<吉祥寺残日録>ウクライナ危機🇺🇦 予備役動員と占領地での住民投票!「キーウの夏 戦争の中の“平和”」が教えてくれたウクライナ人の間に広がる「ギルティシンドローム」 #220924

ウクライナでの戦争が始まってから今日で7ヶ月となる。

今月、私が岡山に帰省している間に戦況に大きな変化が起きつつあるようだ。

ウクライナ軍が東部で反転攻勢に転じ、ハルキウ州のほぼ全域を奪回し、さらに東部、南部で優勢な戦いを続けている。

ゼレンスキー大統領は12日の演説で「9月以降、東部と南部で計6千平方キロを超える領土を解放した」と宣言した。

ウクライナ側が南部で反撃を強めたのに対抗するため、ロシア軍の主力部隊が東部から南部へと移動したタイミングでウクライナ軍が東部で一気に攻勢に転じた。

欧米からは武器供与だけでなく戦術に長けた軍事顧問も秘密裏に送り込まれている可能性が高い。

西側のシンクタンクは、ロシア軍は兵員と武器の深刻な不足に悩まされていると分析する。

ロシア軍の支配から解放された地域では要衝イジューム郊外で440人の集団墓地が発見されるなど、各地で民間人の遺体が掘り出されている。

中には明らかに拷問を受けたと見られる遺体も数多くあった。

こうしたニュースはウクライナ国民の反ロシア感情を悪化させ、犠牲を払ってでも国土を守るべきとする徹底抗戦の意志がますます強まっているという。

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こうした想定外の劣勢を受けて、プーチン大統領は21日、突如予備役30万人の動員を命じる大統領に署名した。

あくまで軍隊の経験を持つ予備役兵を対象とした部分的な動員だと発表されているが、これまで見てみぬふりをしていたロシア国民にとってこの決定はかなりのインパクトを持っていたようだ。

ロシアからビザなしで渡航できる近隣の国々へは片道切符で出国する人たちが殺到し、航空券はたちまち完売、陸路の国境にも長い車の列ができたという。

その一方で、少数民族が住む地方では即日予備役に対して出頭命令が発せられ、すでに動員が始まっている。

ロシア各地で家族との悲しい別れの光景が繰り広げられているそうだ。

2月にウクライナ侵攻を開始した時に動員された兵士は15〜20万人と言われており、もし本当に30万の兵士がウクライナに投入されれば、再び局面は大きく変わる可能性もある。

一方で、しばらく鳴りを潜めていたロシア国内での反戦運動が再び表面化しているのも事実だ。

予備役の召集が発表されて以降、ロシア各地で1400人以上が拘束されたとされ、反戦デモに参加した人に対して次々と召集令状が出されているとの報道もある。

ウクライナの反転攻勢がプーチン大統領を追い詰めた結果、力によって抑え込まれていたロシア国民の間に不穏な空気が漂い始めたことは注目に値するだろう。

ロシア国内では、一部の政治家からも不満の声が表面化してきたと伝えられている。

その一つ、モスクワ南西部の区議らが、ウクライナ侵攻に絡んでプーチン大統領に辞任を求めた。

区の公式サイトで8日に発表されたアピールは、プーチン氏や政権幹部らが不寛容で攻撃的な発言を続け「国を事実上、冷戦時代の状況に陥れた」などと指摘、プーチン氏の視点や統治手法は「時代遅れになり、ロシアの発展を妨げている」と痛烈に批判した。

さらに、プーチン氏の出身地サンクトペテルブルク中心部にある区の一部の区議も今月7日、侵攻開始により「軍人を犠牲にし、北大西洋条約機構(NATO)の拡大を招いた」などとして、国家に対する反逆を理由にプーチン氏を弾劾するよう下院に求めるアピールを公表したという。

こうした面だった批判はまだ少数だろうが、戦争が直接自分や家族の命に関わるようになった時、世論がどのような変化を見せるのか。

この先、思わぬ大事件が起きても驚きはしない。

プーチン大統領にとってもう一つ誤算だったのは、頼りにしていた中国やインドからの支援が思ったほど得られなかったことである。

今月15日からウズベキスタンのサマルカンドで開かれた「上海協力機構(SCO)」の首脳会議で、インドのモディ首相は「今は戦争の時ではない」と直接プーチン大統領に釘を刺したという。

中国の習近平国家主席も侵攻後初めてとなる対面での首脳会談の席でウクライナの戦争に懸念を表明したと伝えられ、ロシアが必要としている武器の支援は得られなかったと見られる。

このようにここにきて情勢は一気にウクライナ有利に傾いたようにも見えるが、戦争というのは常に複雑な要素が絡み合うもので、事態を単純化して考えると見通しを誤ることになりかねない。

今後ロシア側が進めるのは既成事実を作り上げることだ。

思惑通りに進まないウクライナの情勢に追い詰められるかのように、プーチン大統領は占領したウクライナ東部と南部の4州でロシアへの貴族の是非を問う住民投票を始めた。

2014年にクリミアで実施したのと同じやり方を踏襲し、「住民の意思」を口実に占領地域の一方的な併合を図るつもりだ。

当然のことながら、ウクライナ政府も西側諸国も「茶番劇だ」として住民投票を認めない。

たとえロシアが併合を発表したとしても、ウクライナは諦めることなく武力によって領土を奪還する戦いを今後も続けることになるだろう。

こうした先行きが見えない戦いの中で、自分の国が理不尽に破壊されていくウクライナの人々はどんな風に今を生きているのか、日々のニュースを見ているだけでは想像することが難しくなってきている。

「ウクライナ人の戦意は高い」という常套句が使われるが、突如日常を奪われて戦争の中で生きることを余儀なくされた人々は、今どんな気持ちで生きているのか?

それを教えてくれる非常に印象深いドキュメンタリーを見た。

NHKスペシャル「キーウの夏 戦争の中の“平和”」。

NHKのサイトでは番組の内容を次のように紹介していた。

戦争が始まって以来、キーウの人々を撮り続けているディレクター、ゴシャ・ヴァシルークさんの映像で、世界の誰も知らないキーウの今を伝える。路上のカフェでは市民が語らい、ビーチは日光浴を楽しむ人であふれる。しかし平和のベールをめくると戦争が現れる。度々の空襲警報で、人々は不眠症に苦しむ。東部では多くの人が死んでいるのに、キーウでは平和を享受する罪悪感が広がる。一枚岩だった国民の団結にも亀裂が走っている。

引用:NHK

この番組の中では、私の知らない人々の心の中が映し出されていた。

ウクライナでは今、結婚するカップルが戦前の8倍にも増えているという。

結婚して夫婦で戦争に立ち向かうのだそうだ。

5月にはオペラとバレエの殿堂「ウクライナ国立歌劇場」も再開したが、上演前にはこんなアナウンスが流される。

「戒厳令の中での開催のため、空襲警報が鳴った場合、演目は中断されます。すぐに地下のシェルターに避難してください」

歌劇場の地下には450人を収容できる旧ソ連時代のシェルターがある。

公演再開にあたり観客数を3分の1に減らしたのは、シェルターの収容人数に合わせたためだ。

成人男性の出国を禁じているウクライナだが徴兵制は敷かれておらず、現在入隊しているのは成人男性の僅か3%に過ぎない。

政府は市民に自主的な入隊を促すため「徴兵カード」を配るリクルート活動をしているという。

公演、ライブハウスなど若者が集まる場所で無作為に「徴兵カード」が渡され、受け取った者は出頭し、入隊するかどうかを決めなければならない。

拒否すると「裏切り者」の烙印を押されかねない雰囲気があるという。

だからキーウの若者の多くはいつ戦争に狩り出されるかわからないという不安を抱えている。

しかし、ウクライナの人々を悩ませているのは戦闘に参加する恐怖だけではない。

キーワードは「ギルティシンドローム」。

東部では激しい戦闘で毎日多くの人が死んでいるのに、キーウは平和を享受していていいのか?

戦闘に加わっていないキーウ市民全体が多くが多かれ少なかれ罪悪感を抱いているというのだ。

戦争が始まって以来、従軍ジャーナリストに志願して戦場取材を続けてきたゴシャ・ヴァシルークさんも、「ギルティシンドローム」に悩まされている。

ゴシャ『僕が兵士に向いていないことは分かっているけれど、男としての義務を果たしていないと感じているんだ。国にために命を犠牲にすることと撮影とは比べものにならない』

精神科医『不安、恥ずかしさ、罪悪感。戦場から遠く離れている人ほどギルティシンドロームを抱えています。ウクライナ人はミツバチに例えられるほど一体感があります。ミツバチは巣が誰かに占領されそうになった時、みんなで一緒に戦います。だから今、自分たちの巣を守るために十分に戦っていないと罪悪感を抱いてしまうのです』

中でも特に深刻な「ギルティシンドローム」に苦しんでいるのは海外に避難している人たちだという。

ニューヨークに避難したゴシャさんの妻でジャーナリストのマヤさんもその一人だ。

マヤ『私の脳が「おまえには幸せになる権利はない」と言っているんです』

食事をほとんど取れなくなり、不眠と鬱の症状に苦しんでいた。

精神科医の診察を受けるようになっても症状は改善していない。

マヤ『私はおかしくなりそうです。少しでも快適な気分になったり幸福感を抱くと、私の脳が潜在意識レベルでやめろやめろと言ってくるのです。何の役にも立てていません。死にたくなります。私にはウクライナのためにできることがあるのにやっていないのではないかと罪悪感に苛まれます。誰かが私の平安な気持ちを奪い、それは二度と取り返せない気がしています』

マヤさんは、娘を頼ってニューヨークに避難したニャコネンコ夫妻を取材した。

妻のオルガさんは強い「ギルティシンドローム」に苦しんでいた。

夫のイワンは54歳で本来出国が許されない年齢だが心臓の病気を抱えていたため兵役を免除され妻と一緒に避難することができた。

しかし近所の人たちから「戦争から逃げた裏切り者」と非難を受けたという。

オルガ『地元に残った多くの人たちは私たちを裏切り者か逃亡者だと思っています。私たちが国を去ったからです。みんな夫が心臓に病気があることは知っているはずなのに、そんなことなかったようにされて』

オルガさんは常に祖国から入ってくる戦争の映像から目が離せない。

オルガ『いつもウクライナのことを考えています。戦っている男たち、兵士のことを。私も何かできることはないかと思っているけれど・・・』

戦争から遠く離れれば離れるほど、生活が平穏であればあるほど罪悪感に苦しめられる。

夫婦は悩んだ末、娘の反対を押し切って祖国に帰る決断を下す。

オルガ『娘にもう会えないかもしれないと思うと涙が止まりません。でも他に選択肢はありません。家に帰らないと』

空港での別れの時、娘の口からこんな言葉が漏れた。

「この戦争を起こした人が憎い」

それでも娘の心配をよそに、ウクライナの自宅に戻ったオルガの表情は見違えるように明るくなった。

1ヶ月後、夫婦は新たな決断をした。

妻のオルガは軍隊に志願し戦地で兵士に料理を作り給仕する仕事につきたいといい、夫のイワンも軍に志願して何か仕事を見つけたいという。

アメリカに戻ってくるよう説得する娘との会話。

オルガ『いいえ、アナ。私たちはどこにも行かないわ。どんな形であれ戦っている仲間を応援するわ。私にも助けられる方法を見つけたの。兵士のために食事を用意してやるのが私のできること』

娘『どうしてなの。私には正気とは思えない。理解できない。一体どういうこと?』

イワン『もし私たちが今ロシア人を追い出さないと全部おまえたちの肩にかかることになる。私たちの子どもや孫たちがやらなければならなくなる。だから今、私たちがやらないといけないんだ。いつかおまえの子どもを連れてくるといい。孫はこの家で走り回って遊ぶだろう。そのために私たちの土地を守る必要があるんだ』

オルガ『ここは私たちの土地なのよ。私たちはここで幸せに暮らしていくわ。全てがすぐに終わるわ』

オルガさんが言うように戦争がすぐに終わるとは思えない。

しかし、安全が国外で避難生活を送るよりも祖国を守るために何かの役に立ちたいという夫婦の気持ちはよくわかる。

若い娘の世代とある程度歳をとったシニア世代では、死に対する考え方が違うのだ。

私がもしもウクライナ人だったら彼らと同じように、ささやかでも侵略者との戦いに貢献したいと考えるだろう。

日本ではテレビのコメンテーターが「命より大切なものはない」などとありきたりなコメントをするのを耳にするが、もし本当に祖国が侵略された時、自分たちの国や生活をどのように守るのか私たち日本人は真剣に考えたことがあるだろうか。

「ギルティシンドローム」という現象は、平穏な社会で暮らしている人間には容易に理解できない心の深い部分に眠る本能的な感情なのかもしれない。

そしておそらく、予備役の召集に応じて戦場に向かうロシア兵たちにも、祖国の窮地を救わなければという「ギルティシンドローム」が少なからず芽生えているのではないだろうか。

こうして平和な日常の中で暮らす私たちには理解できない心理の中で、戦争はますます泥沼化し解決の糸口が見えなくなっていくのだ。

「ギルティシンドローム」、ウクライナ戦争7ヶ月目の節目にぜひ覚えておきたい言葉である。

<吉祥寺残日録>ウクライナ危機🇺🇦 世界で始まる「新冷戦」の時代!プーチンは「核兵器による威嚇」で禁断の領域へ #220228

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