昨日の朝テレビをつけると、各局一斉に大騒ぎしている。
北朝鮮が事前に通告した通り、人工衛星の打ち上げを行なっただけなのに、各局ともまるで戦争が始まったような大騒ぎである。

日本政府がJアラート(全国瞬時警報システム)を発令したのは31日の午前6時30分。
北朝鮮による発射の3分後だった。
その文面は「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射されたとみられます。建物の中、又は地下に避難して下さい。」というもの。
それを受けて朝の情報番組を放送していたテレビ各局は事実上の報道特番に移行した。
いつもは通常番組を放送し続けるテレ東までも子供向け番組を短縮してミサイル発射の一報を繰り返した。
私は一貫して北朝鮮のミサイル報道に疑問を抱いているが、今回は事前に軍事偵察衛星の打ち上げが予告されていて、破片の落下地点も示されていたにも関わらず、日本政府が殊更に「ミサイル発射」と喚き散らしそれをテレビが無批判に垂れ流す様子を見ながら暗澹たる気持ちになった。
しかもアナウンサーが繰り返す原稿には、各テレビ局そろって「“衛星”と称する弾道ミサイル」という表現が使われていた。
普通、人工衛星を打ち上げる運搬手段のことはロケットと表現される。
ロケットと弾道ミサイルは構造上はほとんど同じであり、なぜ日本やアメリカのものはロケットで北朝鮮のものは弾道ミサイルなのか、そのあたりの説明もないままに政府に追随した表現を使うメディアのありようがたまらなく嫌だった。

今回の衛星打ち上げについては、韓国でも一時誤って市民に対して避難命令が出されるなどの混乱が見られたようだが、日本の騒ぎ方は突出していた。
もちろん打ち上げの予定ルートが沖縄県の上空にかかっていたことが原因ではあるが、それにしても自衛隊に対してあらかじめ破壊措置命令を出してそれを大々的に発表した政府のやり方には大いに疑問を抱く。
中国の海洋進出に備える形で近年進めてきた離島防衛をアピールしたいという狙いが透けて見える。
安倍政権以来、南西諸島に次々に自衛隊の基地を建設し部隊を常駐させているが、地元では島を戦争に巻き込むものとの根強い反対運動がある。
そのため、北朝鮮の弾道ミサイルが日本の領土に落ちることがあれば配備した自衛隊が迎撃して島民を守るのだとアピールしたいのだろう。
だから、人工衛星の打ち上げではなくあえて弾道ミサイルの発射と言い続けているのだ。

もちろん詳しい情報を公開しない北朝鮮に問題があるのは事実だ。
衛星の打ち上げと称して不意をついて攻撃してくる可能性もあると疑い始めればキリがない。
しかしメディアの役割は、政府の単なる広報機関ではない。
中国やロシア、北朝鮮とは違うのだ。
政府がどのような発表をしようとも、メディアにはもう少し冷めた目で多角的に事態を報道してもらいたい。
少なくとも「“衛星”と称する弾道ミサイル」という意味不明なフレーズを引用以外の形で使用すべきではないのだ。
もしも私が編集長やプロデューサーだったならば、その点だけはスタッフに徹底していただろう。

しかし今回の一連の大騒ぎを見ていると、これが単に北朝鮮に対する対応ではないと感じる。
石垣市や与那国町などの役場では市役所の職員に混じって自衛隊員も情報連絡に当たっていた。
行政無線で住民に一斉に避難の呼びかけがなされ、テレビ各局も離島にスタンバイしてその様子を生中継で伝え続けた。
Jアラートは午前7時過ぎに解除されたが、NHKは8時の朝ドラも休止して同じ情報を繰り返し続けたのだ。
これはもう、台湾有事に備えた政府、自治体、自衛隊、メディアが連携したシミュレーションとしか思えない。
本当の有事が起きた時に本土から離れた離島を守り、そこから情報を発信し続けるための訓練を行なっているようにしか私には見えなかったのである。

結果的には、北朝鮮のロケットは2段目への点火に失敗し、打ち上げ直後に黄海に落下したことがわかった。
北朝鮮も早い段階で打ち上げの失敗を認め、早期の再打ち上げを宣言した。
日本の領土への落下はおろか、領空の通過すら現実には起きなかった。
それでも沖縄の人たちは早朝のサイレンに叩き起こされて至急避難するよう求められた。
これも有事に備えた訓練と言えるかもしれない。
戦後70年以上、平和に慣れきった日本人に軍事訓練を行うことは難しい。
だから北朝鮮のミサイル発射を口実にして、これからも各地でこうした「訓練」が意図的に行われることになるのかもしれない。

打ち上げに使われたロケットの残骸は韓国軍によって回収され分析されるという。
尹錫悦政権の発足により日韓関係が急速に改善に向かっていることは対北朝鮮政策においては心強いが、一方で日米間の軍事同盟化が一気に進めば東アジアの緊張はますます高まることになるだろう。
だからこそ、メディアには冷静であってほしい。
政府に批判的なことを言えば視聴者から厳しい批判を受けるご時世だ。
できれば波風を立てずに政府の方針に従いたいと思うのかもしれない。
しかしそんな時こそメディアが嫌われ者になって政府とは一線を画した報道を心がけることが重要なのだ。
戦前、日本が軍国主義の道を歩んだ時にそれを止められなかった反省が戦後のメディアを支えてきた。
若いテレビマンたちにあの戦争の教訓がどのくらい残っているか知らないが、昨日のJアラート報道には強い危機感を抱かざるをえなかった。
メディアに携わるものは、こうした時こそ冷静に天邪鬼になってほしいのだ。