とにかく最高の試合展開、最高のスタート、そして最高の夜となった。
サッカーワールドカップのカタール大会、日本の初戦の相手は世界ランキング11位、4度の優勝を誇る強豪ドイツだった。

森保監督は、鎌田大地や遠藤航らドイツのブンデスリーガで中心選手として活躍している5人を先発に起用した。
ドイツサッカーのスタイルや選手たちを知るメンバーを選ぶことで、初戦のプレッシャーと強豪に対する恐怖心を克服しようとしたのだろう。
今年の日本代表は国内の知名度的には過去の日本代表に及ばないものの、海外での実践経験で言うとこれまでで最も実績を残しているメンバーが集まっている。
しかし、現実は甘くなかった。

司令塔の鎌田がボールをコントロールする時間はほとんどなく、ドイツの猛攻に振り回されて防戦一方の前半となった。
特に、ドイツの左サイドが非常に高い位置をとる変則的なシフトに戸惑い、日本の右サイドがうまく機能しない。
攻撃力を買われて先発した俊足ウイング伊東純也も守備に忙殺されて全く攻撃に絡めない。
そして、その隙を度々ドイツにつかれた。

そして前半31分、やはり右サイドを破られた日本は、ゴールキーパーの権田修一がゴール前に攻め込んできたドイツのラウムを倒してしまいペナルティキックを与える。
ギュンドアンにPKを決められ、欲しかった先制点をドイツに奪われた。
その後もドイツの猛攻は続き、前半のアディショナルタイムには再びゴールを許したものの、こちらはビデオ判定によってオフサイドが認められ、危うく2点目を免れ0−1で前半を終えた。

実に重苦しい前半戦だった。
唯一の救いは前半8分、中盤でボールを奪った鎌田から伊東を経由してフォワードの前田大然にボールが渡り、前田のシュートがドイツのゴールネットを揺らした瞬間だった。
結果的にはオフサイドだったが、日本が目指す攻撃の形が見られたシーンといえば唯一これだけだった。
前半、日本が放ったシュートは結局1本だけ、それに対してドイツは13本のシュートを打ったが、その精度を欠いていたことが日本にとってはラッキーだった。

先発で起用され期待された久保建英も頑強なドイツのディフェンダーに阻まれ仕事をさせてもらえなかった。
日本の実力はこの程度なのか・・・。
諦めに似た重苦しい空気がハーフタイムを支配していた。
しかし、森保監督は「プランどおり戦えている」と落ち着いて戦況を見つめていて、後半に向けて必要な手を打った。
久保を下げてディフェンスの冨安健洋を入れ、4バックから3バックにシステムを変更したのだ。
この采配によって日本代表は息を吹き返した。
弱点となっていた右サイドを修正して、ラウムを酒井宏樹がマークすることで、伊東が高い位置で自由に動くことができるようになった。

これで流れが変わった日本は、後半12分に三笘薫と浅野拓磨を投入して攻撃陣を補強していく。
一方的に攻められる展開から、日本が攻撃するシーンが少しずつ見え始めた。
そうした中で、ゴールキーパーの権田が度々のファインセーブを見せたことも、チームに勇気を与え、流れを引き寄せていく。

森保監督は後半26分、ボランチの田中碧に代えてより攻撃型の堂安律を、後半30分にはサイドバックの酒井に代わって司令塔となる南野拓実を投入して超攻撃型の布陣を敷いた。
この采配が見事に的中する。
南野が入った直後の後半30分、左サイドから三笘が持ち込んだボールを南野がゴール前に蹴り込み、キーパーが弾いたところを堂安がしっかりと詰めてゴールに押し込んだ。
日本の同点ゴール。
流れるような素晴らしい攻撃だった。
この時間になると、ドイツ守備陣の動きも緩慢になり、すばしっこい日本攻撃陣の動きについていけなくなっていた。

勢いに乗った日本は後半38分、ディフェンスの板倉滉からのロングパスを受けた浅野がディフェンスと競り合いながらゴール前まで持ち込み、角度の浅いところからキーパーの肩越しにシュートを突き刺した。
これはワールドカップで日本選手が放ったベストゴールと呼んでもいい難易度の高いゴールだった。
これで日本は2−1と土壇場で試合をひっくり返す。
4年の一度のワールドカップは、世界の一流選手たちが死力を尽くしてぶつかり合う真剣勝負だけに、単なるテクニックだけでは通用しない神が勝った瞬間が存在する。
浅野の決勝ゴールはまさに神に祝福されたミラクルゴールのように見えた。

逆転されたドイツは高さを生かして必死の反撃を試みる。
日本代表はチーム全員で体を張ってゴールを守った。
今大会はアディショナルタイムが長く、この試合の後半もそれは7分もあった。
ヒリヒリするような時間。
これまでの日本代表は幾度となくアディショナルタイムで苦杯を舐めてきた。
しかし、今の日本代表は違う。
最後までドイツの猛攻を凌ぎ、見事に勝利を掴み取ったのだ。

強豪ドイツと堂々と渡り合った歴史的勝利に日本チームの喜びが爆発した。
選手たちの表情にはこれ以上ない興奮が読み取れる。
でも試合後のインタビューではみんな冷静だった。
「今日1日は思いっきり喜んで、明日からは次の試合に向けてしっかり切り替える」とみんなが口を揃えた。
三浦和良、中田英寿、中村俊輔、香川真司、本田圭佑のような日本人の誰もが知るスーパースターは今の日本代表には見当たらないため、大会前の注目度はこれまでに比べて低かったのは事実だ。
でも今回の日本代表はほとんどの選手が海外のチームに所属し、世界と戦うことに慣れている。
メディアが事前に期待を煽らなかった分、プレッシャーも少なかったかもしれない。
でも初戦のドイツ戦に勝利したことで、予選突破と共に、目標としている初のベスト8進出にも期待が高まるだろう。

唯一心配なのは、ドイツ戦で消耗したディフェンス陣のコンディションである。
足の故障で途中交代した酒井のほか、ケガを抱えている冨安も最後は足を引きずっていた。
高さのある海外のチームと戦ううえで、身長のある選手たちが抜けるダメージは大きいだろう。
まずは次のコスタリカ戦が重要だ。
この試合に勝てば、予選突破がグッと近づいてくる。

日本ードイツ戦の後に行われたスペインーコスタリカの試合は、7−0でスペインが勝利したという。
スペインが強いのは最初からわかっていることで、なんとしてもコスタリカに勝利して勝ち点を6に伸ばすことが求められている。
ドイツ戦での歴史的勝利に油断することなく、次の試合に向かって気持ちを切り替えると言う選手たちの言葉通りの引き締まった試合ができれば、きっと良い結果が待っているだろう。
期待しつつ静かに見守りたいと思う。

今大会では、メッシ率いる優勝候補のアルゼンチンがサウジアラビアに破れる大番狂わせも起きている。
一発勝負では何が起こっても不思議ではない。
一方で、前回優勝のフランスやイングランドなど前評判通りの強さを見せたチームも多い。
目標とするベスト8はまだまだ遠い夢である。
しかし、決して到達できない夢ではない。
今後の日本代表に期待している。