ロシアによるウクライナ侵略から14ヶ月。
ロシア軍の猛攻にもかかわらずウクライナ軍の抵抗により最大の激戦地バフムトはなかなか陥落せず、戦況は依然膠着状態が続いている。
そんな中、ここにきてロシアを悩ませる大きな変化が起こりつつある。
その一つが、ロシアのサンクトペテルブルクで2日に発生したテロ事件だ。

テロの標的となったのは、ウクライナへの軍事侵攻を支持し自ら戦闘にも加わっていた著名な軍事ブロガー、ウラドレン・タタルスキー(本名マクシム・フォミン)氏だった。
タタルスキー氏はウクライナ東部ドネツク州出身で50万人のフォロワーを持つ有名ブロガー。
凶器を使った強盗の罪で服役していたが釈放され、ロシアが支援するウクライナ分離主義組織に加わったとされ、ウクライナ侵攻後に注目を浴びた親ロシアの軍事ブロガーのコミュニティーの一員だった。
この日、タタルスキー氏は「ロシアの情報部隊」を自称する「サイバー・フロントZ」という愛国者グループに招かれ、サンクトペテルブルク市内のカフェ「ストリート・フード・バーNO.1」で講演会を行なっていた。
その際、参加者の一人から渡された像の入った箱が爆発し、タタルスキー氏が死亡、30人以上が負傷したという。

ロシアの捜査当局は4日、事件の容疑者としてロシア人女性ダーリャ・トレポヴァ容疑者(26)を拘束した。
彼女がタタルスキーに像を渡したとされるが、ロシア当局は今回の爆発はウクライナの特殊部隊によって仕組まれ、服役中の野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏と「協力する人々」も絡んでいたと主張している。
一方のウクライナは、事件はロシアの内紛によるものとしていて真相は藪の中だ。

こうした中で4日には、ロシアの「国民共和国軍(NRA)」を名乗る地下組織が犯行声明を発表した。
BBCの記事を引用しておこう。
この日、プーチン政権に抵抗する無名の地下組織「国民共和国軍(NRA)」が犯行声明を発表した。「外国勢力から、ましてや治安当局から一切の支援を受けず」に爆発を実行したとしている。
また、平和的な市民を標的にはしておらず、トレポヴァ容疑者は「無実」であり、「システムの人質」になっているとした。
犯行声明は、「ロスパルチザン」のテレグラム・チャンネルで発表された。NRAは、主張を裏付ける証拠を挙げていない。
NRAは昨年8月にウクライナで、ロシア政府と戦うことを宣言した三つのロシア組織のうちの一つ。
ロシアの元下院議員で、ウクライナで亡命生活を送るイリヤ・ポノマレフ氏はこの犯行声明をツイート。ポノマレフ氏は昨年8月、プーチン氏の盟友の思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏の娘ダーリャ氏が乗っていた車が爆発して死亡した事件も、NRAの犯行だと述べていた。しかし、この組織について、この事件以前に誰かが公に言及した形跡は確認されていない。
引用:BBC
果たしてこの「国民共和国軍」に実態があるのか、それはまだわからない。
背後にウクライナがいるかもしれないし、アメリカがいるかもしれない。
ただ、爆弾の入手経路などを考えれば、単なる反プーチン派とは考えにくく、少なくとも軍との関わりがある人物が絡んでいるのだろう。
ロシア国内でこうしたテロが続けば、ロシア国民の間からも厭戦ムードが高まってくることも考えられる。

もう一つ大きな出来事は、ロシアとの間に長い国境を持つフィンランドがNATOに正式に加盟したことだ。
フィンランドは冷戦時代も中立の立場を貫いてきたが、昨年のウクライナ侵攻後に一転NATOへの加盟を申請した。
これはNATOの東方拡大に神経を尖らせてきたプーチン大統領にとっては悪夢のような出来事だろう。
ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った真の理由はロシアと国境を接するウクライナのNATO入りを何としても阻止することだったはずだ。
ところが、時代錯誤的な軍事侵攻が近隣諸国の恐怖心を呼び覚まし、フィンランドとスウェーデンが相次いてNATOに加盟申請を行ない、逆にNATOをすぐに近く呼び込んでしまったのだ。

NATOが直ちにフィンランドにミサイルを配備するとは思わないが、長い国境線を防衛するための部隊の派遣は行われるだろう。
フィンランドのNATO正式加盟を受け、ロシア側は早速反発、フィンランドに近いロシア北西部の部隊を増強すると脅しをかける。
しかし、ウクライナでさえ思い通りにならないロシアにとって、NATOと直接対峙することになるフィンランドまで手が回るとは思えない。
ウクライナ侵攻以来プーチン氏が国内向けに煽ってきたNATOとの直接対決がより現実味を帯びてくる中、さらなる徴兵強化が行われるかもしれない。
唯一の同盟国であるベラルーシに核兵器を配備するという脅しも、プーチン大統領に残された数少ないカードであり、プーチンさんが追い詰められているという印象を与えるものだ。
それを感じ取って、ここ数日ロシアからフィンランドに脱出するロシア人がまた増え始めているという。
こうした中でウクライナには、ドイツやイギリスが約束した戦車が届き始めており、近い将来、ウクライナ軍の反転攻勢も予想されている。

NATOの拡大はヨーロッパに止まらない。
2日間の日程で行われたNATO外相会議には、パートナー国として日本のほか、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの外相が招かれた。
会議終了後の記者会見で、ストルテンベルグ事務総長ははっきりとインド太平洋地域への関与を強めていくと言明した。
「我々は日本や韓国、ニュージーランド、オーストラリアといったインド太平洋のパートナーとの連携を拡大していく」
念頭にあるのはもちろん中国。
台湾有事が起きた際、NATOとしてどのように関与するかも今後議論となるだろう。
ロシアによるウクライナ侵攻はさまざまな面で世界を変えてしまい、プーチン大統領が思い描いた方向とは明らかに違う未来へと進んでいるように見える。

こうしてお互いに少しずつ脅しをエスカレートさせるうちに、ひょんなことから世界大戦に発展することが懸念される。
私が一番注目しているのは、ロシアが拘束したアメリカ人記者の扱いだ。
アメリカの有力紙「ウォール・ストリートジャーナル」モスクワ支局の記者エバン・ゲルシュコビッチ氏(31)は28日、ロシア中部エカテリンブルクを取材中にスパイ容疑で拘束されたという。
アメリカ国籍の記者が拘束されたのは冷戦終結後初めてのことで、アメリカ政府は即刻記者を解放するよう要求した。
ゲルシュコビッチ記者が所属する「ウォール・ストリートジャーナル」は、3日の記事で拘束時の様子を詳しく伝えている。
携帯電話はもう反応しなかった。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)のスタッフにロシア特派員のエバン・ゲルシコビッチ記者から最後に連絡があったのは3月29日午後4時少し前。彼がエカテリンブルクのステーキハウスに到着したところだった。ウラル山脈を訪れるのはこの1カ月で2度目だ。
昼食の少し前、同僚がゲルシコビッチ記者にメッセージを送っていた。「今日はがんばって」 「ありがとう」と返信があった。「様子を知らせるよ」 数時間後、WSJの編集局はエカテリンブルク、モスクワ、ワシントンの関係先への連絡を急いでいた。ロシアのメッセージアプリ「テレグラム」には、保安当局者がエカテリンブルクのステーキハウスからフードをかぶった男性客を連行したという漠然とした情報が投稿されていた。
モスクワ時間30日午前10時35分、ロシアの国営通信社はゲルシコビッチ記者が連邦保安局(FSB)にスパイ容疑で拘束されたと報じた。外国の記者がロシアでスパイ容疑に問われるのは冷戦以降初めてだ。国営テレビの映像は、色あせたブルージーンズとスニーカーを履いた記者が私服のFSB職員に連行される様子を捉えていた。
31歳のゲルシコビッチ記者は、旧ソ連を逃れニュージャージー州に移り住んだユダヤ系の両親の元に生まれた米国人だ。彼はロシアに――ロシア語、地方の都市で何時間も語り合った人々、モスクワのバーで親しく付き合ったパンクバンドに――魅了された。だが今はスパイ容疑をかけられ、最高20年の禁錮刑が科される可能性がある。
雇用主であるWSJも同僚もバイデン政権も、ゲルシコビッチ記者が米国政府を利するためにスパイ活動を行ったとするロシアの主張を否定し、即時釈放を求めている。同記者はロシア外務省から記者としての活動を認められていた。ロシアではスパイ容疑の裁判は非公開で行われ、ほぼ必ず有罪判決が出るため、外交官や法律の専門家は即時釈放の可能性は低いとみている。
5年半前、ゲルシコビッチ記者がロシアにやって来たとき、報道の自由は既に失われつつあった。彼は週末にサウナで音楽や政治、ニュースについて語り合い、他社の記者にもいつでも喜んで手を貸した。ロシア人の友人にはエバンではなく、ワーニャと呼ばれていた。
2021年にシベリア地方のサハ共和国(ヤクーチア)で大規模な山火事が発生したときは、他の記者がモスクワに戻ったあとも、森の中のテントで4日間を過ごした。新型コロナウイルスの病棟では医学部1年生から信頼され、数週間の訓練を受けただけで治療に当たっていると打ち明けられた。 「正しい記事にしたいだけ」と友人に語っていた。
そんなゲルシコビッチ記者が、地政学的情勢を背景にした策略――他国の政府が取引に利用すべく米国人を拘束する――に巻き込まれた恐れがある。
米国は12月、米国の女子バスケットボール選手ブリトニー・グライナー氏との交換で、ロシアの武器密売人ビクトル・ボウト受刑者を釈放した。グライナー氏は昨年2月、ロシアがウクライナに侵攻する直前にロシア当局に拘束され、大麻オイルの所持で禁錮9年の判決を言い渡された。のちに薬物の密輸と所持の有罪判決が確定した。
米国家安全保障会議(NSC)のジョン・カービー戦略広報調整官は30日、ゲルシコビッチ記者の拘束について、ロシア首脳部と調整があったか、それともなんらかの報復として行われたかははっきりしないと述べた。司法省によると、先月下旬には1人のロシア人が外国勢力の工作員としての活動、査証(ビザ)詐欺、銀行詐欺、通信詐欺などの罪でワシントンの連邦地裁に起訴された。
グライナー氏の拘束で米ロ間の数十年にわたるスポーツ協力が途絶えた。今度はゲルシコビッチ記者の投獄で、米国の記者や作家、研究者はロシアという巨大かつ複雑な国家と、激化する西側との対立について理解を深めるためにロシア国内で活動できるという基本認識が試されている。今回の拘束を受けて記者の出国が加速し、西側のほぼ全ての記者がロシアから撤退した。
WSJは31日、モスクワ支局長を撤退させた。支局長は冷戦末期からロシアを取材してきたベテラン特派員だ。スターリン時代にモスクワに記者を派遣していた西側の報道機関の多くは、ウラジーミル・プーチン大統領が支配するロシアはジャーナリズムにとって危険すぎると判断した。
ゲルシコビッチ記者はFSBのレフォルトボ刑務所に収容されており、WSJが依頼した弁護士との面会はまだ認められていない。当局はスパイ事件のほとんどの容疑者を同刑務所に収容している。スパイ行為をしたとして有罪判決を受けて2020年に収監され、禁錮16年の刑に服している元米海兵隊員のポール・ウィーラン氏も最初は同刑務所に収容されていた。
WSJは同僚や家族、仕事で交流があった人々から聞いた話に基づき、ゲルシコビッチ記者の半生とキャリアをたどった。両親の祖国に戻った息子は、かつて両親が恐れるように言われていた、まさにその監獄にいる。
引用:ウォール・ストリートジャーナル

敵対国の国民を「人質」として拘束するという手法は、中国が頻繁に使う手である。
ロシアも自国内にいるアメリカ人を拘束して交渉のカードに使う戦術に出たのか?
これは実に危険なゲームである。
バイデン政権はウクライナ侵攻後も一貫してロシアとの直接対決を避けようとしてきた。
しかし自国民が不当な扱いを受けているとなると話が変わってくる可能性が高い。
世論の動向によっては軍事力を行使してでもロシアを屈服させる道を選ぶかもしれない。
ウクライナでの戦争は、プーチン大統領が指摘した通り、ロシア vs アメリカ・NATOの戦いに発展する可能性もある。
その時、ロシアの国民はどんな反応を示すのだろうか?
<吉祥寺残日録>ウクライナ危機🇺🇦 軍事侵攻から半年!ロシアで進む言論統制と国民の無関心化は未来への重大な警鐘だ #220824