G7広島サミットが昨日開幕した。
ホスト役の岸田総理がまず最初に各国首脳を迎えた場所は、原爆資料館。
「被曝の実相を首脳たちに知ってもらいたい」という広島選出の岸田さんの執念が滲んだ演出である。

G7の首脳が揃って広島を訪れるのはもちろん初めてのこと。
日本人にはよく知られた原爆の惨状も、外国では想像以上に知られていない。
まずは知ってもらうことから始めるというのは、「核なき世界」に向けた新たなアプローチだと思う。
首脳たちは40分間原爆資料館にとどまり、展示された遺品や写真を見ただけでなく被爆者である小倉桂子さんから直接話を聞いたという。

そのうえで全員が芳名帳に記名。
フランスのマクロン大統領については、「広島の犠牲者を記憶する義務に貢献し、平和に向けて行動することが私たちの責務だ」と記したと発表された。
またイギリスのスナク首相はツイッターに「深く心を動かされた。暗い過去から学ぶことは重要だ」と投稿するなど、各国首脳が自らの言葉で広島訪問の感想を言葉にして発信することにはそれなりの意味があるだろう。

原爆資料館の視察を終えた首脳たちは、原爆慰霊碑に献花した。
アメリカのバイデン大統領だけが花輪をかける位置を間違えていて、その老化ぶりが際立つ。
その場で恒例の記念撮影に臨んだ首脳たち。
この写真はおそらく各国のメディアにも使われ、G7各国だけでなく広く世界に発信されることになるだろう。
その意味で、岸田総理がサミットの開催地として広島を選んだ意義は大きかったといえる。
少なくとも、過去に日本で開催されたG7サミットと比べれば強いメッセージ性が感じられる。
しかし、各国のメディアが広島サミット、とりわけ原爆関連のことをどのくらい報道しているか気になっていくつかサイトをチェックしてみたが、岸田さんの思惑とは裏腹に関連記事は驚くほど少なく、日本国内での報道との温度差を感じざるをえなかった。

その一方で、ウクライナのゼレンスキー大統領が広島を訪れ、G7サミットに対面で参加するというニュースは多くのメディアが記事にしていた。
私もかつて記者をしていたのでよく理解できるが、主催者が伝えてほしいことと記者がニュースバリューを感じるネタは違うということだ。
それでもゼレンスキー大統領がやってくることで、広島サミットの国際的な注目度が高まったことは間違いない。
予定調和の政治ショーの中で、ちょっとしたサプライズ演出になったわけだ。

そのゼレンスキー大統領は今サウジアラビアにいるという。
先日までヨーロッパ各国を歴訪していたと思ったら、今度はサウジアラビアで開催されているアラブ首脳会議に参加しているのだ。
アラブ諸国は同じ産油国であるロシアとの関係が深く、G7が主導するロシア制裁にも加わっていない。
特に今回の首脳会議では、親ロシアの姿勢を鮮明にしているシリアの復帰が承認され、ウクライナにとってはややアウェイな環境だ。
それでも、近日中にも始まるとみられる反転攻勢を前になるべく多くの国から支持を取り付けようと世界を駆け回っているのだ。
そしてサウジアラビアから広島にやってくる。
広島ではバイデン大統領をはじめG7各国首脳のほか、これまで接点の少なかったインドやアジア、アフリカの首脳たちとも意見を交わす予定だという。

各国首脳を迎えた広島では、今回のサミットを核廃絶に向けた出発点にしてほしいという願いがある。
しかし、西側諸国とロシア、中国、北朝鮮などの対立が激化する現状では、核兵器のない世界は想像もできない。
人類の歴史を振り返ってみれば、より強力な武器を持った者が勝者となり歴史を作ってきたことがわかる。
人類が一度手にした核兵器を手放すとすれば、核兵器よりも強力な兵器が開発された時だけだろう。

私は核兵器だけを殊更に特別視してその廃絶を叫ぶ運動にずっと違和感を覚えてきた。
我々が目指すべきは核兵器の廃絶ではなく、あらゆる戦争をなくすことではないのか。
「唯一の被爆国」という言葉には、アジアを侵略した日本が自らの加害性を否定し、あたかも被害者だったように錯覚させる意図を感じる。
核兵器が非人道的だということは認めるが、人道的な兵器などというものは歴史上存在しないと私は思う。
広島・長崎の悲劇を世界の人々に知ってもらいたいのであれば、日本がアジアの国々で行ってきた加害について我々日本人もしっかりと知る努力をするべきだろう。

広島サミットに対抗するように、中国は中央アジア5カ国の首脳を西安に招いて初めての「中国・中央アジアサミット」を開催した。
ド派手な晩餐会で挨拶した習近平国家書記は、「我々は中央アジア諸国が中国の発展という『急行列車』に乗り、中国・中央アジア協力のさらに素晴らしい明日を共に開くことを心から歓迎する」と一帯一路構想の中で重要な位置を占める中央アジア諸国を自らの勢力圏に組み込む意思を表明した。
G7が敵視するロシアと中国が手を結び、北朝鮮やイランなどを加えた反G7陣営が形成されつつある。
私がこの夏訪れる予定の中央アジアは、その地理的な条件から中国・ロシアの勢力圏から脱するのはますます困難になるだろう。

国家間の対立がある限り戦争はなくならず、戦争がなくならなければ核兵器を手放すこともない。
冷戦の終結によって一時、核兵器は無用の長物と見なされた時期があった。
戦争の心配さえなければ、維持費のかかる核兵器など必要とされなくなるはずだった。
しかし大国の復活を掲げるプーチンと習近平の登場によって、世界は再び力がモノを言う時代に逆戻りしてしまい、今まさに2つのブロックに分断されようとしている。
そしてロシアによるウクライナ侵攻は、冷戦後に夢見た「核なき世界」の幻想を完全に打ち壊した決定的な分岐点となったのだ。

世界は確実に新冷戦の時代に向かいつつある。
広島から世界の平和を訴えようという岸田総理の志には大いに共感し評価するが、地球上から戦争がなくならない限り、核兵器も絶対になくなることはない。
バイデン大統領が広島に「核のボタン」を持ち込み、日米首脳会談でも改めて核の傘が不可欠であることで一致したことこそ、冷徹な国際政治の現実である。
そしてサミットのどさくさに紛れるように、衆院財務金融委員会では昨日、防衛費増額の財源を確保するための特別措置法案が可決された。
歴史的な防衛費増額にも関わらず、メディアでの扱いは驚くほど少ない。
ウクライナでの戦争が始まって以降、世界各国の防衛費は大きく膨らんでいる。
中国は2025年までに核弾頭を5倍に増やすとみられていて、世界は明らかに核廃絶とは真逆の方向に向かっている。
私たちも平和の志を堅持しつつ、世界の現実をしっかりと見据えておかなければならないだろう。