<吉祥寺残日録>私が生きた時代👀 60年代の英雄も今や老害!「シルバー民主主義」をぶっ壊す方法は選挙制度の革命 #220819

統一教会と政界の関係が次々に明るみに出て、民主主義のあり方が問われている。

統一教会が日本で宗教法人の認可を受けたのが1964年。

同年以降、全国の大学に統一教会の学生組織「原理研究会」が作られていく。

学園紛争が燃え盛った1968年には安倍元総理の祖父岸信介が支援する形で「国際勝共連合」が日本で設立されて、左翼運動に対する対抗勢力として原理研を利用する。

今メディアの集中砲火を浴びている萩生田政調会長は安倍元総理の最側近として知られ、岸信介から続く統一教会との癒着は安倍さんが率いた清和会に脈々と受け継がれてきたのだ。

安倍さんが銃撃された事件直後、「民主主義の根幹を揺るがす蛮行」と指摘されたが、実は安倍さんの方が民主主義を揺るがしていた実態が少しずつ国民の目に見えてきたというわけである。

民主主義というのは実に壊れやすい政治システムだ。

宗教だけでなく、民主主義の理想を歪める要素はたくさんある。

私が最近感じるのは、統一教会以上に日本の民主主義を歪めているのは有権者の高齢化ではないかという危機感だ。

昨日このブログに、世界中で若者が戦った60年代のことを書いた。

第二次大戦直後に生まれたベビーブーマーたちは理想の社会を掲げ、既存の政治をぶっ壊そうとした。

しかし、あれから半世紀以上が経ってあのベビーブーマーたち、日本で言えば「団塊の世代」が今や膨大な数の高齢者となり、社会を停滞させる原因となっているのは皮肉な話だ。

中でも日本が突出して世界一の超高齢化社会を招いてしまったのは、少子化に加えて、移民の受け入れを拒否し続けたからである。

その結果、世界でも例を見ないような逆三角形の人口ピラミッドが出来上がってしまい、1人1票の民主主義の下では政治家たちは地元のじいさんばあさんの声ばかりを聞くようになった。

社会保障費が国家予算を圧迫しても医療費の1割負担をなかなか変えようとせず、日本の個人資産の大半を高齢者が所有しているにも関わらず、所得課税と消費税中心の税制を変えず、資産への課税には全く後ろ向きだ。

この夏の参院選を受けてNHKで放送された『Zボイス 私たちの声を聞いて 18歳 夏 参院選』という番組には、今の若者たちの無力感が溢れかえっていた。

「上の世代が俺らと価値観合わないんで、上の票がどかない限り俺らの意見反映しないと思います」

「当選するために高齢者向けのをするのはやめてほしい。でも若者の投票率が上がらないからそうせざるを得ない。でもそれは圧倒的多数決の原理による無力感だから仕方ない。何も求めない。詰み」

「私たちのいる意味ってなんだろう? 政治に関心を持たない若者が悪いって言うけど、関心持ったところで変えてくれるんですか?」

若者たちも馬鹿じゃない。

日本の状況、若者が置かれた客観的な情勢を冷めた目で見つめているのだ。

そうした中、先日ネットを見ていたら気になる記事を見かけた。

「新R25」という若者向けのサイトに掲載されていた『必要なのは、若者の投票ではなく「革命」。政治停滞を覆す“独立国家”のレシピ』という記事。

経済学者でイェール大学助教の成田悠輔さんが出版した『22世紀の民主主義』をベースにしたものなのだが、その過激な提案が私が日頃考えていたこととピタリと符合した。

つまり世界一の超高齢化が進む現代日本の社会、特に政治を変えるためには、「シルバー民主主義」を打ち破るために1人1票の大原則を見直さなければならないのではないかという問題意識である。

成田さんは最近売り出し中の若手の論客だが、彼は著書の中で次のように書いていた。

若者が選挙に行って世代交代を促し、政治の目を未来へと差し向けさせよう。

選挙のたびにそんな話を聞く。

だが、断言する。

若者が選挙に行って「政治参加」したくらいでは何も変わらない

今の日本人の平均年齢は48歳くらいで、30歳未満の人口は全体の26%。

全有権者に占める30歳未満の有権者の割合は13.1%。

21年の衆議院選挙における全投票者に占める30歳未満の投票者の割合にいたっては8.6%でしかない。

若者は超超マイノリティである

もっと言えば、今の日本の政治や社会は、若者の政治参加や選挙に行くといった生ぬるい行動で変わるような、そんな甘っちょろい状況にない。

数十年びくともしない慢性の停滞と危機に陥っており、それをひっくり返すのは錆びついて沈みゆく昭和の豪華客船を水中から引き揚げるような大事業だ。

具体的には、若者しか投票・立候補できない選挙区を作り出すとか、若者が反乱を起こして一定以上の年齢の人から(被)選挙権を奪い取るといった革命である。

あるいは、この国を諦めた若者が新しい独立国を建設する

そんな出来損ないの小説のような稲妻が炸裂しないと、日本の政治や社会を覆う雲が晴れることはない。

革命を100とすれば、選挙に行くとか国会議員になるというのは、1とか5とかの焼け石に水程度。

中途半端なガス抜きで問題をぼやけさせるくらいなら、部屋でカフェラテでも飲みながらゲームでもやっている方が楽しいし、コスパもいいんじゃないかと思う。

革命か、ラテか?

究極の選択を助けるマニュアルがこの本である。

引用:新R25

国政選挙の前になると、近頃のテレビは若者たちに投票へ行くよう促すようになった。

私が報道番組を作っていた頃は、注目の候補者や選挙区に張りついて選挙を盛り上げるような事前企画を何本も作ったものだが、今ではそれができなくなってしまった。

特定の候補者を大きく扱うことは放送法が定める公平公正の原則に反すると主に大政党から抗議を受けるようになったことがきっかけだった。

安倍自民党になってから特にメディアへのプレッシャーが強くなったが、民主党政権時代の民主党もうるさかった。

ある候補者を取り上げたければ、同じ選挙区から出馬している全ての候補者を同じように扱わなければならなくなれば、テレビの限られた時間で面白く伝えることは事実上不可能になる。

こうして有権者の興味を惹きそうな選挙報道ができなくなり、仕方なく「選挙に行きましょう」とお題目のように唱えるようになってしまったのだ。

とはいえ、そもそも今の若者はテレビを見ていないのだから、これは「一応選挙のニュースも扱ってますよ」というテレビ局のポーズでしかない。

成田さんが言う通り、選挙権を持つ若者がたとえ全員投票に行ったとしても、悲しいかな若者たちの意見はなかなか国政に反映されないのが現状だ。

世界一の超高齢社会である日本では、年寄りの数が多すぎて、「何を言ってもどうせ聞いてもらえない」という若者たちの無力感が絶望的に広がりつつあるのだ。

この「シルバー民主主義」と呼ばれる現状は、日本が民主主義国家であり続けるためには極めて危険な兆候だと私は考える。

そして、政治家が年寄りの意見を優先すればするほど、デジタルや環境といった21世紀型の政策課題において日本はどんどん世界から遅れをとっていくのだ。

ついでながら、成田悠輔さんは人間の政治家もそのうち必要なくなるのではないかと指摘している。

同じく「新R25」に掲載された『成田悠輔「政治家はネコやゴキブリになる」この極論が意外にも合理的な理由』から引用する。

現在、代議者や政党にあらゆる政策・立法を委ねる「間接代議民主主義」で、政治家が担っている役割は主に2つある。

① 政策的な指針を決定し行政機構を使って実行する「調整者・実行者としての政治家」

② 政治・立法の顔になって熱狂や非難を引き受け世論のガス抜きをする「アイドル・マスコット・サンドバッグとしての政治家」

である。

私は「調整者・実行者としての政治家」は、ソフトウェアやアルゴリズムに置き換えられ自動化されていくと思っている。

そして「アイドル・マスコット・サンドバッグとしての政治家」はネコやゴキブリVTuberやバーチャル・インフルエンサーのような仮想人に置き換えられていくと読んでいる。

現在の複雑すぎる社会では、政治家が経済や医療や軍事などあらゆる課題を理解して適切な判断を下すという建前には無理がある。

引用:新R25

確かに、「政治家って必要なの?」という議論もそろそろ真面目にしてみてもいい時期かもしれない。

ドラマ「17才の帝国」が描いたAIがリアルタイムで国民の多数決を採り政策を決定していくシステム。

それはそれで世論の暴走を招き怖い気もするが、現在の間接民主主義だって特定の既得権を持つ人たちに支配され、とても平等とは言えなくなっているのではないか。

もう少し政治にもテクノロジーを入れてシンプルにしていかなければならないだろう。

さて、「シルバー民主主義」の問題は今や日本だけではなく先進国共通の課題らしい。

60年代に革命を起こそうと戦った若者たちはみんな老人になり、それが民主主義国家を揺るがし始めている。

「クーリエジャポン」のサイトに、『認知機能の衰えた高齢者からは「選挙権」を剥奪すべきなのか?』という英ガーディアン紙の記事が転載されていた。

ケンブリッジ大学の政治学者デイヴィッド・ランシマン教授はイギリス人らしいユーモアを交えてこの問題を分析している。

古代ギリシャのアテネから1970年代のイギリスに至るまで、民主主義社会では例外なく40歳未満の有権者のほうが60歳以上の有権者よりも多かった。だが、いまは違う。

社会的類似性の高まりは、単に高齢者が若者の習慣を猿真似しているからではない。高齢者が経済的にも政治的にも優勢だから、彼らの興味関心が幅を利かせているのだ。かつてポップミュージックは若者のものだったが、いまでは筆者のような世代の人間(54歳)に媚びを売る。筆者の青春時代の音楽を聴くのは12歳の息子のほうで、その逆ではない。

(労働党が大敗した)イギリスの2019年の総選挙の結果が、老いた政治国家の縮図のように見えたのも、有権者数の違いがそのまま現れたからだろう。100年前の近代大衆民主主義の黎明期には、65歳以上は有権者の5%に届くかどうかにすぎなかった。だが、いまや20%台に迫る。

おまけに高齢者は、若者に比べてはるかに足繁く投票所へ向かう。進歩的な政治家は「20代の有権者が70代と同じくらいにせっせと投票に足を運んでくれさえすれば、結果は変わっていたかもしれない」と嘆く。若い有権者が投票に行かないから、選挙のたびに不利になるという理屈だ。

だが、若者は「投票に行かないのは、何の得にもならないからだ」と反論する。これも一理ある。そもそもシステムが自分たちに不利にできているのに、なぜ投票に行く必要があるのか? 

イギリスは過去30年、若者がもたらす社会の変化に後ろ向きな政策をとり続けた。高齢者に支払われる年金は保護されるが、学費ローン問題は解決されない。住宅ローンを支払う人の利益が、賃貸住宅を借りる人の利益よりも優先される。30歳未満の70%以上がEU残留を支持したのに、離脱が決まった。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが起きたとき、高齢者と若者の対立はいっとき解消されるかに思えた。目の前にいるのは共通の敵だ。ロックダウンはすべての国民に適用され、誰もが家に引きこもるという経験から、まったく新しい共通の視点が生まれた。互いに強制的な隔離を余儀なくされた経験ほど、私たちの社会的なつながりが鮮明に印象づけられたことはないだろう。

だが、動態人口と地理的移動が政治的な分断を拡大させつつある現在の社会で起きたパンデミックは、世代間の橋渡しにはまったくならなかった。むしろ断絶を悪化させた。コロナウイルスは非常に偏ったウイルスだった。

新型コロナで死ぬ可能性が高いのは、若者より高齢者で、彼らの保護と治療、ワクチン接種が優先された。政治家にも国民にも、選択の余地はなかった。こうした傾向は、長期化する潮流の延長にすぎない。高齢化が進めば、政治における医療の優先度は高くなる。高齢者は手厚い医療ケアを必要とし、現役世代はその費用負担を求められる。選挙結果を左右するのは高齢者だから、政治家は現状のバランスが崩れないように全力を尽くす。

パンデミックで世代間の不均衡が浮き彫りになっても、解決法は何ひとつ示されていない。政治家は、若者が払った犠牲に報いると約束はするが、現状のシステムには政治家に行動を促すインセンティブを与えていない。だから若者は「いまの民主主義はあらゆる面で、自分たちを差別している」と主張する。

若者はつねに少数派だ。

引用:クーリエジャポン

では「シルバー民主主義」を打破する方法はあるのだろうか?

ある。

それは、選挙制度を変えることだ。

成田悠輔さんが指摘しているように「若者だけの独立国を作る」というのは極端だが、「若者しか投票・立候補できない選挙区を作り出す」「一定以上の年齢の人から(被)選挙権を奪い取る」という過激に聞こえる案は世界的に検討されていて実際に提案している専門家も大勢いるそうなのだ。

民主主義の大原則だった1人1票を見直そうという画期的な提言である。

「BUSINESS INSIDER」というサイトに出ていた『世代間格差は「1億円」。シルバー民主主義による「若者へのツケ回し」を止める方法とは』という記事の中で、法政大学の小黒一正教授が3つの代表的な改革案を紹介している。

1. 世代別選挙区制

選挙区を地域ではなく、例えば「30代までの青年区」「40~50代の中年区」「60代以上の老年区」といった年代別に分け、議席数は各年代の有権者数が全体に占める割合に応じて配分し、各世代の代表を選ぶものです。

各世代の代表が議員になれば、当然「世代間格差」が論戦のメーンテーマの一つになり得ます。

2. ドメイン投票

選挙権年齢に達しない子どもにも選挙権を与え、その親が代理として投票する方法。例えば親子3人の家族なら、父母がそれぞれ「1.5票」を投票します。

わが子の行く末を考えて投票する親は、将来世代の利益を代弁するという考え方に基づく仕組みです。ハンガリーで導入が検討されたこともあるといいます。ただし「1人1票」の大原則との関係をどう整理するかは、慎重に検討する必要がありそうです。

3. 余命投票方式

世代別選挙区のいわば「拡張版」で、平均余命に応じて議席数を配分する方式。例えば平均寿命が80歳とすれば、「青年区」に属する30歳の人の平均余命は50年、「老年区」に属する70歳の人なら10年。この時、青年区の議席数が老年区の5倍になるように議席数を配分します。

引用:BUSINESS INSIDER

1人1票という固定概念さえ取り除けば、選挙の仕組みはいろいろ考えられるのだ。

特に「世代別選挙区制」は大いに実現の可能性があると私は思った。

比例代表の代わりにこの世代別選挙区を導入するとか、衆議院は地域別のままにして参議院を世代別選挙区にするとか十分あり得るのではないか。

現在の選挙制度でも、都市と地方とで1票の格差が存在し2倍を限度として認められている。

そう考えれば、世代間の人口格差を是正する方法として、若者の1票に高齢者の2倍程度の重みを与えることは認められてもよさそうである。

問題は現行制度で優遇されている高齢者が日本の将来を思って、それを認めるかどうかにかかっており、ここは日本の政治家と高齢者の見識が問われる問題であろう。

私も来年には高齢者の仲間入りだが、世代別選挙区制導入には大いに賛成だ。

私たちはもう十分生きた。

これからは若者たちの出番だ。

日本の若者たちが、この国をどのような社会に作り替えていくのか当事者意識を持って提言し実現していってもらわなければ、民主主義に未来はなく、やがて専制主義に呑み込まれてしまうだろう。

<吉祥寺残日録>私が生きた時代👀 ドキュメンタリー番組『世界サブカルチャー史』で辿る「アメリカ闘争の1960年代」 #220818

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