<吉祥寺残日録>ガザの地上戦が続く中で届いた“忘れられた戦場”ミャンマーからの興味深い報告 #231111

ハマスによる電撃作戦をきっかけに始まったガザ地区での激しい戦闘は7日で1ヶ月を迎えた。

イスラエルの地上部隊はガザ地区を南北に分断したうえで、北部の中心都市ガザ市を包囲している。

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イスラエルの攻撃は、多くの市民が避難している病院や国連施設にも及び、すでに1万1千人以上のパレスチナ人が死亡したという。

そのうちの4500人は子供たちだが、国際社会はなすすべもなくガザから届く悲惨な映像をただ茫然と眺めるだけだ。

イスラエル軍は北部に残る住民たちに南部への移動を促すとともに、南北をつなぐ2本の「人道回廊」を用意して一般市民の犠牲を減らす努力をしていると国際社会にアピールする。

イスラエル軍が迫る中で、これまで自宅に止まっていた住民たちが気のみきのまま南へ移動する映像が送られてくる。

南部の施設はもう避難民で溢れかえっていて、後から来る人たちに居場所はあるのだろうか?

イスラエル軍が制圧した地域からは、ハマスが掘ったとされる地下トンネルの入り口が多数見つかっている。

ハマスの戦闘員たちはこのトンネルから現れてイスラエル軍に攻撃を仕掛けてはまた穴に潜るという抵抗を試みているようだ。

しかし、戦車や大型ブルドーザーを使ったイスラエル軍の圧倒的な武力を前に、ハマスの支配地域は日に日に狭められているのが現実である。

イランをはじめハマスが支援を期待していた勢力も、イスラエルとの全面戦争に突入する気配はない。

ガザへの物資の搬入もままならない現状では、ハマスに残された抵抗手段は限定的だろう。

弱き者が強い者に打撃を与えるには、奇襲攻撃しかない。

ハマスはそれを実行したのだが、果たしてその後の展望についてどのように考えていたのか?

頼りにしていたアラブ諸国の支援も、人間の盾としての人質の抑止力も当初の計画のようにはいかず、代わりにハマスの支持母体だったガザ市民に地獄の日々をもたらしてしまった。

これまでのガザ侵攻とは異なり、イスラエルはガザ地区を占領し、国際社会の非難を覚悟で軍の駐留を続けるだろう。

生活の基盤を失ったガザの人たちは今後どこでどのようにして生きていくのか、考えれば考えるほど絶望的な未来しか思い描けない。

こうして連日ガザのニュースがテレビから流れる日々の中で、私の目に止まったのは、ミャンマーから届いた意外な報告だった。

国軍によるクーデターによってアウンサンスーチー氏率いる民主派政権が崩壊したのは2021年2月のこと。

クーデター直後は多くの市民が街頭で抗議活動を展開し、世界の注目を集めたが、軍事政権によってデモが弾圧されると、民主化を求める若者たちは国境地帯に逃れ少数民族の武装組織と連携して国軍への抵抗と続けている。

しかし、ウクライナでの戦争が起きると世界の目はミャンマーから離れ、今では「忘れられた戦場」となってしまった。

あのクーデターから2年半以上が経ち、ミャンマーでは軍事政権が窮地に立たされ始めているというのだ。

英BBCが伝えた『ミャンマー軍、クーデター後最大の後退 少数民族武装勢力との戦闘で「国が分裂も」』というバンコク特派員の報告を引用させてもらおう。

クーデターによる軍政が続くミャンマー東部で、国軍と少数民族の武装勢力との戦闘が起きている。ミン・スエ暫定大統領は9日、東部シャン州で勃発した戦闘を政権側が制圧できなければ、国が分裂する危険性があると述べた。

2021年の軍事クーデター後に暫定大統領に就任したミン・スエ氏は、国軍に深刻な損害を与えている反軍政派の武装勢力による一連の組織的攻撃に対処するための、与党軍事評議会が開いた緊急会議に出席し、警鐘を鳴らした。

シャン州で反乱を起こしている三つの民族の武装勢力は、反軍政派のほかの武装グループの支援を受け、国軍の数十の軍事拠点を制圧した。さらに、複数の国境検問所と、中国との陸路貿易の大部分を担う道路を占拠した。

こうした状況は、2021年2月に政権を奪取した軍事政府にとって、これまでで最も深刻な後退と言える。悲惨なクーデターは武装蜂起を起こし、2年半にわたって衝突が続いている。軍は弱体化し、打ち負かされる可能性が出てきたようにみえる。

軍事政権は空爆や砲撃で応戦し、何千人もが家を追われている。しかし政権は、増援部隊を投入することも、失った勢いを取り戻すこともできていない。殺害された数百人の兵士には、シャン州北部の国軍司令官アウン・キョー・ルイン准将が含まれるとみられている。事実であれば、クーデター後の戦闘で死亡した最も高位の将官となる。

シャン州で活動する反軍政派の武装勢力が、軍事行動の足並みを、軍政転覆と民主的統治の回復を目指す広範な活動と明確にそろえたのはこれが初めてだ。その点からも、今回の攻撃の重要性はさらに増している。

一方で、ほかの要因も考慮する必要がある。これら三つの反軍政派勢力には、自分たちの領土を拡大したいという長年の野望がある。そして決定的なのは、通常はミャンマーとの国境沿いで活動するすべての勢力に対して抑制的な影響力を見せている中国が、今回の活動の進展を妨げていないことだ。

これはおそらく、シャン州に急増した詐欺組織に対してミャンマーの軍事政権が何も対策を取っていないことへの不満の現れだろう。詐欺組織のセンターでは何千人もの中国人やほかの外国人が働かされている。反軍政勢力は、活動の目的のひとつにそれらのセンターの閉鎖を挙げている。

2021年に、クーデターに対する平和的な抗議行動が軍と警察によって暴力的に鎮圧された際、反軍政の活動家たちは、政権に対する全国的な武装蜂起を呼びかける以外に選択肢はないという判断に至った。

多くの人が、タイや中国、インドとの国境沿いの、少数民族の武装勢力が支配する地域へ逃れた。そこで訓練を受け、武器を入手できることを期待していた。

カレン族、カチン族、カレンニ族、チン族など、いくつかの民族の確立された部隊は、選挙で民主的に選ばれ、クーデターで退陣させられたアウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)の議員らが設立した「国民統一政府」(NUG)と同盟関係を結ぶことを決めた。

一方、タイや中国と国境を接し、無法状態にある巨大なシャン州には、NUGと連携しなかったグループが複数いる。

世界有数の違法麻薬の生産地としてよく知られているであろう同州は、近頃、カジノや詐欺センターといったビジネスで活況を呈しつつある。

ミャンマーは1948年にイギリスから独立して以降、紛争と貧困に見舞われ、異なる軍閥や麻薬組織のボスあるいは少数民族の反体制派の領土に分断されてきた。これらの集団は互いに、そして軍と戦ってきた。

引用:BBC

二つの反体制勢力が、ミャンマー最大の民族シャンを代表していると主張しているが、近年は四つのより小規模な民族グループが強力な部隊を築いている。

その中で最も強力なワ族武装勢力は洗練された近代的な武器を持ち、中国の支援を受けた約2万人の部隊を擁している。

そして、長い反乱の歴史がある中国系民族コカン族の武装勢力や、2009年の結成以降急成長を遂げている、人里離れた丘の上の村で暮らすパラウン族(タアン族)の武装勢力、シャン州から離れた西部ラカイン州から来たラカイン族の武装勢力もいる。ミャンマー東部には多くの移住者がおり、ラカイン州を拠点にしている「アラカン軍」の設立に貢献した。「アラカン軍」はいまでは、同国一の装備を持つ部隊のひとつとなっている。

ワ族勢力は1989年にミャンマー軍と停戦に合意し、ほとんどの武力衝突を回避してきた。同勢力は、軍事政権と反軍政派の紛争については中立の立場だとしている。しかし、ミャンマーのほかの地域の反軍政派勢力へ流れる多くの武器の供給源になっていると推測されている。

コカン族の武装勢力「ミャンマー民族民主同盟軍」(MNDAA)、「タアン民族解放軍」、「アラカン軍」は、同胞同盟とするものを結成している。それらはいずれも、クーデター以降、ミャンマー軍と衝突を繰り返している。NUGを支援するためではなく、常に自らの領土をめぐる利益のために戦っている。

これらの三つの反軍政派勢力は、ミャンマーのほかの地域からの反軍政派勢力に対して、目立たないように避難場所や軍事訓練、一部の武器を提供してきた。

しかし一方で、中国と国境を接する場所を本拠とすることから、国境の安定と、貿易の流れを維持するという中国側の懸念も考慮しなければならなかった。中国はミャンマーの軍事政権に外交的支援を提供し、NUGとは距離を置いてきた。

今年6月、中国からの圧力を受けた同胞同盟は国軍との和平交渉に参加することに合意したが、その後すぐに決裂した。それでも、同胞同盟はまだ、より広範な内戦には関与していないように見えた。

ところが、10月27日に同胞同盟が開始した「1027作戦」と呼ばれる国軍への攻撃によって、その状況は一変した。

同胞同盟は劇的な進展を遂げた。軍の全部隊が、戦わずに降伏したのだ。同胞同盟は100以上の軍事拠点と、四つの町を占拠したとしている。これにはチンシュエホーの国境検問所や、中国への主要な玄関口であるムセに続く主要道路上のフセンウィも含まれる。

同胞同盟は国軍の援軍が来るのを阻止するために橋を爆破。軍事政権と関係のある人物が運営する詐欺センターが多数あるラウッカインの町を包囲した。

ラウッカインには数千人の外国人が閉じ込められていると見られ、町に残った限られた食料を求める人の列ができるなど、混乱が広がっている。中国はすべての自国民に対し、最寄りの国境検問所を通って避難するよう求めている。

同胞同盟はいまの自分たちの最終目標は軍事政権の転覆だとしている。NUGもこれを目指している。

NUGは同胞同盟の成功を称賛し、自分たちの闘争において新たな勢いを獲得したとした。NUGの志願兵は、陸軍と空軍を総動員した国軍との不均衡な武力衝突を必死に繰り広げていた。

親NUG派の民兵組織「国民防衛隊(PDF)」は、シャン州の武装勢力ほど武装しておらず、経験も浅い。それでも、軍の明らかな弱点につけこんで、シャン州近郊で独自に攻撃を開始。国軍から初めて、地区の主要エリアを奪取した。

同胞同盟はラウッカインを包囲してから間もなく、攻撃のタイミングを慎重に計っていた。中国はこの出来事を受け、ミャンマーの軍事政権にしびれを切らしていた。

中国政府はこの1年、軍事政権に対し、主に中国人集団によって稼働している詐欺センターを閉鎖するよう圧力をかけてきた。詐欺センターに閉じ込められている人身売買の被害者が残忍な扱いを受けていることが広く知られるようになり、中国政府はきまりの悪い思いをしている。

中国側の圧力は、ワ族など多くのシャン州の民族勢力を説得し、詐欺への関与が疑われる人々を中国の警察に引き渡すことにつながった。8月から10月にかけて4000人以上が中国側へ送られた。しかし、ラウッカインの人々は、年間数十億ドルを生み出してきたこのビジネスを停止することに難色を示した。

現地の情報筋がBBCに語ったところによると、10月20日に、ラウッカインで閉じ込められている数千人の一部を解放しようとする試みがあったが失敗に終わったという。

詐欺センターで働く警備員たちが、脱出を試みた大勢の人を殺害したと考えらえている。その結果、隣接する中国側の地元政府から、責任を負う者に裁きを受けさせるよう求める強力な内容の抗議文書がミャンマー側へ送られた。

同胞同盟は好機と見て攻撃を仕掛けた。中国を落ち着かせるために詐欺センターを閉鎖すると約束した。中国は公には停戦を求めているが、同胞同盟のスポークスマンは、中国政府から直接、戦闘をやめるよう要請は受けていないとしている。

同胞同盟はより長期的な目標として、できるだけ多くの支持を得ようとしている。軍事政権が崩壊する可能性を見越しているためだ。支持が大きければ、軍政が倒れた場合にミャンマーの新たな連邦制を築くと約束したNUGとの交渉で、可能な限り有利な立場に立つことができる。

引用:BBC

TNLAは長らく、憲法で認められている小規模のタアン自治区を超えて、支配地域を拡大することを望んできた。

MNDAAは、国軍トップのミンアウンフライン総司令官が率いた2009年の軍事作戦で失ったラウッカインと隣接する地域の支配権を取り戻したいと考えている。

そして誰もが、アラカン軍に注目している。アラカン軍はいまのところ、シャン州における戦闘を支援するにとどまっている。もしラカイン州で国軍を攻撃することを選べば、軍事政権は自分たちが危険なほどまでに拡大しようとしていることに気が付くだろう。同州ではアラカン軍が最も勢力を持ち、すでに多くの町や村を支配している。

TNLAのスポークスマンがBBCに語ったように、TNLAはもはや、軍事政権との交渉に価値を見いだしていない。同政権は正当性を欠いているからだ。

いま何らかの合意に至ったところで、将来、選挙で選ばれた政府に無効とされてしまうだろう。タアン族、コカン族、そしてワ族の勢力には、新しい連邦制の中で、自分たちの民族の国家としての地位について憲法上の承認を勝ち取るという、共通の目標がある。

いま起きている戦闘に加わることで、これらの勢力はミャンマーの軍事政権に終止符を打つことができるかもしれない。しかし彼らには、シャン州のほかの勢力の利害とは一致しない、強い願望がある。こうした状況は、ミャンマーの民主的な未来を描こうとする人々が多くの課題に直面することの前触れと言えそうだ。

引用:BBC

一般の人には関心がないかもしれないが、かつてミャンマーを取材したことのある私にとっては実に興味深いリポートである。

絶対的だと考えられてきた国軍の力が弱まってきているというのもそうだが、国際社会が期待する民主化の方向ではなく、群雄割拠の戦国時代に向かいつつあるという報告なのだ。

ミャンマーの北部はかつて「黄金の三角地帯」と呼ばれ、麻薬王クンサが支配する無法地帯だった。

それはまるで日本の戦国時代や、清朝末期の中国で地方軍閥が割拠した時代を彷彿とさせる。

各地で戦闘が続き、国土は荒廃し、翻弄された人々は平穏な暮らしを奪われて貧困に沈む。

アウンサンスーチーさんが目指した民主化とはまるで違う分裂や混乱がミャンマーを飲み込もうとしているのか。

一般の人々にとって、人権を重んじる民主化された社会は理想だが、混乱よりは秩序の方が重要である。

もしもBBCの報告通り、国軍が敗れ国が分断され内戦状態が続くことになれば、ミャンマーの人たちはまた苦しい境遇に置かれることになるだろう。

一昨年、クーデターを起こした軍事政権のリーダーたちは、そのことをどこまで想定していたのか?

そこに、ハマスとの強い共通点を感じながら、BBCの記事を読ませてもらった。

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