<吉祥寺残日録>頑張れテレビ!「“科学立国”再生への道」が伝えたお寒い日本の現実 #201221

世界各国で、新型コロナウィルスのワクチン接種が始まっている。

Embed from Getty Images

いち早く実用化に漕ぎ着けたのはアメリカだった。

通常数年はかかると専門家たちは口を揃えて言っていたが、これを1年足らずで成し遂げたのだ。

安全性は別にして、ロシアや中国のワクチン開発も最終段階に来ているとされる中で、日本の国産ワクチンはこれから本格的な治験を始める段階だという。

この差は一体何なのか?

私がずっと抱いていた疑問に答えてくれる報道が見つからない中、真正面からその問題を取材した番組に昨夜出会った。

NHKスペシャル「パンデミック激動の世界⑥ “科学立国”再生への道」。

安倍政権に批判的だとして「ニュースウォッチ9」のキャスターを降板させられた後も、地道に取材活動を続けている大越健介さんがお寒い日本の研究現場を報告してくれた。

それによると、日本政府も5つの開発チームに対し485億円の補助金を出してワクチン開発を推進しようとしたという。

その結果、これまでの常識からすれば遥かに速いスピードで研究が進んだが、アメリカをはじめとする海外勢は日本の数段上を行った。

Embed from Getty Images

アメリカは「ワープスピード作戦」と名付けて、「国立衛生研究所(NIH)」を司令塔として有力な開発チームには最大2000億円を超す開発資金を提供した。

その代わり、実験データなどをNIHに提出させ、NIHの専門家が実用化が見込めると判断したチームに集中的に支援を行ったのだという。

数万人を対象に有効性・安全性を確認する最終段階の臨床試験にあたっては、NIHが全米で15万人の参加者を集めるネットワークを作り迅速な試験を可能にした。

しかし、日本では臨床試験実施の具体策は各チームに任されている。

日本の感染者数はまだ多くないため、中国が行っているように感染が多発している外国で臨床試験の参加者を集めなければならないのだが、これは研究者の仕事だろうか?

こうした海外との圧倒的な格差はワクチンに限らない。

コロナに関する主要な医学論文の数で比較すると、トップ3はアメリカ・イギリス・中国で、日本は16位だった。

そうした中、コロナ治療の特効薬に使えそうな物質の研究で世界から注目されている研究チームが日本に存在するという。

意外にも、それは鹿児島大学の研究チーム。

「ヒトレトロウイルス学共同研究センター」というチームなのだが、そのメンバーはわずか3人しかいない。

しかも、薬学部出身で実験を担うチーム最年少の特任助教は、非正規雇用で1年契約なのだという。

4月以降もこの研究を続けられるかわからない不安定な立場、家族を養う安定した基盤も与えられていない。

若手研究者が期限つきでしか働けないこうした現実こそが、日本の科学が低迷している要因となっていると番組は指摘しているのだ。

Embed from Getty Images

40歳未満の国立大学教員について調べると、2007年には61%(1万814人)が期限なしの雇用だったのに対し、2019年には34%(5150人)に減ってしまっているという。

非正規の割合が39%から66%に増えているのだ。

その大きなきっかけとなったのが2004年に実施された国立大学の独立法人化だったという。

それまで大学に対して提供されていた「運営費交付金」に加えて、研究者からの提案に基づいて選択的に提供される期限つきの「競争的資金」が設けられた。

科学界の活性化が狙いだったが、2006年に国の財政改革が求められる中、運営費交付金が毎年1%ずつ削減されることが決まったことで、結果として40代以下の若手の教員の数を減らすことになる。

こうした悲観的な現状の中で、一つの希望として番組が紹介したのが2011年に沖縄県恩納村に開設された「沖縄科学技術大学院大学(OIST)」である。

博士課程にあたる5年制の大学で、様々な分野の若手研究者が世界60カ国から集まっていて、その実績が去年世界的な科学雑誌で高い評価を受けた。

質の高い論文を出している研究機関の世界ランキングで、40位の東大を押さえてOISTが9位に選ばれたのだ。

沖縄サミットを受けて、沖縄振興予算を使って設立されたという通常とは違う成り立ちだったことから、OISTではそれまでできなかった理想の研究環境を実現できたのだという。

短い期限にとらわれない研究予算、研究の司令塔となるプロボストによる進捗状況のチェック体制、研究分野を超えた連携。

こんな研究機関が日本に存在するなんて、この番組を見るまではまったく知らなかった。

逆に言えば、普通の日本の研究現場では、そうした理想が実現できなくなっているということなのだろう。

若手研究者の問題は、ある意味、日本という国の将来を危惧させる大きな課題である。

明治維新を経て、海外の優れた科学技術を導入するため多くの日本の若者が異国に渡り大変な努力をした。

政府も経営者も若者たちの目を世界に向けさせ、「学ぶ」という強い意欲が国中にあったのだ。

しかし今、日本の若者たちは留学を希望せず、狭い日本を飛び出して世界で勝負したいという若者も減った気がする。

日本があまりに居心地が良くなりすぎたのかもしれない。

その一方で中国は、国策として優秀な若者たちを世界中に送って貪欲に世界最先端の知識を吸収していった。

その結果が、IT分野における日中の著しい格差となったのだろう。

Embed from Getty Images

「末は博士か大臣か」という言葉がかつて日本にはあった。

それだけ、明治期の日本において博士は尊敬されていて憧れの存在だったのだろう。

今や子供たちの憧れはユーチューバーである。

なぜ日本において人材育成が疎かになったかという問題を私なりに考える時、頭をよぎるのは超高齢化社会という現実だ。

政治家たちは票につながる高齢者にばかり予算を使い、国債の発行残高が積み上がるにつれて未来に投資する予算が削られていった。

確かに高齢者が増えると社会保障費が肥大化し、必要な政策を後回しにせざるを得なくなるのだが、それでもポイントは政権を担う政治家たちの心構えだろう。

高齢者に評判の悪い見直しでも必要なら断行し、捻出した予算を若い世代に投資する。

単なるバラマキではなく、将来の日本の牽引役となる人材の育成に使うことが何よりも重要だ。

Embed from Getty Images

その意味で、私は菅総理に期待しているのだ。

菅政権は短命で終わりそうな雰囲気だが、誰がリーダーであろうとも菅さんが掲げる「グリーン」と「デジタル」の分野で世界と戦える人材が育たなければ、日本は緩やかに衰退していくしかない。

私を含む高齢者たちが自分の利益を多少犠牲にしても、長期的視野に立った人材育成政策に協力できるかどうか?

世界的なコロナ禍は、日本が抱える待ったなしの課題を、白日の下に暴き出したのだ。

日本が今重要な分岐点に立っていることを知らせてくれた、良い番組であった。

1件のコメント 追加

コメントを残す