<吉祥寺残日録>日経平均1200円下落!官僚接待問題と労働分配率に感じる強い違和感 #210227

2月最後の東京市場は、今年一番の下げに見舞われた。

日経平均株価は1日で1200円余り下げて、2万9000円台を割り込んだが、特に何の驚きもない。

金利の上昇をきっかけに、コロナ景気の収束が意識されたというが、まだこの位ではのぼせた頭は冷えないだろうと私は思っている。

ただ、急落局面では必ず買い支えていた日銀が、このところETF買いを入れなくなったと市場関係者を慌てさせているともいう。

いっその事、一気に2万5000円ぐらいまで下げた方が、経済への悪影響が避けられるだろうと思うのだが、おそらくそうはならないだろう。

いずれにせよ、東京市場の行方を握るのは、私たち日本人ではなくアメリカを中心とした海外の投資家なのだ。

先日、2003年に放送された「司馬遼太郎「アメリカ素描」を行く」という番組の再放送を見た。

司馬遼太郎さんは、初めてアメリカを訪れた『アメリカ素描』の中で、こんなことを書いているという。

当たり前のことを言うようだが、世界の通貨はドルを基準として価値を決められている。アメリカとは何かということを一言で言うなら、このことに尽きるのではないか。

私どもは、日本の円をドルに替えて街を歩いている。ポケットの中のドル紙幣や硬貨が同時にこの国の国内通貨であることが、当たり前のことなのにおかしい。

とにかくウォール街に行くことにした。この広からぬ界隈が世界最大の国際金融市場なのである。世界中の金がここへ流れ込み、ここから出ていく。昼間50万人がここで働いている。いわばアメリカの中のアメリカである。

アメリカでは銀行が証券会社の要素を持ち、証券会社が銀行の要素を持っているという。また、保険会社にとっては、客から金を集めるのは当然の業務ながらそれは半分の性格で、後の半分は投機をやる。

三者とも投機をするためにこそウォール街にオフィスを置いているのである。博打でありつつも損をしないシステムを開発しては、それへ金を賭け、金によって金を生む。アメリカは大丈夫だろうかという不安を持った。

資本主義というのはモノを作ってそれを金にするための制度であるのに、モノを次第に作らなくなっているアメリカが、金という数理化されたものだけで将来それだけで儲けていくことになるとどうなるのだろうか。滅びるのではないかという不安がつきまとった。

引用:司馬遼太郎「アメリカ素描」

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司馬さんがこの本を出版したのは1986年。

レーガン大統領の下で、「レーガノミクス」と呼ばれた金融資本主義が台頭してきた時代で、日本経済はこの後空前にバブルに沸いた。

あれから35年。

司馬さんが指摘した「モノを作らない資本主義」は、他の先進国でも当たり前になった。

当時、「ジャパン・アズ・ナンバー1」ともてはやされ、「ものづくり大国」とも呼ばれた日本も、その後進んだ円高によって、国内ではモノを作らなくなり、やがて自分たちではモノが作れなくなってしまった。

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アメリカはといえば、司馬さんの心配をよそに金融資本主義を膨張させ、さらに巨大IT企業を次々に生み出して、グローバリゼーションの波に乗って、圧倒的な競争力を身につけた。

アメリカに富をもたらしたのはモノではなく、情報であり、世界中から流れ込んだマネーを使って、金が金を生む新たな資本主義を完成させていった。

そうして出来上がったのが、今の世界だ。

その間の日本はといえば、新たな産業も国際企業も生み出すことができず、国内でマスクもワクチンも作れない国に成り下がってしまった。

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日本に代わって、「世界の工場」としてものづくりを一手に担ったのが中国である。

今や中国なしには何も作れない、そんな先進国の実情が今回のコロナによって白日のもとに曝された。

中国は、徹底的にアメリカを真似、自国に進出した外国企業に技術移転を強要して、最先端の技術力を身につけた。

国内に巨大IT企業を作り出し、国策としてAIや自動運転、宇宙開発や脱炭素いった次世代の覇権争いに先手を打って取り組んでいる。

13億人の巨大市場で誘惑し、各国企業が経済的に中国離れができないようにした上で、今後は言語と通貨で巨大な中国経済圏を世界に広げようとするだろう。

アフリカでの中国語教育や留学生の大量受け入れ、デジタル人民元によるスマホ決済は、英語とドルを武器とするアメリカの覇権を揺るがす日がきっと来るだろう。

その時、日本はどうするのか?

しかし、日本は呑気なものだ。

国会でもっぱら議論になっているのは、公務員の接待問題。

総務省の幹部が菅総理の息子が勤める会社から度重なる接待を受けていたとして11人が処分され、すでに総務省を辞めて内閣広報官となっていた山田真貴子氏は給与の6割を自主返納することで責任をとることとなった。

菅総理は、山田氏を続投させる意向で、これが野党の攻撃材料となっている。

関西など6府県の繰り上げ解除を決めた後、菅総理が記者会見を開かなかったことも「山田隠し」だと批判された。

内閣広報官は総理会見の司会を務める立場なので、山田さんを辞めさせた方がいいと私も思うが、かといって連日大騒ぎするほどの問題ではないと正直、強い違和感も感じている。

確かに、1人7万円の接待は額が大きいかもしれないが、民間であれば社長の会食でこの程度の金額は珍しいことではないだろう。

何よりも、この問題がどれほど国民生活にダメージを及ぼしたというのか?

それこそが、ニュースバリューを決めるポイントだと私は考える。

所詮は、利害関係者からの接待を禁じた公務員倫理規定違反に過ぎない。

接待の先にどんな汚職が存在したのか、肝心の部分はちっとも出てこなくて、ただ菅総理の息子を叩くことで菅政権のイメージダウンを狙っているパフォーマンスのように見える。

現役時代、接待が大嫌いだった私は、公務員の接待などしたことはないが、部署によっては芸能プロダクションや様々な取引先との会食はせざるをえなかった。

サラリーマンであれば、望むと望まないとに関わらず、誰でも仕事上の会食はあっただろう。

芸能界との付き合いは私には苦痛でしかなかったが、彼らから招待される時は、かなりの高級店が多かった。

一度招かれれば、次はこちらからお返しするのが慣しであり、相手に合わせてお店も選ばないといけない。

「会食はあくまで懇親の場だから、具体的な仕事の話などしないのが礼儀だ」と教えられ、一般的な情報交換で終わることがほとんどだった。

高級官僚が倫理規定を破って利害関係者と飲食を繰り返していたのはもちろん問題だし、野党が菅政権を追い詰めるために菅さんの息子をことさら大事件のように騒ぎ立てるのもわからなくもないが、メディアが野党と同じ土俵で騒いでいるのはいささか違和感を感じる。

私が編集長だったら、もっと違う切り口を探すだろう。

たとえば、菅総理の息子が務める「東北新社」以外の同業者との会食は本当になかったのか?

個人的には、絶対にあったと思っていて、ひょっとするとテレビ局でも、放送免許の担当者やCS事業の担当者などは会食しているのではと気になっている。

農水省でも事件になっている鶏卵業者との会食で事務次官らの高級官僚が処分されたが、そんな会食は調べればどの官庁でも山のように出てくるだろう。

問題は、それによって公金が不正に使われたかどうかではないのか?

「東北新社」の問題を追及するならば、CS放送が始まった当初になぜ「東北新社」が放送免許を取得できたのかを追及すべきだろう。

もし、そこに菅さんとの癒着が関係していれば大いに騒ぎ立てるべきだ。

業者と官僚の癒着ということでいえば、厚生労働省のコロナ接触アプリ「COCOA」の開発企業こそをもっと追及されるべきだ。

「COCOA」の事業は、「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」と同様、『パーソルプロセス&テクノロジー』という企業に発注された。

「COCOA」も「HEY-SYS」もまったく役に立たないダメダメなシステムだが、問題はこの会社は元請けとして受注した後、その開発業務のほとんどを別会社に丸投げしていたことだ。

「COCOA」の開発費は3億9000万円、「HEY-SYS」の開発費は9億4000万円とされる。

人材派遣大手の「パーソル」は、様々な役所に入り込み、公共案件を山のように受注している企業の一つだ。

「電通」を筆頭に、公金に群がる企業はいくつもある。

世論の反発があっても来月から予定通り聖火リレーを始める裏には、きっと電通の事情も関係していると私は勝手に睨んでいる。

こうした公共案件で飯を食っている企業の担当者たちは、間違いなく高級官僚と頻繁に会食をし、太いパイプを持っているだろう。

なぜ今回、「東北新社」のようなさして大きくもない企業の接待がこれほどまでに騒ぎになっているかといえば、単に菅総理の息子がいたからにすぎない。

モリカケ問題とは、やはりレベルの違う問題だ。

メディアには、7万円の会食に目を奪われるのではなく、もっと大きな政策の歪みにメスを入れてもらいたいと思っている。

お金に絡んで、もう一つ、最近驚いたグラフがある。

これは25日の日本経済新聞に掲載された「破綻よそに高額報酬 資本主義、危機が問う進化」という記事の中に出ていた。

この記事は、21世紀になって大量雇用が不要なデジタル経済に軸足が移り、企業が生む利益が労働者に配分されなくなったと指摘している。

その結果として、企業が生んだ付加価値のうち労働者に還元される『労働分配率』が世界的に下がっているというのだ。

その記事に添えられていたのが上のグラフで、特に詳しい説明はされていなかったのだが、私が驚いたのは日本の労働分配率がフランスはもちろんアメリカよりも低かったことである。

あの「強欲資本主義の権化」のようなアメリカと比べても、日本企業は労働者に利益を分配せず内部留保をため込んでいる。

これこそ貧富の格差拡大の原因であり、由々しき問題だろう。

メディアは、なぜこうしたデータをもっと報じないのだろう?

NHK-BSの「英雄たちの選択」で、渋沢栄一の再放送をやっていた。

今年のNHK大河ドラマの主人公・渋沢栄一は多くの大企業を立ち上げ、日本社会に資本主義を持ち込んだ人物だが、その一方で「論語と算盤」の重要性を説き、貧民の救済を目指して「養育院」の運営に生涯勢力的に取り組んだという話をこの番組で知った。

困窮した人を放置したまま、安定した社会は作れない。

それは、歴史を見れば明白なことだ。

利益だけを求める剥き出しの金融資本主義と、目先の問題ばかりに目を奪われてその背後で進むより大きな社会の変化を見過ごしているメディア。

とても強い違和感を感じながら、最近のニュースを私は眺めている。

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