<吉祥寺残日録>武蔵野市の住民投票条例、市民そっちのけでの大騒ぎ #211204

我が家の郵便受けにこんなチラシが入っていた。

「“住民投票条例”必要?」というタイトルがつけられたこのチラシ。

市政に関心のない人には「何のことやら」とにわかに理解できないかもしれないが、先の武蔵野市長選挙で再選を果たした松下玲子市長が議会に提案したこの条例案をめぐって、今「右」と「左」の激しいバトルが繰り広げられているのだ。

問題となっているのは、3ヶ月以上武蔵野市に居住している外国人にも日本人同様の投票権を与えることだ。

この条例案が発表されると、産経新聞を中心に保守派メディアから激しい批判の声が上がった。

反対派の主張は武蔵野市の住民投票条例は事実上の「外国人参政権」へとつながる危惧があり、安全保障上危険であるというものだ。

我が家に配られたチラシも一見穏やかそうに見えるが、発行した「武蔵野市の住民投票条例を考える会」の代表である金子宗徳という人物を調べてみると、かなり「右」側の人であることがわかる。

里見日本文化学研究所所長、月刊『国体文化』編集長、亜細亜大学非常勤講師、日本国体学会理事。靖国神社崇敬奉賛会青年部「あさなぎ」理事を2011年3月から15年2月まで務める。

出典:ウィキペディア

金子氏は、自らを「日本国体学の第一人者」と称している。

「日本国体学」という言葉は初めて耳にしたので調べてみると、意外な事実がわかった。

日本国体学会(にほんこくたいがっかい)は、法学博士の里見岸雄が創設した保守・民族主義系の学術研究団体で、東京都武蔵野市の宗教法人立正教団の本部敷地内にある里見日本文化学研究所に事務局を置く。里見が創唱した日本国体学に基づく啓発運動を展開し、戦前の思想界に大きな影響力を持った。現在でも、機関誌『国体文化』を刊行するほか、有識者などを招いた定例講演会や学術研究大会などを開催している。

出典:ウィキペディア

何と、日本国体学会の本部がここ武蔵野市にあるというのだ。

「国体学」を興した里見岸雄は、満州事変を主導した石原莞爾に大きな影響を与え、大東亜共栄圏のスローガンとなった「八紘一宇」という言葉を生み出した田中智学の三男である。

日蓮主義から生じた田中の思想は戦前の日本で侵略戦争に利用されたが、田中自身は戦争には反対だったという。

「国体学」なる学問が果たしてどんなものなのか、田中智学・里見岸雄の生涯も合わせて、この機にちょっと調べてみたくなった。

さて、話を最初のチラシに戻すと、ちらしの裏には条例の廃案または継続審議を求める署名欄が印刷されている。

条例に反対する理由について、住民投票は市町村合併など根幹にかかわる事項に限定すべきであり、武蔵野市の現状では住民投票制度をあらかじめ設ける必要性に乏しいことや、コロナ禍で進められている条例の検討過程に問題があることなどと合わせて、外国人に投票権を与えることの問題点に関しても次のように指摘してあった。

条例案では外国籍を含め3ヶ月以上住民基本台帳に登録されれば投票権が付与されるため、選挙の有権者と、住民投票の投票者が異なります。日本国籍を有する住民による選挙で選ばれた代表者であることが二元代表制のよりどころであり、有権者と異なる投票者による意思決定を反映することは二元代表制の補完にはならず、むしろ議会の機能低下につながりかねません。加えて、住民投票の目的を「意見表明」とするならば、発議の条件や対象が限られた住民投票制度ではなく、外国籍住民を交えた意見交換会や住民アンケートなどの手法の方が適しています。

外国籍の住民の意見を汲み上げるのが目的であるならば、住民投票とは別の方法の方が適しているというのは一理ある気もする。

「武蔵野市の住民投票条例を考える会」では、この署名簿を回収するためにこの週末キャラバン隊が市内を回るという。

今日は、この運動を支援するという別の人からのチラシもポスティングされていた。

今月中にも市議会で採決が行われるかもしれないというので、反対派の活動が活発化しているようである。

それにしても、なぜ市長は住民投票条例にこだわっているのだろう?

松下市長のフェイスブックにはこんな投稿があった。

松下市長によると、目指している住民投票は「市民自治の更なる推進を目的として、二元代表制を補完するもの」だそうで、「住民投票の結果を市長や議会は尊重する、諮問型の住民投票」なのだそうだ。

武蔵野市は伝統的に市民運動が活発な街で、市民運動出身の菅元総理の地元。

松下市長も松下政経塾から民主党公認で東京都議会選に出馬して、菅さんの支援も受けて当選、都議会議員を2期務めた市民派である。

先の市長選挙でも、自民党公認候補に倍以上の差をつけて圧勝した。

武蔵野市とは、そういうリベラルな土地柄なのである。

とはいえ、松下市長が掲げる「諮問型の住民投票」が何なのか、私もよく理解していない。

武蔵野市のホームページを見ると、これまでの経過が書かれてあった。

 令和2年4月1日に施行された武蔵野市自治基本条例第19条の規定に基づき、本市における市民自治のさらなる推進を目的として、二元代表制を補完する常設型の住民投票制度を確立するため、武蔵野市住民投票条例(仮称)の制定に向けた検討を進めています。
 本市における住民投票制度のあり方については、武蔵野市の自治全体を俯瞰して検討した「武蔵野市自治基本条例(仮称)に関する懇談会(以下「懇談会」という。)」の中で、その他のさまざまな自治の仕組みとあわせて、多くの時間をかけて議論されてきました。
 住民投票制度を検討するにあたっては、この懇談会での議論の中で大きな方向性が出されていることや、さまざまな意見が出されていることから、これらの議論の内容を基本的な前提としながら、自治基本条例の制定過程の中で市民や市議会議員からも住民投票に関する多くの意見をいただいていることを踏まえ、これらの意見も十分に参考にしながら検討を進めてきました。

引用:武蔵野市ホームページ

要するに、この住民投票への流れは私が武蔵野市に引っ越してきた2016年から始まっていて、去年4月に施行された「武蔵野市自治基本条例」の中にも住民投票に関する規定が盛り込まれていることを初めて知った。

武蔵野市自治基本条例は、「武蔵野市がこれまで培ってきた、市民参加や市政運営のルールを「武蔵野市の自治」として未来にわたって継承し、発展させていくために条例として明文化したもの」だそうで、その第19条にはこう書かれている。

第19条 市長は、地方自治法第7条第1項の規定による廃置分合又は境界変更の申請を行おうとするときは、住民投票を実施しなければならない。

2  前項に定めるもののほか、市長は、市政に関する重要事項について、武蔵野市に住所を有する18歳以上の者のうち、別の条例で定めるものの一定数以上から請求があったときは、住民投票を実施しなければならない。

3  市は、別に条例で定めるところにより成立した住民投票の結果を尊重するものとする。

4  市長は、住民投票の成立又は不成立にかかわらず、その結果を公表するものとする。

5  前各項に定めるもののほか、住民投票について必要な事項は、別に条例で定める。

出典:武蔵野市自治基本条例

問題は、こうした流れで進められてきた過程でどのような議論がなされたのかということだ。

今年8月に公表された「住民投票条例素案」を見ると、その一端がわかってきた。

懇談会においては、本市における住民投票制度導入の可否から議論されました。住民による住民投票の発議については、地方自治法に基づき有権者の50分の1以上の署名があれば市長に条例制定を請求できますが、これを議会が可決しないと住民投票は実現しません。市政運営は、二元代表制として住民からの信託を受けた市長と議会が、責任を持って行っていくということを大前提としつつ、しかしながら市政運営に係る全ての案件を住民が選挙により市長と議会に白紙委任しているわけではありません。個別の問題や事柄において、市長と議会がどうしても市民全体の意向と違う方向を向いているという状況が今後起こらないとも限らず、もしそのような状況となった場合にも、議会が可決しないと住民投票が実施されないという現行の法制度については、本市の自治の推進を鑑みた場合には不十分ではないか、という議論がなされました。その結果、実施の要件としての必要署名数については、有権者の50分の1よりも多い数で一定以上の厳しさを持ったものと設定したうえで、議会の議決を要せずに住民投票の実施を可能とする常設型の住民投票制度を本市において設けるべきであるという方向性が示され、これに基づき自治基本条例第19条において住民投票が規定されたという経緯があります。
したがって、本市における住民投票制度は、あくまでも市民自治の推進を目的としているものであり、例えば市長や議会がこの制度を使って住民投票を行うことは、その趣旨から外れるものであること、そしてこの制度は二元代表制を補完するものとして、住民にとっていざというときのための伝家の宝刀としての役割を持つものであり、この制度が存在することで、市長と議会がともに住民の信託に応えるためのより一層の努力を行っていくことが期待されるものと位置付けているものです。

出典:住民投票条例素案

つまり、市長や議会の決めたことに納得できなければ、市民がそれを正すために議会の承認を得ずに住民投票が実施できるようにしようという考え方らしい。

かつて労働運動や学生運動が華やかなりし頃に青春時代を送った人たちが今も市政に大きな影響力を持っている街、それが武蔵野市なのである。

本来は「政治への市民参加」ということが趣旨であり、それに特段異論はないが、外国籍の住民にも投票権を与えると決めたことから市外の「愛国的」な人たちから批判が巻き起こった。

自民党の保守派から右翼団体まで反対の声を挙げ、気をつけて見れば、普段は穏やかな吉祥寺の街もにわかに騒がしくなったようにも感じる。

ではなぜ、外国籍の人にも投票権を与えようということになったのか?

「住民投票条例素案」の中に、その理由が書かれていた。

  • 一般的に地方自治の本旨とは「住民自治」と「団体自治」の二つの要素からなり、団体自治については主に地方自治法で規定されている一方で、住民自治についての規定は限定されています。これは、各自治体の裁量の中でそれぞれの自治体の実情に応じた形で自治のルールを定めることを許容するものと考えられています。本市の住民自治のルールを定めた自治基本条例では、「市民」の要件に国籍の要素はありませんので、外国籍の人も「市民」に当然に含まれます。よって、本市の住民投票制度においては、投票資格者に外国籍住民を含めることとします。このことは、国の投票制度と本市の住民投票制度は別個のものであることを前提としつつ、国の投票制度で想定されていない部分を本市の自治のルールの中で補完するという意味合いを持つものと考えます。
  • また、本市では、第六期長期計画のなかで武蔵野市の目指すべき姿の実現に向けたまちづくりの基本目標のひとつに「多様性を認め合う支え合いのまちづくり」を掲げています。「誰もが安心して住み続けられるよう、一人ひとりの多様性を認め合う、誰も排除しない支え合いのまちづくりを推進する」ためには、外国籍住民も投票資格者に含めることが必要であると考えます。
  • 懇談会において、「国益に関するようなものについて住民投票が行われることとなった場合に問題になる可能性はある」という意見が挙げられましたが、外国籍住民に限らず、特定の集団だけで投票結果に影響を与える事態に陥らないよう、請求要件(必要署名数)や成立要件を設定することとします。
  • また、他自治体でみられる在留期間等の追加の要件について、本市においては、外国籍住民にのみ在留期間などの要件を設けることには明確な合理性がないと判断し、適法に在留資格を認められ本市に住民登録のある外国籍の人については、日本国籍を有する住民と同じ要件とすることが妥当であると考えます。
  • 骨子案で示した「外国籍住民も投票資格者に含める」という市の考え方に対して、パブリックコメント及び市民意見交換会で様々な意見が寄せられました。また、無作為抽出市民アンケートを実施したところ、賛成が 73.2%、反対が 20.5%でした。

要するに、「住民自治」に関しては法的な規定が明確ではないため、各自治体の裁量でルールを決めることができ、武蔵野市の場合には「多様性を認め合い、誰も排除しないまちづくり」を進める観点から外国籍住民にも投票権を与えることが必要だということのようである。

個人的には多様性を認めるまちづくりには賛同するが、わざわざ常設の住民投票条例を今作ろうという「左」側の人たちの意図も今ひとつよくわからない。

住民投票にかけようとしている具体的なテーマが見えないだけに、何が真の狙いなんだろうと勘繰りたくもなるのだ。

紅葉目当てに多くの人で賑わう井の頭公園。

ここで午後から条例反対の集会が開かれるというので、様子を見に行ってみた。

井の頭池周辺はのどかないつもの週末の風景だ。

大きなカメラを持ったおじさんたちが集まる怪しい集団がいるなと思ったら、モデルの女の子を取り巻いて撮影会をやっているようだ。

野外ステージのベンチにも大勢の人が腰かけていて、コロナ禍にしてはかなりの人出である。

井の頭池を通り過ぎて神田川沿いに東に歩く。

井の頭線のガードをくぐると、その先にゲートのようなものが作られ、たくさんの警察官が立っているのが見えた。

ここは私がいつも散歩する遊歩道だが、ゲートを通り抜けようとすると警察官から呼び止められた。

「どちらまで行かれますか?」

私が「いつもの散歩道だ」と答えると通してくれたが、私の後ろから来た集会参加者と思われる男の人は複数の警察官に行く手を遮られて抗議していた。

ベンチでくつろぐおばあさんたちの向こうに、条例に反対する人たちの姿が見えた。

「日本第一党南関東」という団体が主催する集会で、集まっているのは数十人ほどだろうか。

私も警視庁担当の記者時代、右翼や左翼の集会を取材したことがあるが、当時と同じく集会に集まる人の数の数倍の警察官が周囲をぐるりと取り囲んでいる。

「日本第一党」はヘイトスピーチで悪名を轟かせた「在特会」の初代会長・桜井誠氏が作った政党であり、公安警察の調査対象となっている団体だ。

普段ならば、集会が行われている三角広場を通って井の頭公園駅の方へ抜けるのが私の散歩コースなのだが、今日は「夕やけ橋」の手前に大量の警察官が立ちふさがっている。

「この先行けないんですか?」と警察官に聞くと、「この先にお住まいの方以外はご遠慮いただいています」との答えが返ってきた。

三角広場に通じるすべての道が警察によって通行止めにされていて、その物々しさは尋常ではない。

警察が警戒しているのは、右翼の活動そのものというよりもこれに対抗する左翼系の人たちとの衝突である。

「在特会」がヘイトスピーチを繰り返していた頃には「しばき隊」と呼ばれる対抗勢力が登場し、両者はいつも衝突していた。

一般市民が知らないところで、少人数の「右」と「左」の人たちがぶつかり合うという構図は私が現場で取材していた頃からほとんど変わっていない。

警備にあたる警察関係者もご苦労なことだが、言論の自由が認められている以上、いろんな意見の人たちは常に存在するのだ。

吉祥寺の魅力は昔から多様性であり、お店でも多くの外国人が働いている。

外国人が経営するお店もたくさんあって、税金も納めているのだろう。

こうした人たちを武蔵野市の一員として認めようという点では、条例の趣旨は理解できるが、果たして3ヶ月という短期居住者にも権利を認めるのが妥当かどうかという疑問もある。

ただ、安全保障政策を担う国ではなく、自治体レベルであれば街に個性があることは良いことだと思う。

今後この条例がどのように運用されるのかがわからないので諸手を挙げて賛成ともいえないが、少なくともこの程度の裁量権は自治体に認められるべきだと思うし、ポストコロナの日本社会でこれまでよりも地方分権が進むことを私は願っている。

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