麻薬戦争

一つのニュースが気になった。日本ではあまり大きく伝えられてはいないメキシコのニュースだ。

共同通信の記事はこうだ。

『メキシコ東部ベラクルス州の農場で11日までに、少なくとも240人の男女の遺体が埋められているのが見つかった。メキシコのメディアが報じた。大半が10~20代の若者とみられ、同国で多発する麻薬犯罪に巻き込まれた可能性があるという。

行方不明の子どもを持つ母親でつくるグループが昨年8月に遺体を見つけ、警察と掘り出す作業を続けていた。犠牲者は100以上の穴に分けて埋められ、四肢や頭を切断された遺体もあった。死者数がさらに増える可能性もあるという。

メキシコ各地では、約10年間にわたり「麻薬戦争」と呼ばれる麻薬組織同士の抗争やそれに絡む誘拐や殺人などの犯罪が続き、これまで20万人以上の死者と約3万人の行方不明者が出ている。北部ヌエボレオン州でも今年に入り、約90人の遺体が埋められているのが発見された。』

死者20万人、10年も続いているメキシコの麻薬戦争について、私は驚くほど知識を持っていない。日本での報道だけに頼っていると、世界の情勢について知識が偏るのだ。

メキシコの隣国アメリカでは当然、日本よりこのニュースの報道量は多いだろう。メキシコの麻薬のほとんどはアメリカに入ってくるのだから、自国のニュースなのだ。

トランプ大統領の誕生で、この麻薬戦争が日本でも注目される日が来そうな気がする。少し調べてみることにした。

毎日新聞の藤原章生記者が書いた興味深い記事が見つかった。メキシコの殺し方はなぜ残虐なのかという話だ。

『 統計を見てみると、メキシコでの組織犯罪も含めた殺人件数はさほどひどくはない。

人口10万人当たりの殺人発生件数は18.91件で、世界第22位だ。1位は中米ホンジュラスの84.29件、2位はベネズエラの53.61件。それらに比べれば、まだ少ない。以下、米領ヴァージン諸島、中米のベリーズ、ジャマイカ、エルサルバドルと続き、すべてが中南米カリブ圏だ。

30位までを見ると、アフリカ5カ国と南太平洋のツバルを除けば、すべてこの地域となる。殺人が多い土地柄と言えるが、メキシコが際立っているわけではない。人口5000万人以上の大国だけに絞ると、メキシコは11位のコロンビア、14位のブラジルの次に当たる。(http://www.globalnote.jp/post-1697.html)

それでも、よく「勤勉実直」などと評されるチリ(同3・14件)と比べれば、6倍も多く、メキシコが上位にいることは間違いない。ちなみに日本は0・28人で211位。大国では最も殺人が少ない。

ただし、メキシコが他の国と違うのは、2000年代後半から増え続けているところだ。「他殺者数の推移」をまとめたグラフ(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2776a.html)を見ると、人口10万人あたりの他殺者の概数は1995年、コロンビアが70人と最多で、これに南アフリカが66人と続き、メキシコは17人だった。その後、コロンビアは増減を繰り返した末、2002年から一気に減り始め、11年には33人に落ちた。南アも漸減し30人にまで落ちている。

しかし、メキシコは04年までじわじわと減ったものの、その後横ばいとなり、07年に反転、11年には22人に増えている。

米国やインドなど中くらいの殺人発生国を見ても、過去20年、減る傾向にある。つまり、メキシコだけで殺人が増えている。

以上から言えるのは、メキシコはベネズエラやコロンビア、ブラジルよりも殺人発生率は小さいものの、過去20年ほどで倍増している、という事実だ。
原因はもちろん麻薬カルテルによる暴力だ。メキシコ検察当局の発表によれば、11年9月までの5年間に麻薬組織による犯罪や抗争で4万7515人が殺害された。この間の全他殺者数はざっと10万人ほど。つまり半分は麻薬に絡んだ犠牲者だった。』

世界の殺人比率の統計というのも初めて知った。中米カリブ海が上位を占めるという。

学生時代、この中米をバスを乗り継ぎ貧乏旅行した日々を思い出す。あの頃は内戦中だった。当時は麻薬戦争といえばコロンビアだった。私もパナマからエクアドルへ空路で飛び、コロンビアに入ることを避けた。

しかし、今は事情が変わっているようだ。藤原記者の記事にこんな記述があった。

『 カルテルの拠点がコロンビアから移った2000年代半ばからこの方、メキシコはコカインだけでなく、殺人をも抱え込む結果になった。07年に政府が始めたカルテル掃討作戦も殺人をあおった形だ。』

そこで歴史を調べることにした。

ウィキペディアによると、メキシコに強力な麻薬カルテルができたのは1980年代のことだ。

アメリカでカリブ海沿岸の警備が強化されたのに伴い、コロンビアの組織はメキシコルートを強化するためメキシコの密売人たちと手を結ぶ。そしてコカインの販売もコロンビアからメキシコに主導権が移っていくのだ。

その中心人物が「ゴッド・ファーザー」と呼ばれたフェリクス・ガジャルドである。彼はメキシコで初めての麻薬組織「グアダラハラ・カルテル」のボスとなる。彼は、組織の効率化と警察の強襲に備えるために、彼の管理する麻薬取引を分割することに決めた。

皮肉なことにこれが麻薬戦争の引き金を引く。それぞれのルートを握るグループがカルテルに成長し、それらが2つの派閥に分かれ凄惨な対立を始めたのだ。

さらに2006年、新しく選ばれたフェリペ・カルデロン大統領が麻薬組織による暴力を終わらせるために6,500人の軍をミチョアカン州に派遣したことで、政府のスタンスが変化した。政府と麻薬カルテルとの間の戦争が始まった。

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アメリカにとっては、メキシコの麻薬戦争は他人事ではない。トランプ大統領が執念を燃やす不法移民の問題もこの麻薬カルテルが絡んでいると聞く。

メキシコ国境に建設すると言っている壁について、こんな記事も見た。すでに国境には1000キロの壁が作られているという日経新聞の兼松記者の記事だ。

『トランプ米大統領が壁を建設すると公約したメキシコ国境。米国の歴代政権は約3200キロの長大な国境線のうち1000キロですでに巨大な柵を建設し、米国側の街は大半で治安が良好になった。越境する犯罪者を根絶するために壁をつくるとしたトランプ氏の言動とは、かなり違う実相が見えてきた。

米墨国境の主要都市、テキサス州エルパソ市。国境線上に整備された堀の両脇を、鉄道や高さ10メートル以上もあるフェンスが何重もの「壁」となり両国を隔てる。国境にかかった橋の上を人や車が絶え間なく行き交う。

橋のたもとのチワウィータ地区。柵に張りつくように家が立ち並んだ住宅地を訪れた。

ここで生まれ育った中南米系の建設作業員マーティン・シルバさん(52)は「壁ができてから不法移民の通り抜けはなくなった。都市部には十分な壁がすでにあり機能している。治安は良い。これ以上カネをかけるのは無駄だ」と語った。

メキシコ側の対岸都市シウダフアレスは数年前まで、麻薬取引を巡るギャングの抗争で治安は「メキシコ最悪」といわれた。一方、壁で隔てられた米国側、エルパソは人口50万人以上の全米都市の中で治安が最高水準にある。夜も女性や子供は普通に出歩く。テキサスのメキシコ国境沿いの主な都市は犯罪発生率が州最大都市ヒューストンの半分以下だ。

「米軍を送ってもいいんだぞ」。国境を越える犯罪者に不満を抱くトランプ氏は、メキシコのペニャニエト大統領をこう威圧した。だが、国境の街に米軍派遣が必要なほど犯罪者がのさばっているわけではなさそうだ。

2006年以降、ブッシュ政権が約24億ドル(約2700億円)を投じ柵の延伸を進めた。その結果、米墨国境の3分の1程度はすでに柵がある。そんな警備強化やメキシコ経済の発展もあり、米墨国境で密入国によって捕まった人は今や00年の5分の1以下だ。

残る3分の2の国境線は私有地や原住民の居住区も多く、壁の建設は困難を極める。そこでオバマ前政権は軍が蓄積した技術を使い始めた。警備の手薄な地域でドローンや小型飛行船を使った監視を展開している。ただ、そんな最先端の警備が奏功しているとは言い切れないのも事実だ。

車でエルパソから西に20分ほど走った隣のニューメキシコ州アナプラでは、今も巨大な柵の建設工事が続いていた。建設を決めたのはクリントン政権。現場作業員の半分以上は中南米系。「仕事があるならトランプでも何でもいいよ」

午後4時ごろ、あたりが暗くなり始めると、クモの子を散らすように作業員が帰った。「危険な麻薬密売人がやってくる。暗くなる前にここを離れた方がいい」と現場監督が忠告してくれた。米国の多くの州で大麻が合法化され、国内栽培が活性化したことで、メキシコからはより危険な麻薬をギャングが組織的に持ち込む傾向が強まった。

それでも壁の建設に懐疑的な声がある。国境警備隊OBが設立した団体の職員、デービッド・アポダカさん(52)は「麻薬密売組織はドローンなど様々な手段で国境を越えて来る。壁で防げると考えるのは愚かだ」と訴える。柵や壁は不法移民の流入阻止には一定の効果がありそうだが、トランプ氏が目の敵にするギャングら犯罪者を食い止めるには限界がある。』

トランプ大統領の出現で日本でもにわかに注目を集めるメキシコ国境。今年2月、不法移民の流入が40%減ったとのデータが発表された。トランプ効果の表れが早くも出て来たのだろう。

ただ、この国境には、私たち日本人が知らない、もっともっと深くて複雑な背景がある。

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