<吉祥寺残日録>阪神淡路大震災から26年!有事に弱い日本を考える #210117

1月17日といえば、阪神淡路大震災の日。

あれから26年が経った。

26年経ったということは、それだけあの大地震を知らない世代が多くなったということである。

どんな大事件でも、リアルタイムで経験するのと、後から知識として知るのでは心に刻まれる「深さ」がまったく違う。

語り継ぐことの難しさもさることながら、有事に備えることの難しさを私は改めて想う。

阪神大震災では多くの老朽化した建物が崩壊して人命を奪った。

震災後、建造物の耐震化が叫ばれたが、その後も古い耐震基準のままのビルは日本中に多く残り、建て替えを促進する法整備もあまり進んでいない。

かくいう私も、築50年の古いマンションに住んでいる。

東日本大震災の時にも「想定外」という言葉が流行語となった。

「常に最悪の事態を想定して日頃から準備することの重要性」を日本中の人が認識を共有したはずだったが、そうしたかけ声は時間の経過とともに忘れ去られ、気がついた時には何の準備もなされていなかったということがわかる。

今回のコロナとの戦いは、まさに有事に備えることの難しさを我々に教えてくれた。

有事に弱い日本社会。

その根底には、戦前の反省に基づいた「私権制限には慎重に」という戦後日本の選択がある。

コロナを徹底的に押さえ込むことを何よりも優先するならば、中国のように1人でも感染者が見つかれば、その周囲に暮らす人たちを何百万、何千万人単位で隔離して全員に検査を実施するのがいいに決まっている。

でも、本当に私たちはそんな社会を望んでいるのだろうか?

少なくとも私は嫌だ。

では、どうするのか?

個人の「自由」を守るという原則の上に、なるべく有効な対策が実施できるルール作りが何より必要である。

重要なのは、権力者が恣意的に運用することが不可能にすること。

法律が適用できるケースをなるべく限定した上で、必要な「私権制限」を可能とする法律を整備するべきだろう。

今回のようなパンデミックでは、欧米並みの「ロックダウン」も実施可能にしておく必要があると私は考えている。

しかし間違っても、戦前の「治安維持法」や外国で見られるような権力者が恣意的に発出できる「非常事態宣言」といった漠然とした有事法を作らないことが何より重要だ。

緊急事態宣言が出された後も、首都圏では通勤客や昼間の外出が目立って減らなかった。

そうした状況も踏まえて、政府は現在、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」と「感染症法」の見直し作業を進めている。

明日から始まる通常国会での早期成立を目指しているが、焦点となるのは、政府や知事の要請や勧告に従わない患者、飲食店、病院などへの「罰則」の導入である。

政府与党からは入院勧告に従わない患者に対しては、「懲役刑」を課す案も検討されているという。

私の意見は、今回のコロナのような感染症対策に限るのであれば、ある程度強力な罰則導入も致し方ないと思っている。

なぜなら、こうしたパンデミック対策は社会の全員が責任ある行動を取る必要があるが、自分の意思だけでは責任ある行動が取れない日本人が思いのほか多いようだからだ。

ただし、対象を感染症に限ることと「私権制限」が行えるの基準を明確にすることは絶対条件である。

もう一つ重要なのは、政府や知事・市長などの権限を明確化すること、そして可能な限り多くの情報を開示するを義務づけることだ。

国民の私権を制限する以上、指示する政治家や役人の側にも、大きな義務を背負ってもらわねばならない。

保健所が業務過多でパンクしているという。

電話でいちいち調整している現在のような非効率な仕組みでは当たり前である。

もっと多様な人材をコロナ対策に活用することを考えるべきだろう。

私は去年4月にも、このブログで書いていた。

国内にもまだ活用していない多くの人材がいる。

自衛隊もいる。警察や消防もいる。全国の公務員や様々な技能を持ったプロフェッショナルたちもいる。

とにかく、官邸周辺の一部の知恵だけではなく、日本の総力を結集して世界に誇れるような日本モデルを作り上げることを、安倍総理には期待したい。

吉祥寺@ブログ「やはりアパホテル #200404」

保健所がパンクして、自宅療養していた高齢者と連絡がつかないうちに死亡する事例が相次いでいるというが、この業務って本当に保健所職員じゃないとできないことなのだろうか?

定時連絡をしても電話に出ないコロナ患者も多いらしい。

そんな時には、交番のおまわりさんに直接自宅まで様子を見に行ってもらうような仕組みは作れないのだろうか?

職を失い生活に困窮している人たちへの現金支給も急務だと思うが、不正受給を心配して有効な手が打てないでいる。

持続化給付金の不正受給が問題となったが、不正受給は犯罪であり警察が堂々と動くことができるようになるのであって、困窮者には自己申告で現金を支給する一方で、支給者の情報は警察や税務署にも流れる仕組みを作っておけば安易な不正受給は防げるのではないかと思う。

ネット上ではまたぞろ「全国民への一律現金支給」を求める運動が起きているが、まったく無責任な話である。

現金支給と言っても国が借金を増やしているだけの話であり、平時に戻った時に増税するか、増税をしない場合は社会福祉の予算が削られていくのは見えているのだから・・・。

去年の現金支給では12兆円もの予算が使われ、配られた金のほとんどは貯蓄に回ったと言われている。

当然もらって困る人はいないので国民の評判はいいが、もしこの金額が困窮者や飲食業、医療関係者の支援に当てられていたらもっと高い効果があっただろうとついつい考えてしまう。

保健所の職員が減らされたのも、医師や看護師の数が増えないことも、元を正せば日本が借金大国であることが原因であり、毎年国家予算の3割が国債の利払いに消え、必要なところにお金を回したくても回せない社会になっていることをメディアはもっと国民に知らせるべきなのだ。

今回の空前のコロナ対策費に絡んで、昨日ちょっと気になる記事を読んだ。

『マンション・戸建ての購入、2021年にやってくる「意外すぎる落とし穴」に気づいていますか?』という不動産に関する「日経ビジネス」の記事だが、その一部を引用する。

 コロナによって年末ころには価格が下がるだろう、という2020年春に描いた私の予測は見事に外れた。なぜだろうか?

  考えられる理由の第一は、安倍晋三内閣が2次にわたって補正予算を組んだ景気対策だ。第1次が約25.7兆円、第2次が31.9兆円。事業規模としては合計で約230兆円とされている。まさに空前絶後のスケールであった。

 国民ひとり一人に10万円。持続化給付金は個人なら最高100万円、法人は1社につき200万円。他にも無利子融資など、様々な景気対策が手厚く講じられた。

 過去にこれほど行き届いたバラマキ政策があっただろうか。行き届きすぎて、持続化給付金の取得詐欺が頻出。逮捕者まで出ていた。

 しかし、給付金を取得したほとんどのケースは合法の範囲内である。

 例えば、私の知り合いのある不動産業者は法人を4社保有していた。各法人で200万円ずつの給付金を受け取り、合計で800万円がノーリスクで転がり込んできたのだ。

 この他に彼の会社は、無利子融資と0.1%の融資を合わせて1億円を金融機関から借り出した。彼はその資金で収益用の不動産を物色していた。融資を受けるコストがタダ同然の資金であるから、利回りが多少悪くても収益が確実な物件に投資すれば、安定的にインカムゲインが得られるのだ。

 こういった資金が、不動産や株式市場に流れて一種のバブルを生みだした。

引用:日経ビジネス『マンション・戸建ての購入、2021年にやってくる「意外すぎる落とし穴」に気づいていますか?』

これは不正受給ではない。

しかし、コロナ対策の本来の趣旨からは明らかに外れていると言える。

こうした才覚があって本当には困っていない人が多額の資金を得て、不動産や株に投資して儲けているとすると、ここは税務署にしっかり働いてもらわねばならない。

困っている人を助け、利益を得た人にはしっかりと税金を払ってもらうというのが健全な社会である。

私たちの国は、基本的に「自由な社会」を維持したまま、有事に限ってはルールに基づいた「私権制限」が行える社会を作れるかどうか?

それができなければ、より強い実行力を訴えて強権的な勢力が台頭してくる危険性があることを認識して、特措法改正の議論を見守っていきたい。

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