香港とカナダ

きのう7月1日。香港は、イギリスから中国に返還されて20年の節目を迎えた。

96958A9E9381959FE2E39AE4E48DE2E3E2E5E0E2E3E59F9FE2E2E2E2-DSXMZO1837379001072017000002-PB1-9

就任後初めて香港に乗り込んだ習近平国家主席は「中央への挑戦を許さない」との強い姿勢を明確にした。まずは日経新聞の記事を引用する。

『 中国の習近平国家主席は1日、香港返還20年の記念式典での演説で、「中央の権力や香港基本法の権威に対するいかなる挑戦も絶対に許さない」と語り、香港独立を唱える勢力を強くけん制した。香港に高度な自治を認める「一国二制度」について「新たな問題が生じている」とも述べ、香港の若者に中国への愛国心を養う教育を強化する必要があるとの認識を示した。

香港政府トップの行政長官には親中国派の林鄭月娥氏が就任した。香港行政長官に女性が就くのは初めて。林鄭氏は就任演説で、親中国派と民主派の間の対立を念頭に「社会で続く争いが香港に好機を失わせていると懸念している。前途を見つけたい」と語った。

習氏は演説で「一国二制度はだれもが認める成功を果たした」と香港経済の発展などこれまでの成果を強調する一方、「『一国』こそが制度の根幹。国家の統一を守るのが優先だ」として国家主権を重視する方針を改めて示した。「香港を利用した中国国内への破壊活動の浸透などは越えてはいけない一線に触れるもので、絶対に認めない」と強調した。

香港の若者に広がる「中国離れ」を念頭に「国家の歴史や民族の文化に関する教育や宣伝を強化する必要がある」と述べた。

2014年に民主化を求める市民が中心部の道路を占拠した「雨傘運動」以降、香港では若者世代を中心に中国への反発が強まり、一部には独立を唱える動きも出ている。香港政府は過去にも愛国教育を義務化しようとしたが、学生の強い反発を受けて撤回した経緯がある。』

Embed from Getty Images

1997年の香港返還は、アヘン戦争によってイギリスが清朝を武力で屈服させ、99年間にわたる香港の租借を認めさせた期限が終了したに過ぎない。中国側から見れば、ようやく植民地時代の悪夢が終わったのだ。しかし香港の住民の見方は違った。

99年間といえば人の一生よりも長い。その間にイギリス文化の下で生れ育った香港住民たちは英語を喋り、自由と民主主義に慣れ親しんでいた。社会主義国・中国に組み込まれて何が香港に起きるのか、強い不安の中で多くの住民たちが海外に逃げ出した。

その多くが向かったのがカナダだった。

去年訪れた西海岸のバンクーバーには多くの香港移民が住み、彼らの資産が街の大規模な再開発を推し進めていた。

Embed from Getty Images

そのカナダは、きのう7月1日、建国150周年を祝った。カナダのトルドー首相は移民や難民に寛大な姿勢を改めてアピールした。このニュースは香港返還20周年ほどの扱いではなかったが、それを伝えていたNHKニュースを引用する。

『 カナダのトルドー首相は建国150年の記念式典で「カナダの最大の誇りは世界中のどこからでも人々を受け入れることだ」と述べ、一部の国からの入国を制限する大統領令が条件付きで執行された隣国アメリカとは一線を画し、移民や難民の受け入れに寛容な姿勢を続ける姿勢を強調しました。

カナダは1日、1867年の建国から150年となり、首都オタワでは記念の式典が開かれました。
この中で、トルドー首相が演説し、「カナダの真の強さはその多様性にある。最大の誇りは世界中のどこからでも人々を受け入れることだ。出身地や宗教は関係ない」と述べ、移民や難民の受け入れに寛容な姿勢を続ける姿勢を強調しました。
また、来賓として出席したイギリスのチャールズ皇太子も「公平さと多様性の受け入れの手本となる国を祝えることを誇りに思うべきだ。カナダは世界から人権の擁護者として見られている」と述べました。
カナダの隣国アメリカではイスラム教徒が多数を占める中東とアフリカの6か国の人や、難民の入国を制限するトランプ大統領の大統領令が先週から条件付きで始まりました。
一方でカナダはシリア難民などを積極的に受け入れていて、トルドー首相の演説はトランプ政権の移民政策とは一線を画すカナダの姿勢を明確に示す形となりました。』
IMG_2304
去年カナダを旅行した私は、帰国後、拙い旅行記をまとめた。
そのエピローグとして「カナダという国」という一文を書いたのでご興味があればぜひご覧いただきたいが、ここでその一節を改めて引用しておきたい。
『 多民族が寄り集まったモザイク国家、しかも英語圏の新しい国にとって、「カナダとは何か」というアイデンティティーの問題は、日本人には理解しにくい感覚です。
そんな中、ここ数十年で「カナダ学」なる学問のジャンルが生まれたそうです。
カナダ研究で一番興味深いテーマは、何と言っても「多文化主義」。
1971年、当時のトルドー首相が議会で「多文化主義の導入」を宣言し、1988年には「多文化主義法」という形で法制化されました。
カナダの多文化主義は、法律によってはっきりと決められているのです。
その内容は、①文化的異質性を認め合い画一化することを意図しない、②各民族集団の固有文化を温存する、③文化的にお互いが異なることに価値が与えられ尊重される、というものだそうです。』
カナダの「多文化主義」を法制化したトルドー元首相は、現在のトルドー首相の父親だ。
カナダの多文化主義はカナダ人にとってアイデンティティーであり、カナダという国に強く根付いている。トルドー首相は、トランプ主義にひるまず多文化主義を堅持する姿勢を事あるごとに示している。
世界各地に住む弱い立場にある人々から見ると、地球上にカナダのような国があることの意味は極めて大きい。
Embed from Getty Images
鄧小平氏が50年間保証した香港の「一国二制度」。元々は台湾の併合を進めるために鄧小平氏が編み出したものだった。
習近平主席の今回の強硬な演説は、「一国二制度」の変質を予感させる。香港住民の不安を改めて呼び起こすことになるだろう。
私が香港を訪れたのは1980年代。久しぶりに香港を訪れてみたくなった。ついでにマカオや深圳・広州にも足を伸ばしたい。
来年、行けるだろうか・・・。

 

コメントを残す