシリーは語った。

定期的にウクライナのドンバス地方に行って分離独立派と共に戦う一方、ロシア国内にいる時には傭兵の採用や訓練を行なっているという。

「人材求む、最低給与1800ユーロ。体調が良好なもの。医師の診断書及び国外勤務のためのパスポートが必要」

ジャーナリストなどの潜入取材の疑いがあれば嘘発見器にかけ、全てがクリアになれば採用となると話した。

そして、その信念を次のように語った。

「軍事攻撃は基本原則に従って行われる。領土を占領しそこを安全地帯にするよう命じられたら、敵を残して立ち去ってはならない。街を掌握したら、住宅を一軒残らず捜索する。そして誰からの家で武器を見つけたら、その住民もろとも全てを消し去ることだ」

「冷戦は終わってはいない。ロシア連邦は帝国としての地位を取り戻したいと思っている。ワグネルは政府の道具の一つだ」

「我々はカネのためだけに出かけていってアフリカ人を殺すほど単純ではない。我々の真の標的は西側世界とそのイデオロギーや価値観だ。世界観も異なる。我々は常に西側と戦闘状態にあるのだ」

この証言を裏付けるように、調査報道グループ「CIT」は、ワグネルの使用した装備をリスト化し、次の結論に辿り着いた。

「私たちはワグネルの本部基地がロシア南部モルキドにあることを突き止めました。そこはロシア軍の特殊作戦部隊の基地と同じ場所だったんです。これによってワグネルが新興財閥オリガルヒによって設立されたただの小さな集団でないことがはっきりしたんです。あれはロシア政府の秘密の組織です」

元隊員のマラトも、ワグネルが政府の承認を得ずに行動することができるかとの問いに対し、こう証言した。

「いや、できない。政府の承認が必要だ。入隊者の多くの軍の予備兵だということからもわかる。機材や装備は全て政府から与えられている。必要なものは全てだ。着る物や食べ物の面倒も見てもらえる。戦闘地域に兵士が移動する手段も後方支援も国防省が手配する。ワグネルはロシア政府、ロシア国家の一部門だ。間違いない」

さらに、反体制派メディア「ノーバヤ・ガゼータ」の記者デニス・コロトコフは、ワグネルとプーチンの直接的なつながりを探りあてた。

「ワグネル」のリーダー、ドミトリー・ウトキンがプーチン大統領が出席するクレムリンでのセレモニーに出席していたことを映像解析から突き止めたのだ。

プーチンがウトキンに直接勲章を授与していたことも明らかとなったが、その後ウトキンは公式の場に姿を現さなくなった。

ワグネルはインターネットや映像を巧みに利用している。

メッセージサービス上で交わされる暗号化されたワグネル隊員たちの会話では、ウトキンは「闇の陛下」と呼ばれているという。

戦闘員たちはこのメッセージサービスに撮影した戦場の写真を投稿する。

入隊者を集めるためにハリウッドばりのプロパガンダ映像も制作され、オンラインで流されていた。

このようにワグネルが戦闘員を集め、活発に活動しているのが中央アフリカ共和国だという。

長い間フランスの勢力下にあったこの国は今、ワグネルが掌握している。

2018年以降、ワグネルの戦闘員たちはこの国で領土の支配と天然資源の確保のために活動している。

取材チームが首都バンギに入ると、所属を示すものを身につけず顔をマスクで覆った武装した男たちが街の警備に当たっていた。

2000人のロシアの傭兵がこの国に派遣されているという。

中央アフリカでは2013年以来、政府と反政府武装勢力の間で内戦が続いていて、2018年政府はロシアに助けを求めた。国連の承認を得て、ロシアは政府軍の訓練のために専門家を派遣、この制度にワグネルは入り込み任務を引き継いだ。

元内務大臣のジャン・セルジュ・ボカサはその実態を証言した。

「この国の要職は全てワグネルに乗っ取られています。大統領府の警備もロシア人が管理しています。ここを支配しているのは一種の国家テロリズムです。ワグネル部隊の駐留に支えられているこの国の元首は、彼らから示される戦略をもとに行動しています。元首が本来守らなければならない国の制度や法律を尊重していません。これがわが国の現状です。この国の市民は極めて抑圧的で厳格な統制を受けています」

こうした中で、ワグネル隊員による残虐行為やレイプ事件も発生している。

国連はこの国で平和維持活動を行なっていて、ロシアのいわゆる「保安要員」による人権問題240件を報告しているが、ワグネル隊員が処罰されることはない。

影の部隊は犯罪の証拠を滅多に残さないからだ。

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さらに中央アフリカの主要な資源であるダイヤモンドと金の採掘を、オリガルヒが牛耳っていると言われている。

最大の金鉱ダッシマもその一つ。

カナダの会社「AXMIN」が2010年から採掘を行なっているが、2019年12月、中央アフリカ政府はもう一社マダガスカルに登記されている「MIDAS RESSOURCES」にも採掘許可を出した。

「MIDAS」社は鉱山の入札が行われる数日前に設立されたダミー会社で、その背後にいたのはワグネルの資金源エフゲニー・プリゴジンだった。

つまり、傭兵に支払うカネのない中央アフリカ政府が、利益の上がる金鉱の採掘権を彼らに与えることにしたのだと関係者は見ている。

しかしエフゲニー・プリゴジンの事業について嗅ぎ回るのは危険だ。

2021年3月15日、ノーバヤ・ガゼータ紙がワグネルに関する記事を掲載すると事務所に化学物質が撒かれた。

さらに2018年7月30日には、キリル・ラドチェンコら3人のロシア人ジャーナリストが中央アフリカで殺害された。

3人はプーチン批判の急先鋒ミハイル・ホドルコフスキーが資金を提供する会社から依頼され、ワグネルとダッシマ金鉱に関するドキュメンタリーの撮影中だった。

警察は強盗の仕業だと結論づけたが、カメラやコンピューター、現金などが車に残されたままだったという。

ホドルコフスキーは元オリガルヒの大富豪だったがシベリアに10年収監された人物で、彼はフランスの取材チームに対して事件の背景をこう語った。

「ジャーナリストの抹殺を決めたのは、間違いなくプリゴジン氏とその配下の者たちです。彼らは明確なメッセージを送りつけてきました。我々が支配する地域をジャーナリストに嗅ぎ回ってほしくない。そのようなことをすれば、誰であれ命を落とす可能性があると」

エフゲニー・プリゴジンの戦略は3本の柱から成り立っている。

戦争、金儲け、そして偽情報の拡散。

偽情報の拡散に使う一番のツールは「パトリオットグループ」、ロシア政府と敵対する者の信用や評判を落とすために活動する147のメディアからなる広大なネットワークである。

彼らは偽のインタビューを含む膨大な映像を作って、フランスの取材チームにも攻撃を仕掛けてきたという。

「CAPAのジャーナリスト、クセニア・ボルシャコワの背後にはアメリカの情報機関がいます。中央アフリカ共和国でのレイプ事件を問題にしていますが、現地の女性は2人の白人女性からカネと引き換えにうそのレイプの話をするよう持ちかけられたと主張しています」として、現地女性のインタビューを流した。

女性はカメラの前で「ロシア人たちにレイプされたとカメラの前で話せばお金をくれると言いました」と証言したが、この女性は取材チームが会った女性ではなかったのだ。

フェイクニュース拡散の中心となっているのはロシアのオンラインニュースサイト「リアファン」で、半欧米のコンテンツで溢れたこのサイトのアクセス数は1ヶ月で1億回を超える。

取材チームは、シリアの戦闘で死亡した「ワグネル」隊員の家族にも取材している。

ウラル山脈近くの町ステルリタマクに住むこの夫婦の息子セルゲイは、2018年シリアのデリゾールでの戦闘で死亡した。

米軍の支援を受けるクルド人勢力との間で行われたこの戦闘では「ワグネル」の戦闘員200人が死亡したという。

「柩と一緒に息子の死亡通知書が届きました。息子は戦地に送られたのです。誰かが派遣を承認してね。若者たちが自分たちから行きたいといって飛行機に乗り勝手にあそこに行ったわけではありません」

傭兵を使えば、ロシア政府は余分な年金を払う必要がなく、ロシア側の犠牲者の数を隠すこともできる。

「私は自分の国を恥じています。大統領を恥ずかしく思います。こんなことになるのを許したのですから。息子を英雄として見てほしいんです。息子は傭兵ではなく、この国のために戦う兵士でした。平和を守る部隊の一員だったのです。殺し屋ではありませんでした」

ロシアの国営テレビは、軍事侵攻後初めてプーチン大統領がウクライナで負傷した兵士を見舞う映像を公開した。

その一方で、ロシア議会は軍入隊の年齢を40歳から50歳に引き上げる法案を可決し、兵員不足を補おうとする動きも見られる。

ロシア軍が占領したウクライナ南部2州ではルーブルの流通が始まっていて、住民に対してロシア国籍の取得を容易にする大統領令にプーチン大統領が署名したと伝えられている。

ロシア国籍を取得したウクライナ人が強制的に戦闘員として前線に送られることも懸念される。

「ワグネル」に関するこのドキュメンタリーを見ていると、プーチン政権の闇の深さが我々の常識をはるかに超えていることを痛感させられ、この政権が倒れない限り世界中に暴力とフェイクニュースが拡散するのだと実感させられた。

私たち日本人の認識はまだまだ甘いのかもしれない。

ロシア元スパイ

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