<吉祥寺残日録>私が生きた時代👀 21世紀に入って「民主主義」はなぜこうも劣化したのか? #230108

2年前、トランプ支持派によって襲撃されたアメリカの連邦議事堂。

その後も手本となるような民主主義の姿を取り戻せないまま、今も迷走を続けている。

そんなアメリカ議会は7日、15回目の投票でようやく下院議長を選出した。

中間選挙で勝利した野党・共和党のマッカーシー院内総務の就任が当初から確実視されていたが、共和党内の保守強硬派「フリーダム・コーカス(自由議連)」の所属議員を中心に21人がこれに抵抗し、アメリカ政治史上でも100年に一度の醜態を晒した。

マッカーシー氏は反対派議員を説得するために保守強硬派に妥協した譲歩案を出さざるを得ず、今後の議会運営でも保守派の影響力が拡大することは間違いないものと見られている。

コロナ禍に加えてウクライナへの巨額の支援などによってアメリカの財政は急速に悪化し続けていて、共和党保守派は大胆な歳出削減を求めて、ウクライナ支援を含めてバイデン政権の大盤振る舞いを止めようとするだろう。

政府の介入を嫌う強き者たちの反乱である。

先日もこのブログに書いた成田悠輔さんのベストセラー『22世紀の民主主義』を読みながら、私たちが気楽に使っている「民主主義」って何だろうと考えさせられた。

成田さんは「民主主義」についてこんなことを書いている。

実直な資本主義的市場競争は、能力や運や資源の格差をさらなる格差に変換する。そんな世界は、つらい。そこに富める者がますます富む複利の魔力が組み合わされば、格差は時間とともに深まる一方で、ますますつらい。このつらさを忘れるために人が引っ張り出してきた鎮痛剤が、凡人に開かれた民主主義なのだろう。

これに近い見方は民主主義のはじまりからずっとある。たとえば、生まれたばかりの民主主義を観察したプラトンが書いた『国家』だ。貧富の差が拡がりすぎると、貧乏人は金持ちに対する反乱を企てる。反乱に勝利した貧乏な大衆が支配権を握ったとき立ち上がる政治制度が民主国家だ。そしてプラトンは、こういう民主化は優秀者に支配された理想国家の堕落だと考えた。プラトンの師ソクラテスを死刑に処したのが民主国家だったことからもわかるように。

民主主義の建前めいた美しい理想主義的考え方は、したがって、凡人たちの嫉妬の正当化とも言える。近代民主主義の画期性は、甘い建前をただの建前に留めず、かといって建前を本音にするように人を洗脳する無理ゲーに挑むのでもなく、皆が合意したということになぜかなっている社会契約として、建前を規定のルールにしてしまった点にある。

暴れ馬・資本主義をなだめる民主主義という手綱・・・その躁鬱的拮抗が普通選挙普及以降のここ数十年の民主社会の模式図だった。資本主義はパイの成長を担当し、民主主義は作られたパイの分配を担当しているとナイーブに整理してもいい。単純すぎるが、単純すぎる整理には単純すぎるがゆえのメリットがある。

引用:22世紀の民主主義

「民主主義」をこんな風に考えたことはなかった。

というか、「民主主義」について突き詰めて考えたことがなかったことに気づかされたと言ってもいい。

しかし、そんな私たちの世代には当たり前だった「民主主義」が最近変だと感じる人も多いだろう。

暴言を吐き続けるトランプさんが大統領になったり、イギリスが国民投票でEUを離脱したり、どうしてこんなことが起きるのかと耳を疑うような出来事が世界各地で起きるようになった。

もちろん昔の民主主義も酷かった。

大衆というのは得体の知れないものであり、一貫性がなく、目の前の利害に左右される傾向がある。

それでも、「どちらとも言えない」として中間に収まる傾向があった。

ところは最近はどうだ。

保守派もリベラル派も両極端に走ってしまい、どこの民主国家でも社会の分断が顕著になった。

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インターネットの普及とソーシャルメディアの出現が大きな要因だとは思っていたが、成田さんは著書の中で今の時代を「民主主義の失われた20年」と捉え、21世紀に入ってからの民主主義の変容について分析している。

民主主義的な国ほど、今世紀に入ってから経済成長が低迷し続けている事実を指摘し、2000年前後から始まった世界の変化を振り返りながら民主主義が劣化した原因を分析していくのだ。

私にとって示唆に富む内容だったため、長々と引用させていただくことにする。

1960〜90年代には、すでに豊かな民主国家の方が貧しい専制国と同じかより高い成長率を誇っていた。特に一人当たりGDP成長率を見てみると、1990年代までは、「すでに豊かな国ほど成長率も高い」という傾向があった。

「一つ確かなことがある。これ以上確かなことはないほどだ。富める者はますます富む。貧しい者に増やせるのは子供くらいさ」(スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』)

優越感に満ちたギャツビーの言葉のような平時の資本主義の経験則が、20世紀までは通用していた。確かに、民主国家では法の支配が行き渡って財産権もちゃんと保障されている。その安心感があれば、偉い人や怖い人が突然出てきて財産を没収されるのを恐れず投資や事業に専念できる。結果として民主国家ほど経済成長が生まれるのももっともだ。この筋書き通りのことが前世紀までは起きていた。

この傾向が21世紀の入口前後のどこかで消失し、貧しい専制国が豊かな民主国家を猛追するようになった。政治制度と経済成長の関係が根本的に変質したことになる。この意味で、民主主義の失われた20年は、20世紀には見られなかった、21世紀特有の現象である。

悪いニュースは続く。20年にわたって病に蝕まれてきた民主主義に、さらに一撃が加わった。コロナ禍である。自由の女神が見守るニューヨークで、コロナ死者の遺体が積み上げられた光景は記憶に新しい。

一方で、中国は初期にコロナ封じ込めに成功した。さらに面白いのは、中東やアフリカなどの貴族主義的だったり軍事主義的だったりする非民主国も、コロナを抑え込めた場合が多いということだ。

なぜ民主主義は失敗するのか? 2019年まで欧州委員会の委員長だったジャン=クロード・ユンケルはささやいたことがある。「何をすべきか政治家はわかってるんだ。すべきことをしたら再選できないこともね」。何をすべきかわかっていないバカな有権者が民主主義を蝕んでいるというこの観念が、亡霊のように世界の半分を覆っている。太古から私たちを悩ませてきた衆愚論の亡霊だ。

だが、ちょっと慎重になろう。衆愚論だけでは実は説明になっていない。すでに述べたように、20世紀の後半までは、民主国家の方が早く豊かになり、豊かになったあとも高い経済成長率を誇っていた。実際、中世から20世紀までの数百年間の経済成長には民主主義的な政治制度がいい影響を与えたことを示す様々な研究がある。乳幼児死亡率などの公衆衛生指標に対しても、民主主義的な政治制度(特に公正な選挙の導入)が歴史的にいい影響を与えてきたことが示されている。公正な選挙があると政治家が社会的弱者のニーズに敏感になるように仕向けられ、結果として多くの市民の公衆衛生が改善するという説明だ。

20世紀までのこの経験則を考えると、もともと富んでいた民主国家の経済が今世紀に入って停滞し始めたのには、衆愚論を超えた理由があるはずだ。「大衆はバカだから」を超えた今世紀固有の民主主義に失速の理由だ。真の理由を炙り出すため、まず民主主義の失われた20年がどんな時代だったかを振り返ってみよう。

民主主義の失われた20年がはじまった2000年前後は、偶然か必然か、世界経済を牛耳ることになる独占ITプラットフォーム企業が勃興した時期と重なる。アマゾンの創業が1994年、グーグルが誕生したのは1998年だ。日本でも、ライブドアやヤフージャパンの創業が1996年、楽天の創業が1997年、NTTドコモの i モードの立ち上げが1999年、LINEの創業が2000年だ。

その直後に同じくらい重大な、しかしあまり目立たない出来事が起きている。もう一つのその後のスーパーパワー中国のWTO(世界貿易機関)加盟である。一見すると地味なこの出来事は、しかし、世界経済に強烈が衝撃を与えたと考えられている。

ここ20年でアメリカの製造業が失墜して数百万人以上が失業した。その大きな部分は中国のWTO加盟とその後の中国貿易の爆増によって説明されるという研究がある。中国のWTO加盟が象徴する「中国ショック」が、アメリカでかつて製造業労働者たちが形作っていた「中産階級」から職を奪い、格差と分断を拡大、結果として2016年のトランプ大統領誕生の遠因になったと示している研究さえあるほどだ。

中国の影響力爆増と並行して、ITプラットフォーム企業の生態系も深化した。2005年頃には第二世代のFacebook、YouTube、Twitterなどの企業が生まれ、SNS・ソーシャルメディア革命が立ち上がった。日本でも、mixi は2000年代後半に日本市場を独占したSNSで、当時は「mixi がある日本でFacebookが成立するはずがない」と真顔で語られた。

そして危機が襲う。2008年のリーマンショック(金融危機)の時期は、民主国家の経済的失敗が特に目立った年だ。経済的危機に陥った国はことごとく民主国家で、民主 vs 非民主国家の経済成長率の差が最も開いたのが2009年だった。

実はリーマンショックだけではない。過去2000年間の世界中の国々を対象にした分析によると、民主国家ほど金融危機が起きやすい。銀行の取り付け騒ぎや閉鎖・合併・国有化などの危機だ。様々な機関や世論がお互いに監視し合うせいで、対応が後手後手に回ることがその原因だという。

危機は続く。直後の2010年から起きた、アラブの春である。日本ではほとんど忘れられているが、インターネットや携帯・スマホを媒介にした中東・北アフリカの多国籍民主化運動で、世界的注目を浴びたものの1年足らずで見事に失敗。むしろ逆流して、専制政権の強化や内戦の勃発に終わってしまうという悲劇が起きた。

ネットと政治の化学反応はその後もさらに激化し、2016年のイギリスのEU離脱(Brexit)を決めた国民投票とトランプ大統領誕生で爆発する。そしてコロナ禍が訪れる。過去数十年間、これらの出来事の洗礼を浴びながら、民主国家は一貫して経済面で痙攣しつづけてきた。

代議制民主主義が緊急事態に弱いという観察は昔からされてきた。だが、ここまでの分析からわかるのは、民主主義の失われた20年はコロナ禍やリーマンショックのような非常時だけの現象ではないということだ。それ以外の通常時にも民主主義は痙攣しつづけてきた。有事にも平時にもだ。

では、21世紀の最初の21年間の一体何が、民主国家を失速させたのだろうか? 先ほどの21世紀の回想とデータからヒントが浮かび上がってくる。インターネットやSNSの浸透に伴って民主主義の「劣化」が起きた。閉鎖的で近視眼的になった民主国家では資本投資や輸出入などの未来と他者に開かれた経済の主電源が弱ったという構造だ。

「劣化」という言葉がメディアを踊るようになって久しい。「民主主義の劣化」「社会の劣化」・・・日本だけではない。欧米でも似た懸念がこだましている。

だが、「民主主義の劣化」とは一体何なのか? 民主国家における表現や報道の自由が落ち込んだという懸念が語られることがある。そして、ここ20〜30年の情報・コミュニケーション技術革命で、「民主主義」の中で起きる情報流通や議論・コミュニケーションが、大きく変わったと言われる。ざっくりと言えば、政治がウェブとSNSを通じて人々の声により早く、強く反応しやすくなった。そのことで、人々を扇動し、分断するような傾向が強まったという懸念である。

確かに、政治がテレビやSNS上のPVゲームにむしばまれ、無闇に過激化しているという印象は強い。象徴的なのは、トランプ元大統領や、南米やヨーロッパの「ミニ・トランプ」のようなリーダーたち。仮想敵を仕立てあげてこき下ろす言動や、非科学的だが胸躍る発信で大衆の耳目を集めると知名度が上がるので、選挙にも勝ってしまう。

発言や指針が正しいかは二の次で、顔が映りつづけること、見出しになりつづけることが大切だ。落下ギリギリのところまでどれだけ耳にこびりつく極端な発言をくり出しつづけられるか、政治家たちはチキンゲームに興じている。

とはいえ、これだけだと印象論やエピソードでしかない。お気持ちだけでなく実態を掴むため、データも見てみよう。先ほど分析した民主主義指数の開発もしている「多種多様な民主主義(V-Dem)」プロジェクトは、民主主義と専制主義の現状を様々な指標で定点観測するデータを世界中の国を横断して収集している。

V-Dem のデータからわかったことがある。今世紀に入ったあたりから、民主主義の背骨をなす構成要素が崩れはじめているという事実だ。次のような民主主義への典型的脅威を考えよう。

  1. 政党や政治家によるポピュリスト的言動
  2. 政党や政治家によるヘイトスピーチ
  3. 政治的思想・イデオロギーの分断(二極化)
  4. 保護主義的政策による貿易の自由の制限

まず、これらすべての脅威が今世紀に入ってから世界的に高まっていることがわかった。この傾向は2010年以降、特に顕著である。面白いのは、1〜4のような民主主義への脅威の高まりが、もともと民主主義的だった国で特に高まっていることだ。

つまり、民主主義的な国であればあるほど民主主義への脅威が高まっている。この傾向はアメリカだけでなく民主国家全般に見られる。というか、アメリカは外れ値でもなんでもない平均的事例で、ドイツなど他の民主国家でこそより極端に民主主義の劣化傾向が見られる。古き良き民主国家の民主主義は確かに劣化しているようだ。

引用:22世紀の民主主義

21世紀に入ってから進む「民主主義の劣化」の原因は、やはり巨大ITプラットフォームの誕生とSNSの普及、そして中国のWTO加盟ということになろうか。

結論としては驚きはしないが、そのロジックの展開はなかなか刺激的だ。

そして、成田さんが分析に用いた「V-Dem」というプロジェクトに興味を覚えた。

「V-Dem」は、2014年に立ち上げられた国際的なプロジェクトで、本部はスウェーデンのヨーテボリ大学に置かれている。

様々な最新データと独自の指標を用いて世界各国の民主主義を分析し、毎年「Democracy Report」を発表するほか、全ての論文やデータ、グラフィックツールをサイト上で公開し誰でも自由にダウンロードすることができるそうだ。

たとえば、成田さんが著書の中に引用していたグラフ。

民主主義が進んだ国ほど今世紀に入ってからの経済成長率が低いという主張のもととなっているデータだ。

こちらも著書の中で引用されているグラフで、民主主義の度合いが高い国ほど政治家によるポピュリスト的言動が増えていることを示している。

私たちが肌で感じている違和感をこうして数値化して見せようという試みには興味がある。

ポピュリスト的な言動は、与党以上に野党で目立つ傾向がある。

ヨーロッパのように移民排斥を訴える極右の台頭こそまだないものの、日本でも野党からは消費税の引き下げや国民に現金をばら撒くような無責任な政策が後を絶たない。

昭和の時代にはタレント議員が横行したが、これに代わって今では極端な主張をするポピュリストが一定の有権者の支持を集めているのだ。

民主主義に扇動はつきものである。

でも、中国のような政治体制と比べれば、どんなにダメでも日本の民主主義に方がまだマシに思える。

『民主主義は最悪の政治形態である。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば』

成田さんの著書にも取り上げられているこのチャーチルの名言が、妙に心に突き刺さった。

<吉祥寺残日録>私が生きた時代👀 60年代の英雄も今や老害!「シルバー民主主義」をぶっ壊す方法は選挙制度の革命 #220819

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