カンボジア

1泊3日のカンボジア出張。けさ帰国した。

カンボジアを訪れるのは30年ぶりだ。

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この写真は30年前、1987年に撮影した首都プノンペンだ。当時、カンボジアは激しい内戦を戦っていた。

「キリング・フィールド」で知られる大量虐殺を行なったポル・ポト派が、ベトナム軍によって政権を追われたのは1979年。その傷跡はまだ色濃く残っていた。

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銃を持つ少年兵。

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街中にはクメールルージュによる虐殺を糾弾する看板が立てられていた。

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虐殺を記録した博物館には多くの頭蓋骨や拷問施設のほかに、犠牲になった多くのカンボジア人たちの生々しい写真が展示されていた。

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首都プノンペンは、ベトナムの支援を受けるヘン・サムリン政権が抑えていたが、タイ国境に近い西部地域は、ポル・ポト派の残党や旧国王シアヌークの勢力などが支配し、ヘン・サムリン政権と戦っていた。

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そのため、タイ領内に大量の難民が流出し、国境沿いにはいくつもの難民キャンプが作られていた。

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難民キャンプではベビーブームが起きていて、多くの子供たちが暮らしていた。

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世界から戦争をなくすために働きたいと思っていた私にとって、カンボジアはまさに原点のひとつだ。

この年、1987年、ベトナム軍の一部撤退が始まった。

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私たち外国の報道陣は当局が手配した車やヘリに乗って、各地での撤退式を取材した。常に情報省の役人が報道陣に同行し、自由な取材は許されなかった。撤退するベトナム兵を多くのカンボジア市民が旗を振って見送る。クメールルージュの狂気の時代から解放してくれたベトナムに感謝する気持ちもあっただろうが、歴史的にはカンボジアはベトナムなど周辺諸国から度々侵略され、領土を減らしてきた。カンボジアの人びとの心は複雑だ。

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あれから30年ぶりに訪れたプノンペンは大きく変わっていた。高層ビルが次々に建設されていた。中国の建設会社が主導しているようだ。

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車は日本製が多い。オートバイや三輪タクシーに囲まれながら、レクサスのランドクルーザーがバンバン走っている。信号はまだ少ない。至る所で道路の拡張工事が行なわれている。

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イオンモールも2年前から進出している。街の中心部に現在の1号店。そして郊外にさらに大型の2号店を建設中だ。

日本の食品も充実している。

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えびせんは、なぜかハングル表記のものが並んでいた。

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緑の魚や・・・。

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茶色い米。もちろん白い米もある。

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そして南国のフルーツ。

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“フルーツの女王”マンゴスチン。バンコク時代、これは好きだった。

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そして、“果物の王様”ドリアン。こいつは苦手だ。

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モール内には、地元テレビ局のスタジオや・・・

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スケートリンクもある。

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巨大モールの出店により、日本人にも暮らしやすい環境が整ってきたといえるだろう。実際に最近、カンボジアに移住する日本人も増えているようだ。

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わずか1泊だけの滞在だったが、ホテルは素晴らしかった。ロビーのインテリアも上品だ。

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「WHITE  MANSION」。1泊1万円ほどでゴージャスなジュニアスイートに泊まれる。

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天井には扇風機。長いライティングデスクもすてきだ。

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洗面所には、さりげなく花が飾られ・・・

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ベッドサイドには、さりげなく仏像が・・・

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カンボジアは仏教国だ。東南アジアのほかの国と比べても、穏やかな人が多い。こんな国で恐ろしい虐殺や内戦が続いていたとは信じられない。

短い滞在中、2軒の素敵なレストランで食事をした。

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最初の夜はカンボジア料理のお店「MALIS」。入口では大きな仏像がお出迎えしてくれる。

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カンボジア料理は、辛くないタイ料理といった印象で、スープなどは“うまみ”を感じる。この店は特に高級店ということもあり、どの料理も非常に美味しかった。6人でとりわけて腹一杯飲んで食べて一人3000円。日本でこうした店で飲食すれば一人2〜3万円は覚悟しないといけないだろう。

2日目の昼はフランス料理店「TOPAZ」。こちらは昨夜の「MALIS」の系列で、プノンペンでもトップクラスの高級店だ。

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セレブの邸宅といった風情の建物で、広い中庭には大きな樹が植えられている。菩提樹だろうか。

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ご馳走になったので正確な料金はわからないが、ランチコースは3000円くらいのようだ。日本だと、昼でも1万円は覚悟しなくてはいけないだろう。やはり物価は安い。

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今回のカンボジア訪問は、「絆フェスティバル」という日本との友好イベントに合わせ、現地のテレビ局を視察することが目的だった。

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この局は音楽番組で定評があり、アメリカの人気番組のフォーマットで制作されている「カンボジアン・アイドル」というスター発掘番組は特に若者たちに絶大の人気だ。30代以下が人口の7割を占めるカンボジアでは、やはり若者向けの番組が人気がある。

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ドラマは、中国、韓国、インドの作品が人気だ。日本のドラマはほとんど放送されていない。まったくなじみがないのが一番の理由だが、話数の少なさもネックになっている。

日本の国内市場に特化して作られる日本のテレビ番組は世界のスタンダードとはずれている。高齢者に偏った視聴者構成がコンテンツの傾向をさらに特殊にしている。世界を狙うなら世界で売れるコンテンツを作る方が手っ取り早い。いくらでもやりようはあるのだ。

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テレビ局の入口には、私にはちょっと懐かしい故・シアヌーク国王夫妻の写真が飾られていた。内戦時代、ジャングルや難民キャンプで何度かシアヌークを撮影したことがある。カンボジアの激動を身をもって体現したシアヌークは2012年に亡くなった。

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そして現在の元首は、第6夫人との間に生まれたノロドム・シハモニ国王。2004年にシアヌーク国王が退位を表明し、この人が後継に選ばれた。私はシハモニ国王のことはまったく知らなかった。調べてみると、プラハでクラシック・ダンスを学び、北朝鮮で映画撮影技術を学び、フランスでバレエを教えていたという政治とは無縁の経歴だ。独身で子供もいない。父親のシアヌークの対極にある生き方をしているようだ。

政治の実権はフンセン首相が握る。国王は、王宮で事実上の軟禁状態に置かれているという情報もある。私たちの通訳をしてくれた男性は、「30年にわたって権力を握ってきたフンセン首相に市民の不満が高まったいる。来年の総選挙がどうなるかでカンボジアの状況はまた不安定になるかもしれない」と話した。

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30年ぶりに訪れたカンボジアでは、人びとの明るい笑顔が心に残った。経済発展により、内戦の記憶は薄れつつあるのだろう。政治が、そうした庶民の暮らしを再び破壊しないよう、見守っていきたいと思う。

駆け足の旅だったが、ちょっとうれしい気持ちになれた2日間だった。

 

 

 

 

 

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