イギリスのジョンソン首相は7日、与党保守党の党首を辞任すると表明した。
新しい党首が決まるまでは首相を続ける意向だが、近い将来イギリスの首相が交代することは確実な情勢となった。
コロナ禍で国民に自粛を求めていた期間に首相官邸で度々パーティを開いていることが発覚するなど、様々な国内要因によって党内基盤が揺らいでいた。

最後は、後任の首相を狙うスーナク財務相とジャヴィド保健相の2人が首相の退陣を求めて辞任し、与党保守党内で火の手が上がったことが決め手となった。
独特のキャラクターでこれまで批判をかわしてきたジョンソン氏も次々に嘘がばれ、ついに観念せざるを得なくなったようだ。
しかしこのタイミングでのイギリス首相の交代は、世界情勢に少なからざる影響を与える可能性が高い。

首相に就任して3年。
実現不可能と言われたEUとの離脱交渉を成功に導いたのは、「人たらし」といわれるその対人交渉能力と予測不能な言動のなせる技である。
ウクライナへの軍事侵攻が始まるとアメリカと共にロシア制裁とウクライナへの軍事支援の先頭に立った。
G7首脳として初めてキーウを電撃訪問するなど独特のパフォーマンスで世界の注目を集めるジョンソン首相は、スタンスの違うアメリカと独仏の橋渡し役でもあった。
ジョンソン氏の後任に誰が選ばれるにしても、彼のような曲芸はなかなか難しいだろう。

ウクライナでは、ロシア軍が東部ルハンシク州を完全に支配下に置き、さらにもう一つのドネツク州の攻略に勢力を集中させている。
欧米の最新兵器供与によって戦況が逆転するとの専門家の見立てとは異なり、依然としてロシア軍の猛攻をウクライナ側が押しとどめるという状況は変わっていない。
西側の経済制裁もロシアの侵攻を止めることはできず、プーチン政権へのダメージも限定的なことから、ウクライナ支援を続けるG7諸国には日に日に支援疲れが広がっているように見える。
特に制裁に伴うエネルギーと食糧価格の高騰は各国で深刻化し、世論に敏感な民主主義政権の足元を揺さぶっている。
ジョンソン首相を退陣に追い込んだ背景にも、スキャンダルだけでなく物価高騰の影響もあると言われている。

フランス政府は6日、フランス電力公社を100%国有化すると発表した。
これもエネルギー価格の高騰に対応するためとされ、国民の不満をいかにして抑えていくか、事態が長期化すればするほど民主主義陣営に不利な状況が目立ち始めるだろう。

アメリカでは、連邦最高裁が発電所からの温暖化ガス排出を規制する連邦政府の権限を制限する判断を下した。
銃規制、妊娠中絶に続き、温暖化対策に対しても「トランプの罠」が炸裂する状況で、支持率が低迷するバイデン政権は中間選挙を睨んで国内世論に敏感な状況が続く。

そして日本。
ロシア制裁の最中、日本の権益だとしてしがみついていた「サハリン2」に対してロシア側から日本企業を排除すると警告され、動揺が広がっている。
G7に歩調を合わせるとして勇ましいロシア批判を続けてきた岸田政権だが、物価高に対する国民の不満は確実に高まっている。

そうしたG7諸国の足元を見透かすようにロシアのプーチン大統領は7日、ウクライナでの軍事作戦開始により「米国中心の世界秩序は根本的に壊れ、欧米は既に敗北した」と述べ、勝利に自信を示したという。
クレムリンでの会合でプーチンさんは「戦場でロシアに勝ちたければ試してみたらいい」と欧米を挑発し、「自由主義に名を借りた全体主義的モデルを世界に押しつけようとしているが、多くの国はそのような世界を望んでいない」と述べたと伝えられている。
徹底的に国内を統制するロシアや中国のような専制国家に比べ、世論の動向に左右される民主主義国家のリーダーは脆い。
対ロシア強硬派だったジョンソン首相の退陣は奇しくもそれを証明した形である。
こうした民主主義の弱点をプーチンさんも習近平さんもよく理解していて、困難な局面ほど時間を味方につけようとするのだ。

こうした中、ロシアや中国も参加してバリ島でG20の外相会議が開かれる。
米ロの直接会談も予定されているこの会議ではウクライナ問題や食糧危機の問題も話し合われる予定だ。
日本の林外務大臣は議長国インドネシアが主催する非公式の歓迎夕食会を欠席、ロシアと同席することをよしとしない日本の姿勢を示した。
G7による身を切る経済制裁にもかかわらずロシアが持ち堪えているのは、G7に代わってロシアのエネルギーなどを受け入れる国があるからだ。
インドやアフリカ、中南米など様子見を決め込み、漁夫の利を狙う強かな国も多い。

ジョンソン首相が退陣を発表したイギリスでは、来年秋にスコットランドの分離独立を問う2度目の住民投票も予定されている。
力によって国内をまとめる専制国家に対して、民意に基づく民主主義国家が優位を保てるのか?
ウクライナの命運だけでなく、人類全体の運命にとって重要な岐路が迫っているような気がして仕方がない。