私が呑気に野焼きをしている間に、世界に大きな変化が起きようとしている。
就任以来、検討するだけで何も実行しないと私が終始批判してきた岸田総理が、ここに来て人が変わったように日本の政治史上に残るであろう大変革に挑もうと、新年早々、活発な動きを見せているのだ。

ウクライナでの戦争が続く中、今年G7の議長国を務める日本。
5月の広島サミットを主宰する岸田総理は、9日からフランス、イタリア、イギリス、カナダ、アメリカの5カ国を歴訪した。
去年来日したドイツのショルツ首相も含め、これで岸田さんはG7の全ての首脳と対面での首脳会談を行ったことになる。

しかし今回の歴訪は、過去の総理たちが行ったような形だけのものではない。
ロシアのウクライナ侵攻と高まる中国の脅威を前に、非常に実務的で具体的な安全保障上の「成果」が次々に発表されているのだ。
まず最初に訪れたフランスではマクロン大統領と会談、今年前半にも外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開催する方針で一致した。
フランスは、太平洋にニューカレドニアなどの領土を持っていて、共同記者会見でマクロン大統領は「今年は日本の責任は多大だ。協力関係を2国間だけでなく、多国間でも強化したい」と明言した。
これに対し、岸田総理は「欧州とインド太平洋の安全保障は不可分だ」と訴え、自衛隊と仏軍による部隊往来や共同訓練などの協力推進に意欲を示したという。

続く訪問国イタリアでは、去年10月に就任したばかりのメローニ首相との初会談に臨んだ。
イタリアとは、イギリスも交えた3国による次期戦闘機の共同開発が進行中だ。
ここでも岸田さんは日本の新しい安全保障政策を説明し、両国関係の戦略的パートナーシップへの引き上げを確認したという。
戦争とはおよそ無縁そうな岸田さんの笑顔が軍備増強への警戒心を弱めてしまうようで、このあたりが安倍さんとの決定的な違いである。

3番目の訪問国イギリスではこれまた10月に就任したばかりのスナク首相と会談、自衛隊と英軍が互いの国を訪問しやすくする「円滑化協定(RAA)」に署名した。
中国抑止を念頭にインド太平洋地域での共同訓練を活発にし、イギリスの安全保障分野の関与を深めるのが狙いで、円滑化協定に署名するのはオーストラリアに続いて2カ国目となる。
奇しくも、1923年に日英同盟が失効してからちょうど100年目となる今年、日本とイギリスは再び「準同盟関係」を結ぶこととなったのだ。
スナク首相は日本の防衛力強化に向けた国家安保戦略を歓迎し「英国はこの努力の不動のパートナーだ」と言明、イギリスがインド太平洋地域に関与していく考えを示したという。

続くカナダではトルドー首相と会談、中国をめぐる懸案で協力を申し合わせた。
カナダと中国は、ファーウェイの孟晩舟副会長の逮捕事件以来関係が悪化していて、カナダ政府は去年11月にインド太平洋地域における経済・外交の包括的な戦略を発表し、この地域での海軍の展開や軍事演習への参加を掲げている。

そして最後の訪問国アメリカ。
就任後初めてワシントンを訪れた岸田総理は、去年バイデン大統領に約束した防衛力増強を決定したことを説明したのに対し、バイデン大統領はこれを称賛し、核を含むあらゆる能力を用いて日本の防衛に揺るぎなく関与すると表明したという。
さらに台湾有事を念頭に、自衛隊と米軍の抑止力や対処力を向上させることでも合意した。

一連の首脳会談で岸田さんは各国からの支持を取り付け自信を深めたように見える。
憲政史上最長の任期を務めた安倍さんでもなし得なかった安全保障政策の大転換。
それをこんな柔和な笑顔の岸田さんが成し遂げようとしているのも不思議な巡り合わせだと感じる。
今回の歴訪により、防衛費の増強はもはや国際公約となり、野党や国内世論の反対にあおうとも後戻りはできないだろう。
岸田さん独特の鈍感力がここにきてものすごい強みを発揮している。
問題となるのは自民党内での権力基盤だ。
報道によれば、麻生さんからは「あなたは有事の総理大臣だ」とハッパをかけられたとか、森さんら長老たちの支持を勝ち取り自信を深めたなどとも伝えられているが、今月下旬から始まる通常国会では野党の集中攻撃が待っている。
さらに岸田さんがこだわる防衛増税には、萩生田政調会長ら安倍派を中心に国債増発を求める声も高まっている。
持ち前の鈍感力と体力を存分に発揮し、国際公約となった防衛力強化を実現できるのか、大いに注目されるところである。

一方、積極外交を展開しているのは岸田総理だけではない。
政界でも一二を争う英語の達人、林外相も東奔西走で世界を駆け回っている。
この1月から副常任理事国となった国連安保理では早速林さんが議長となって「法の支配」をテーマに公開討論会を行った。
西側諸国とロシア・中国による対立が激化する中で様子見を決め込む発展途上国に対して、力ではなく法による支配を尊重するよう呼びかける狙いがある。

日本外交が遅れをとる南米にも足を伸ばし、ブラジル、アルゼンチンの外相と直接会って会談を行った。
南米では相次いで左翼政権が誕生し、アメリカの影響力が弱まった隙をついて中国が積極的な外交を展開している。
日本もかつては多くの移民が渡った関係で、南米諸国とは特別な関係にあったが、最近では全くニュースにもならずその関係は薄まっている。
そんな久しぶりの林外相によるブラジル訪問の最中に、首都ブラジリアの国会議事堂などがボルソナロ前大統領の支持者らに襲撃される事件が起き、日本でも久しぶりに大きなニュースになった。

アメリカでは、浜田防衛相とともに日米の2プラス2に出席。
いわゆる「反撃能力」や宇宙分野について、これまでよりも一歩踏み込んだ合意を結んだ。
公表された共同文書では、軍事活動を含む中国の動向を「最大の戦略的挑戦」と位置付けた。
そのうえで、反撃能力について「日本の反撃能力の効果的な運用に向けて、日米間の協力を深化させる」と規定し、具体的には反撃能力を行使する際は自衛隊と米軍が敵の軍事目標の位置情報を共有する、アメリカが持つ衛星情報の提供などの協力を想定する、日米でミサイル探知から反撃まで連携する共同対処計画の策定を始めることなどで合意した。

さらに、中国の侵攻を想定した離島防衛のため、沖縄に残る海兵隊を改編し「海兵沿岸連隊(MLR)」を2025年までに創設することも決めた。
沖縄では依然として米軍基地問題が大きな争点となり、政府も辺野古基地建設と併せて米軍の再編も予定しているが、同時に石垣島などで新たな基地建設を進めていて、日米の合意が新たな火種となることは間違いないだろう。
こうして去年の12月以降、岸田政権は一気呵成に戦後の安全保障政策の大転換に乗り出している。
今回のG7歴訪も、政府が打ち出した防衛力強化の方針に各国からの支持を取り付け、それを梃子に国会審議を乗り切る思惑があるのだろう。
野党もメディアも国民を虚をつかれた形で、安倍政権時代のような激しい反対運動は起きていない。
これもまた岸田さんのキャラクターによるところが大きいのかもしれない。

もう一つ、岸田さんにとって追い風となるのは韓国の動きだ。
日韓関係改善に意欲を見せる尹錫悦政権は、懸案となっていた徴用工問題で新しい解決策を示した。
韓国政府の案は、公益法人「日帝強制動員被害者支援財団」を活用し、被告となった日本企業の代わりに財団が賠償するというもので、韓国企業から寄付を募り補償の原資にするという。
文在寅政権を支えた野党支持者たちは当然激しく抵抗するだろうが、韓国国内でも中国や北朝鮮に対するイメージが日本以上に悪化しており、尹大統領は強行突破する構えのようだ。
もしも無事にこの案が実現すれば、日韓関係は一気に改善し、広島サミットにも尹錫悦大統領が招待されることになるだろう。
私は、世界のGDPで10位である韓国をG7に加えることを日本は真面目に提案すべきだと考える。
朝鮮半島の統一はぜひ実現してもらいたい大きな懸案だが、文在寅さんのような日和見主義は、日本や西側諸国にとって危険である。
先進国の仲間入りを認めることにより、韓国をしっかり西側諸国の陣営に位置づけることはきっと日本の国益にも叶うだろう。
そして近い将来、日米韓を中心としてG7諸国やオーストラリア、ニュージーランドなどを含めた新たな軍事ブロックができる可能性があると私は考えている。
場合によっては、NATOとも全面的に連携し、東西から中国・ロシア・北朝鮮を包囲する大軍事同盟が形作られるかもしれない。

戦後、国の防衛はアメリカに委ねただひたすらに経済成長を目指した日本の政策が大きく変わろうとしている。
さまざまな意見があるのは当然だが、私は岸田さんの大きな決断を評価する立場だ。
私は徹底的な反戦主義者である。
戦争を何よりも憎む。
だから自らの目でいくつもの戦場を取材してきたのだ。
しかし、どうすれば戦争が起きないかという観点から現実的で最善の方法を考えた時、単なる非武装中立は脆い。
領土的野心を持った独裁者に対抗するためには、多くの国が参加する大規模な軍事ブロックや軍事同盟に日本が加わることが最も効果的な抑止力となると私は確信している。
もしウクライナがNATOに加盟していれば、プーチンさんとて軍事侵攻は思いとどまった可能性が高い。
そのためには相応の覚悟と負担が求められることを、ウクライナの現実が教えてくれているのだ。
人が変わったように見える岸田さんも、間違いなくウクライナから厳しい教訓を学んだに違いない。

本来ハト派である岸田総理が下した大きな決断の先に何が待っているのか?
東西冷戦の再現なのか、それとも戦前の日独伊三国同盟に対抗する「三国協商」のような勢力の結集なのか?
そして何より、「偉大な中国の復活」を目指して領土的な野心を隠そうともしない隣国が現れた時に、どうすれば戦争を避けることができるのか?
一人の日本国民として、旧来の常識でただ政府を批判するのではなく、習近平の中国とどう向き合っていくかという現実に即してしっかりと考えていきたいと私は感じている。