いやはや、生きていると夢のような瞬間に立ち会うものだ。
朝4時前に目覚ましをセットし、布団に潜りながらサッカーW杯の日本ースペイン戦をライブで観た。
中継の権利を持っていたのはフジテレビ。
スペインに勝てば2大会連続での1次リーグ突破が決まるが、同時に負ければ敗退が決まる運命の一戦だ。
常識的に考えれば、敗退の可能性が高いゲーム、それでも何が起きるのかわからない今のサッカー事情である。
ヨーロッパや南米の有力チームがアジアやアフリカのチームに次々に敗れ、世界の実力差は確実に縮まっている。
日本の先発メンバーを見て、「あっ、遠藤がいない」と思った。
ドイツのブンデスリーガでも1対1の強さが認められている日本代表の要、遠藤航。
今大会でも体を張った守備で、敵の猛攻を食い止めてきた。
ボランチは守田と田中碧、ディフェンスもケガの冨安や酒井の姿はなく、吉田、板倉と谷口彰悟の3バックで臨んだ。

そんな守備の不安はすぐに形となって現れた。
前半立ち上がりの11分、終始スペインにボールを支配される状況の中で、ゴール前のモラタに頭で合わされあっさり先制を許してしまう。
ドイツ以上にスペインの攻撃は精度が高い、と感じ、この調子では大量失点もありうると覚悟する。
その後も、スペインの攻撃を防ぐために、板倉、谷口、吉田が次々にイエローカードを受けてしまい、板倉は累積2枚で次の試合に出場ができなくなった。
このままだと試合中に2枚目のイエローで退場という最悪の事態も心配になる。

それでも、ゴールキーパーの権田が安定した守備を見せ、コンパクトな守備体系を維持して前半を0−1でなんとか守り切った。
引き分けでも予選突破となるスペインの攻撃陣はドイツほど果敢にペナルティエリアに侵入しようとせず、後方でパスを回す時間が長かったことも日本側にとっては救いだった。

試合の流れが変わったのは、今日もまたハーフタイムでの森保監督の采配からだった。
後半からは久保に代わって堂安律、長友に代えて三笘薫を投入する。
ドイツ戦と同じような采配だったが、スペインに対してもこの交代がすぐに結果につながった。

後半3分、伊藤純也が競り合ったボールが右サイドの堂安に渡ると、堂安はペナルティーエリアの外から迷うことなくミドルシュートを放つ。
ボールはスペインのゴール右隅に飛び、キーパーの手を弾いてネットを揺らした。
ドイツ戦に続く、堂安の同点弾。
まさにドイツ戦の再現のようである。

貴重な同点ゴールを決めた堂安。
ドイツ戦の後には「俺が決める、俺しかいないという強い気持ちでピッチに入った」と語った自信家は、スペイン戦の試合後、「あそこは俺のコースなので絶対にシュートを打ってやると決めていた」とまたもや強気な発言をしてのけた。
絶対的なエースとして認められたい、そうした強いプライドが堂安を今大会のヒーローにしたのだと思う。

堂安のゴールで勢いを取り戻した日本は、前半とは打って変わってスペインのゴール前でボールを回す。
そして同点ゴールからわずか3分後、三笘が折り返したボールに田中碧が飛び込み、再びゴールネットを揺らした。
しかし、ここでホイッスル。
三笘が蹴ったボールがゴールラインを越えていたかどうか、VARチェックが行われることになったのだ。

このゴールは、右サイドの堂安からの低いクロスに走り込んだ三笘の折り返しに、田中が体ごとゴールに飛び込んで生まれたものだ。
果たして三笘が蹴ったボールはゴールラインを割っていたのかどうか、さまざまな角度からのカメラの映像をチェックし、ビデオアシスタントレフェリーたちが時間をかけてチェックする。
両チームの選手たちはもちろん、私たち観客にとってもジリジリするような時間だ。

その結果、日本のゴールが認められた。
三笘のボールはまさに1ミリほどゴールラインにかかっていたのだ。
それにしても、全速力でスライディングしながら、この位置からマイナスのボールをゴール前に上げるとは三笘の技術力は半端ない。
ドイツ戦の浅野のゴール同様、神に祝福された奇跡のプレーと呼んでいいだろう。
この神のゴールによって、日本は2−1と無敵艦隊スペインを逆転したのだ。

このままリードを守れば日本はこの組の首位で決勝トーナメント進出が決まる。
しかし残り時間はまだ40分ほどあった。
さらに同時間に行われているドイツーコスタリカの試合経過が激しく動く。
前半1点を先制した1−0で後半を迎えたドイツ、このままであればもしもスペインに同点に追いつかれても日本は2位となりスペインと共に予選を突破できる。
ところが、後半に入ると立て続けにコスタリカに得点を許し、1−2と逆転されてしまう。
もしもこのままコスタリカがドイツ勝つと、日本は引き分けが許されない状況と追い込まれ、日本が勝った場合はスペインとドイツがまさかの予選敗退になってしまうのだ。
当然、スペインも必死になる。
2つの試合が連動しながら、刻一刻と状況が変わる。

逆転を許したスペインは、再び落ち着きを取り戻し、持ち前のパスサッカーで日本ゴールを度々脅かすがなかなかゴールを破れない。
そうした緊迫した試合展開の中で、ドイツが同点に追いつき、さらに逆転したことが伝わる。
ドイツがコスタリカを4−2とリードすると、日本は再び引き分けでは予選敗退という状況に追い込まれた。
スペインに追いつかれると、スペインが首位通過となり、日本とドイツが勝ち点で並び、得失点差でドイツが上回るのだ。
試合終了のホイッスルを聞くまで、日本の予選通過が決まらない心臓に悪い試合となった。

過去の日本代表なら、最後の10分、いや試合終了間際のロスタイムでの失点により苦杯を舐めたことが何度あったことだろう。
しかし森保ジャパンは冨安や遠藤も投入して守りを固め、全員で最後までゴールを守り切った。
今の代表選手のほとんどが海外で経験を積み、世界のトッププレイヤーと日常的に試合をしていることが日本人選手の技術と戦術、メンタルを鍛えた結果なのだろう。
2−1でスペインを撃破した森保ジャパンは、見事グループEを首位で通過し決勝トーナメント進出を決めた。
苦杯をなめたスペインも2位で予選を突破したが、過去4回の優勝を誇る強豪ドイツは2大会連続の予選敗退となり、世界中のメディアを驚かせたのだ。

それにしても森保一監督は、不思議な運に恵まれている気がする。
どんな優秀な監督でも、ドイツ戦やスペイン戦の森保監督ほど打つ手打つ手が全て結果に結びつくことなど滅多にないことだ。
ワールドカップ前にはサポーターから多くの批判に晒されていた森保監督は、この2試合の勝利によって「名将」と呼ばれるようになった。
今大会の日本の快進撃と森保マジックは海外メディアも大きく取り上げていて、日本代表監督を辞めた後も、海外のビッグチームや代表チームからオファーがかかる可能性も高いだろう。
森保さんは、東京オリンピックでも日本代表を3位決定戦まで導いていて、日本サッカーの歴史に燦然と輝く伝説の「名将」となったことはもはや間違いない。

決勝トーナメントの初戦の相手は前回準優勝のクロアチア。
司令塔のモドリッチを中心としたタフなチームだ。
ドイツの強さとスペインのテクニックを併せ持ったようなチームなので、森保監督は再び後半勝負の同じ作戦を使うのだろうか?
ただドイツ、スペインを破った日本への注目度は高く、日本の戦術はすでに相手チームに研究されていると考えた方がいい。
それを打ち破るだけの別の戦術を日本が持っているのか、さらには守備陣のケガやイエローカードも気になるところだ。

クロアチアが勝ち残ったグループFでは、世界ランキング2位のベルギーが敗退する波乱も起きた。
首位で通過したのは、アフリカ代表のモロッコ。
日本同様、アジアやアフリカのチームが世界の強豪国を破る下剋上も珍しくなくなった。
だから、森保ジャパンが掲げる「ベスト8以上」という目標も、もはや非現実的な夢なんかではないのだ。

試合後のインタビューで長友が大声で言い放った「ブラボー!」の一言。
「ドーハの歓喜」と共にカタールW杯を代表する流行語になりそうな気配だ。
年末恒例の「新語・流行語大賞」には間に合わなかったけれど、今年の年末は日本列島のあちらこちらで多くの人が「ブラボー!」と叫ぶことだろう。
6日の午前0時から始まるクロアチア戦は、再びフジテレビが放送権を持つ。
日本サッカーが未だ到達したことのないベスト8へ。
日本中みんなで再び「ブラボー!」と叫べるよう、「新たな景色」を目指す森保ジャパンの健闘を楽しみに待ちたいと思っている。