久しぶりに戻った吉祥寺は雨だった。

台風14号の通過以来、すっかり季節が変わってしまったようで、「暑い」からいきなり「肌寒い」に一足飛びに進んでしまった。
「涼しい」とか「気持ちいい」とか「快適」とかいう気候は日本から無くなってしまったのだろうか?
気候に限らず、この世の中に「程よい」状態というのはなかなか出現しないものだ。
現れたとしても長続きはしない。
為替だってそうだ。

アメリカのFRBが3ヶ月連続で0.75%の大幅な利上げを発表した同じ日に、日銀の黒田総裁は大規模な金融緩和を当面維持することを明言した。
事前に予想されていたこととはいえ、黒田さんの会見中に円安は一段と進み、一時1ドル=146円に迫った。
このままでは24年前に記録した高値147円も突破してしまう。
そう判断した政府日銀はついに伝家の宝刀である為替介入に踏み切った。
円高を抑制するための円売り介入は2011年にも行なっているが、円安を止めるためのドル売り介入はやはり1998年以来24年ぶりとなる。

とりあえずは為替介入の効果があって、一時1ドル=140円台まで押し戻すことができた。
しかし、この効果がいつまで続くのか、甚だ心許ない。
常識的に考えれば、日米の金利差が拡大する一方なのだから、円安が進む方がむしろ普通であろう。
円安に困っているのは今は日本だけなので、アメリカが協調介入に応じてくれる可能性は低い。
そのあたりを確認して投機筋は一段と円売りを仕掛けてくる可能性が高いだろう。
1986年、私がバンコク支局に赴任した時、1ドルは240円だった。
そして1988年に帰国した際には1ドルが120円になっていて、為替というのはこんなにも動くものなのだということを強烈な記憶として覚えている。
円安もそろそろ天井かと感じる反面、黒田総裁の頑なな言動を見ていると、この先まだまだ円は安くなる可能性があるようにも思えてくる。
エネルギーや食料品の輸入価格が高騰する中で、思わぬ形で2%というインフレ目標を達成した黒田さんだが、どんなに円安が進んでも金融緩和の旗を下ろす気配は全く見せない。
安倍元総理によるアベノミクスの下で、黒田総裁が一貫して続けてきた「異次元の金融緩和」。
これが何をもたらすのか、正直専門家でもわかっていないようである。
最近目にした記事の中から、弱気派と強気派の意見を引用しておこうと思う。

まずは「文藝春秋」に掲載された弱気派の記事から。
記事のタイトルは、『「円安は進む。政府・日銀はとんでもない過ちを…」投資家ジム・ロジャーズが予言する“50年後の日本”』。
ジム・ロジャーズといえば、「投資の神様」ジョージ・ソロス氏と共に日本でもとても名の通った投資家である。
ジム・ロジャーズ氏は日本の将来をとても悲観していた。
私の愛する日本は、一体どうなってしまうのでしょうか。このままでは日本経済は崩壊してしまう。その元凶は、少子高齢化、多額の財政赤字……日本の多くの方がすでに認識している問題です。30年、50年後の日本を想像するや暗澹たる気持ちになります。
10年以上前から私は日本経済の問題点をずっと指摘してきました。ところが、政治家や官僚はこれらの問題を解決するどころか、先送りし悪化させてきたのです。
これまで日本の政治家は、無駄な公共事業を続けて財政赤字を膨らませてきました。こうした公共工事は、地元有権者のご機嫌をとる以外、何のメリットもないばかりか、日本の状況を悪化させてきた。 日本が抱える長期債務残高は2021年度末の予算によると、国だけでも1000兆円を超える。その後も年々、恐ろしいペースで借金を増やし、プライマリーバランスの黒字化もできず、日本は借金を返すために公債を発行する悪循環から抜け出せないでいます。
その悪循環をさらに悪化させたのが、アベノミクスの金融緩和です。
日本政府は好きなだけ国債を発行し、日銀が国債や投資信託を買い続けてきました。やがて日本の財政破綻の可能性が高まり国債が買われなくなれば、日本政府は金利を引き上げざるを得ない。そうすると、日本は高金利によってさらに膨らんだ莫大な借金を抱えることになる。その場しのぎの弥縫策が、日本経済を破滅に追いやろうとしているのです。
さらに2016年、日銀は、「金融緩和強化のための新しい枠組み」として指定した利回りで国債を無制限で買い入れることを決めました。これは事実上、紙幣を無制限に刷るということです。
現在の為替レートは、1ドル140円にも迫る勢いですが、今後さらに円安は進むはずです。私からしてみれば、むしろよくぞ今まで、円安にならずに来たと思うくらいです。
歴史的にみて、財政に問題を抱えた国の自国通貨はすべて値下がりしてきました。20年前のイギリスは、1ドル=0.6ポンドのレートでしたが、今は1ドル=0.8ポンドまでポンド安が進行しています。
また自国通貨の価値を下げて、中長期的に経済成長を遂げた国は存在しません。第2次大戦後、日本が高度経済成長を遂げられたのは、高品質な商品を輸出し、巨額の貿易黒字とし、世界最大規模の外貨準備高を有したからです。
たとえば自動車産業。日本は、1980年には生産量で米国を凌駕し、1986年には米国で販売される台数の約4分の1を供給するようになりました。
日本が高品質を武器とする一方で、対する米国は金融緩和政策を実行していました。ドルの価値を下げることによって、車が売れるに違いないと考えたわけです。ところが米国車が売れるどころか、円高によって日本のメーカーが海外から原材料を輸入しやすくなるなど、日本メーカーの成長を後押しすることになった。
たとえば同じタイプの車が日本とアメリカのメーカーから1万ドルで販売されているとします。そこで1ドルが100円から70円に3割下がれば、日本車は1万4000ドルに強制的に値上げさせられる。ところが、通貨の価値が下がれば、米国のメーカーにとっても原材料などの輸入コストは上がる。となると、米国メーカーも国内で1万ドルでは販売できず、値上げを余儀なくされます。
そして何が起きたのか。政府に甘やかされた米国のメーカーは日本の品質に太刀打ちできない企業体質となり、その結果、自動車競争に敗れてしまいました。
この当時のアメリカのように、いまの日本政府と日銀はアベノミクスで紙幣を刷り続けることによって、日本経済を救済しようとしています。とんでもない過ちです。
「アベノミクスによって株価が上がったじゃないか」と反論する人がいるかもしれません。
もちろん金融緩和をすれば短期的に株価が上がることは明白です。私も日本株に投資しましたよ。日銀が紙幣を刷りまくって、そのお金で日本株や日本国債を買いまくれば、株価が上がる。 2018年、私は日本株を全て手放すと、今度はETF(上場投資信託)を買いました。ETFとは日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)などの指数に連動する投資信託です。私よりもお金持ちである日銀が「もっとお金を刷ってETFを買う」と宣言するのですから、一緒に買わない理由がありません。ただETFを手放すべき時期も近づいてきたように思えます。
そもそも経済の状況は、株価と切り離して考えるべきなのです。
アベノミクスによる株価の上昇によって日本の人々の生活は豊かになったでしょうか。
株価の上昇と引き換えに、日本円の価値は下がり続けてきました。資源が乏しい日本はあらゆる原材料を輸入に頼っています。コスト上昇から物価は上がり始めていますが、今後、高齢者や若者は深刻な苦しみを味わうことになります。アベノミクスの金融緩和から恩恵を享受したのはほんの一握りのトレーダーや大企業だけなのです。
アベノミクスの第二の矢と呼ばれる財政出動も正気の沙汰ではありません。「日本経済を破綻させる」と宣言したに等しい政策です。先進国で最悪レベルの財政赤字を抱え、国の借金が増え続ける中で、さらに無駄な公共事業に公費を費やすというのですから。 深刻な財政赤字を見てみないふりをする政治家たち。彼らは日本が借金を返す局面で自分はこの世にいないと逃げ切るつもりなのでしょう。そのツケを払うのは日本の若者にほかなりません。
岸田政権になっても、こうした大枠の方針は変わっていないようです。いや、ここにきて防衛費を増加させようと、議論が始まっているらしいじゃないですか。私からすれば、借金まみれの状態から国を守る方が先ではないかと思いますが……。このままでは将来ある若者がどんどん海外に出てしまい、日本に留まりたいと思う理由はなくなるでしょう。
そもそも日本社会は、深刻な問題を抱えています。その一つが少子高齢化、つまり人口減です。
2011年から日本の人口は減少に転じました。日本は、出生率が世界で最も低い国のひとつであり、国民年齢の中央値が世界で最も高い。この数字を冷静に分析すると、このままでは21世紀の終わりを待たずして日本の人口は半分になります。
人口減少は経済にとって致命的なリスクです。労働力の減少だけでなく、国内需要の減少という側面から考えても、日本経済に深刻なダメージを与えます。 また税金や社会保障費を負担する人の数も減少する。一方で、高齢化が進み、政府債務もロケット花火のような急上昇を遂げています。国の借金は6年連続で最高額を更新し続け、2022年3月末には過去最大の1241兆円となりました。新生児から後期高齢者まで、国民1人当たりの借金は1000万円を突破しました。
現在の日本の人口を維持するには、女性1人あたり2.1人の子供を生む必要があるとされています。日本政府もあの手この手で子作りへのインセンティブを高めようとしていますが、うまくいきません。
自然な人口増が難しければ、外国から移民を受け入れる他にない。ところが、日本国民、政府は移民の受け入れに及び腰です。
本来であれば、生活水準の低下を受け入れるしかないのですが、今の日本は、将来の若者から借金しながら生活水準を維持している状況です。しかしこれは持続可能な社会とは呼べません。
引用:文春オンライン
記事を長々と引用させてもらったのは、ジム・ロジャーズさんの見方が私と極めて似ていたからだ。
常識的に考えれば、少子高齢化こそが日本の最大の課題であり、若者たちの懐に政府が手を突っ込んで目先の株価を支えているのが日本の現状だという見方である。

しかし、アベノミクスを支持する専門家たちは「国債の大半を日本人が買っている限りそれは借金ではない」と強弁する。
リフレ派の経済学者として知られる高橋洋一氏は、『マスコミが理解していない「円安になればGDPが増える」当たり前の事実』という記事の中で円安を推奨している。
そもそも円安はGDPプラス要因なのは、古今東西、自国通貨安は「近隣窮乏化政策」として知られている。海外から文句が来ることはあっても、国内から止めることは国益に反する。以下のように、これは国際機関での経済分析からも知られている。
ざっくり言えば、10%の円安でGDPは1%程度高まる。その結果、税収増も望めるので、円安は抑えてはいけない。
もちろん、輸出比率が低く輸入比率が高い中小企業には逆風だが、大企業は逆に追い風である。そのため中小企業のマイナスを補ってあまりがあるので、GDPが増えるわけだ。中小企業には、増えた税収で景気対策を行えばよく、GDP増加要因の円安を抑えてしまっては元も子もない。
……という話をこれまでもしてきたが、実際、このことはデータでも示せる。
財務省が発表した2021年度の法人企業統計で、全産業(除く、保険・金融)の経常利益が前年度比33.5%増の83兆9247億円と過去最大となった。2022年4-6月分でも、全産業の経常利益は前年同期比17.6%増税の28兆3181億円と、これも過去最高だ。
営業収益も伸びているが、新型コロナウイルス禍からの経済・社会活動の正常化で業績回復が進んだからだ。経常利益が営業利益より伸びているのは、非営業利益の投資収益が伸びていることが理由だ。例えば、受取利息等は7兆3573億円で過去最高だった。
その主因は円安による海外投資収益の増加である。円安効果は輸出拡大という形でも現れるが、過去の海外投資収益という形でも表れる。
一般に現地生産に移行していると輸出増にならないので、円安効果は限定的と言われるが、現地生産なら海外投資を既に実施しているはずで、その場合には輸出増でなく海外投資収益増に替わっているはずだ。今回の法人企業統計では、その効果が強く表れている。
このままいけば、税収もかなり増えるだろう。経常収益がよければ、法人税収は当然伸びるが、給与所得も伸びるので、所得税収も伸びることになる。
引用:現代ビジネス
高橋氏は、歴史的な円安を両手をあげて歓迎しているのだ。
日銀の黒田総裁も本音の部分では高橋氏と同じような見方をしているのではないかを私は考えている。
今の日本は外国人から見るとバーゲンセールのように映っているようで、回復基調にある外国人観光客の爆買いもニュースに取り上げられるようになった。
不動産も外国人たちの投資対象となっていて、日本でこれから本格的なインフレが始まるという見方もまんざら眉唾ではない気がしている。
岸田政権としては物価上昇に対する国民の不満に対処する必要があり、黒田さんも表向きは政府につきあって「過度な円安は好ましくない」などと発言しているが、本当のところは行けるところまで円安を進めることで日本のGDPを押し上げようと画策しているように感じる。

もう一つ、ちょっと違う視点から日本経済の今後を前向きに捉えている専門家の意見を引用しておこう。
「東証マネ部!」という東証グループのサイトに出ていた『「日本はこれから繁栄の30年サイクルに」。渋澤健が語る、日本再興につながる「面白い宿題」とは』というインタビュー記事。
インタビューに答えたのは、岸田政権の「新しい資本主義実現会議」の委員も務めるシブサワ・アンド・カンパニー 代表取締役の渋澤健氏。
あの「日本資本主義の父」渋沢栄一の玄孫にあたる人物だ。
今後の日本経済を見たとき、果たして未来は明るいのだろうか。そんな質問を投げかけると、渋澤氏は「悲観的な見方をする方が多いのですが、私はこれから日本が良くなると期待しています」と切り出した。
その理由として「日本経済は30年周期で破壊と繁栄を繰り返す、というのが私の持論だからです」と話す。
渋澤氏の“持論”とはこういうものだ。1990年頃から現在までの約30年は「失われた30年」と呼ばれてきた。苦しみの時代だ。一方、それ以前の30年、1960年頃~1990年頃は高度経済成長期であり、バブルのピークも到来。繁栄の30年だった。
さらにさかのぼって1930年頃~1960年頃を見ると、日本は敗戦を経験し、これまでの常識が破壊された時期。だが、その前の1900年頃~1930年頃は、日露戦争を経て日本が後進国から先進国に追いついた繁栄の時代だった。ではさらにその前はどうか。1870年頃~1900年頃は明治維新が起き、江戸時代の常識が破壊された30年だった。
つまり、30年周期で破壊と繁栄の時代が交互に来ているというのだ。
「乱暴で大雑把な持論であることは承知の上で、日本は30年ごとにこのサイクルを繰り返してきました。繁栄が続くとおごりや傲慢が生じて、次の30年で何かしらの破壊を招く。しかしその破壊でリセットされると、また国を再興し繁栄につながる。このリズムが一定続いていることを考えると、これからの30年、日本は繁栄の時代になると考えています。それは経済の物質的な成長という意味に限らず、日本が自尊心を取り戻す、世界で独自のポジションを取り戻し繁栄するという意味です」
これからの日本は新しい時代の周期に入るというのが渋澤氏の見解だ。ただ、人口減少が確実な日本で、本当に繁栄などあり得るのか。そんな疑問も湧いてくる。しかし、渋澤氏はこう答える。
「逆にこの状況で感じるのは、日本が非常に面白い立場になったということです。これまで世界は人口が増える前提で経済活動をしてきました。また土地や資源の限界も意識していなかった。しかし、多くの国で今後は人口減少が起きます。また、土地も資源も有限だとわかってきた。そういった課題に先進国として最初に向き合うのが日本であり、解決すれば世界的にも大きな価値を持つ国になります」
日本に課せられたテーマは「人口増に依存しない繁栄」であり、それは人類の可能性を試されていることと同義だと渋澤氏。だからこそ、日本には「とても“面白い宿題”が与えられたと思います」と微笑む。その宿題を解くことができれば、地球全体の繁栄につながるのはもちろん、日本が世界で存在感を発揮するきっかけにもなる。
引用:東証マネ部!
あまり根拠のはっきりしない30年周期説だが、全てにおいてはっきりしない岸田政権との相性は良さそうだ。
そして、「人口増に依存しない繁栄」という宿題にいち早く取りかかれる日本には、これからの世界をリードするポテンシャルがあると説くのだ。
確かに人口が減っても人々が豊かに幸せに暮らせる道を見つけられたなら、これまでの経済成長一辺倒の価値観を転換し新たな潮流を作れるかもしれない。
しかし今の日本人にそんなイノベーションができるのか?
その点の答えは語られていなかった。

黒田総裁の任期は来年の4月で終わる。
異例の2期10年にわたって日銀総裁の座にあった黒田さんは、結局任期中ずっとアクセルを踏みっぱなしだった。
素人から見れば、いつも同じことばかりで何も仕事をしていないようにも見えるが、後世の評価がどのようなものになるのかは現段階では即断できないだろう。
個人的には、何か大変なことが待ち受けているのではないかと心配になるのだが・・・。
ちなみに、為替介入に効果は夜になっても続いていて、22日の10時現在1ドル=140円台での取引が続いている。