<吉祥寺残日録>憲法記念日に考える「日本の医療はなぜこんなに対応能力がないのか?」 #210503

今日は憲法記念日、メディア各社はそれぞれ憲法改正に関する世論調査の結果を発表した。

メディアごとに質問に多少の差があるが、憲法改正に賛成・反対の比率は概ね以下の通りだった。

  • 読売新聞   賛成56% 反対40%
  • 朝日新聞   賛成45% 反対44%
  • 毎日新聞   賛成48% 反対31%
  • NHK    賛成33% 反対20%   

全体的に憲法改正に肯定的な意見が増えている印象だ。

コロナ対策での課題や中国の軍事的脅威などを感じている人が多いのかもしれない。

「憲法改正」というと、これまでは9条改正の是非ばかりが議論され、イデオロギー論争のようになっていたが、もう少し幅広い議論が始まっている印象も受ける。

たとえば、共同通信が行った世論調査。

ここでは単に憲法改正に対する賛否を聞くのではなく、「新型コロナウイルスなどの感染症や大規模災害に対応するため、緊急事態条項を新設する憲法改正が必要か?」という聞き方で賛否を聞いた。

その結果は、必要と答えた人が57%、必要ではないと答えた人は42%だった。

私も緊急事態条項の必要性は感じているが、同時に権力者が濫用できないような歯止めが絶対に必要だと思っている。

憲法改正に関していえば、憲法の前文および9条1項は維持しつつ、今日の新たな課題に対応できるような憲法改正は必要だとの立場で、国民投票の際にはぜひ、改正案一括ではなく条文ごとに国民が賛否の意思表示ができるような決め方をして欲しい。

それが今の私の考え方だ。

さて、今日は憲法記念日に合わせて、日本の医療について少し考えてみたい。

この1年数ヶ月、日本のコロナ対策にはモヤモヤがつきまとった。

それでも、去年の今頃予想していたよりはずっと犠牲者は少ないまま推移してきたと言えるかもしれない。

中国のような強権も使わず、欧米並みのロックダウンも行わず、死者1万人程度で済んでいるのは日本人の真面目さの表れなのだろう。

だがこの間を振り返ってみると、私のモヤモヤ感の中心にあったのは常に日本の医療界の対応能力の欠如だった。

まず最初に感じたモヤモヤは、「なぜPCR検査をしないのか?」という疑問だった。

専門家からの答えは、大規模に検査をすると医療現場が混乱するという納得のいかない答えであり、今でも検査を受けたい人は民間のキットで勝手にやってという無責任な方針が継続されている。

やがて、感染者が増えると医療界からは「医療現場が逼迫している」「医療崩壊の寸前」という悲鳴が上がり、飲食店の営業自粛や人流制限の要請が乱発された。

しかし国民も馬鹿ではないので、「欧米諸国と比べて10分の1しか感染者がいないのにどうして医療崩壊するのか?」という素朴が疑問を抱く。

これに対して医師会などは何ら説得力のある回答をしないまま、ただただ国民に我慢を求めるばかりだった。

もちろん、最前線で患者の治療に当たっている医師や看護師の皆さんには最大限の敬意と感謝の気持ちを持っているが、何かがおかしいとずっとモヤモヤし続けてきたのだ。

メディアも同じような話を繰り返すばかりでなかなか私の疑問に答えてくれなかったのだが、日本経済新聞にちょっといい特集記事が出ていたので、今日はその記事を書き留めておこうと思う。

記事は5月1日と2日に掲載された『コロナ医療の病巣 機能不全の実相』というものだ。

1回目の見出しは『空き病床37万でも逼迫 「なんちゃって急性期」増殖』。

気になる部分を引用させていただく。

現在と同様に感染者が急増した昨年末、実は全国の一般病床と感染症病床を合わせた約88万9千床のうち約37万2千床(42%)は空いていた。コロナ禍のまっただ中なのに、2019年末より約3万床増え、病床使用率はむしろ低下していた。

年末年始は病院職員が休みを取り、人員が手薄になる。都内のある病院幹部は「自宅療養が可能な患者は退院させる。年間で最も空き病床が多くなる」と明かす。

当時、健康観察や治療が必要な感染者は約4万人。それを大きく上回る病床が使われないまま、年明けには2度目の緊急事態宣言に発展した。「ベッドが足りない」と悲鳴があがる一方で、大量の空き病床が発生する矛盾は、日本医療の機能不全を象徴する。

引用:日本経済新聞『空き病床37万でも逼迫 「なんちゃって急性期」増殖』

「空き病床が増えたのに、新型コロナ病床への受け入れが十分でなかった」。社会保障の将来像を議論した4月15日の財政制度等審議会の分科会でも非効率な病床運用が疑問視された。

分科会資料には「いわゆる『なんちゃって急性期』の病床のあり方を見直す必要」との記載もあった。

お堅い霞が関の資料にそぐわない記述は、救急患者や手術が必要な患者など高度で緊急性の高い医療を担う「急性期病床」を名乗りながら、実態は十分な診療体制を整えていない病院を問題視したものだ。これまで急性期向けの高い医療費を受け取りながら、コロナ患者などを積極的に受け入れない病院の存在が逼迫の温床になっている。

なぜこんな病床があるのか。全国約4分の1の病院が加入する日本病院会の相沢孝夫会長は「日本では、急変時などに対応する急性期病床だけではなく、回復期や高齢者向けの療養病床を併せ持つケアミックス(混合型)病院が多い」と指摘する。急性期と慢性期の両機能があり、転院なしで治療できる半面、急性期の対応力は劣る。

こうした病院は看護師1人が10人以上の患者を診る病床が多い。ハイリスクの高齢患者が多く、院内感染を恐れる意識も強い。

相沢会長は「コロナ患者を受け入れられるのは看護師1人に対して7人という手厚い病床。本当の急性期に使える病床は少ない」と話す。「7対1」病床は約34万床あるが、病院間の役割分担や連携が不十分で運用が非効率だ。通常医療に必要な病床もあり、コロナ用は約3万床から大幅な上積みはできずにいる。

引用:日本経済新聞『空き病床37万でも逼迫 「なんちゃって急性期」増殖』

『なんちゃって急性期』と言われても意味不明だが、要するに重度の患者を受け入れると言って高い医療費を受け取りながら実態が伴わない病院が多いということのようだ。

日本のベッド数は世界一などと数字を並べ、「日本では中国のような医療崩壊は起きない」と言っていたコロナ当初の専門家たちの言葉が忘れられない。

医療界の問題はまだまだある。

有効活用できないのは人材も同様だ。20年の入院患者数は前年より1割強減った。コロナ禍で手術を先送りしたり、急な治療を要しない患者が入院しなかったりしたためだ。都内のある大規模病院の院長は「感染症対応の医師や看護師らが疲弊する一方、入院が減った診療科は時間的余裕ができている」と明かす。

手の空いた医師らに手伝ってもらうこともできていない。院長は感染症が専門で現場を支えるが「専門外の医師を感染症対応に回すように強制できない」と頭を悩ます。

海外では専門外の医師も感染症専門医の指導のもと、軽症患者らを診る国もある。日本では臓器ごとに細分化された大学医局が専門医を育て、感染症を含めた幅広い分野を診る総合診療医の育成が遅れた。専門分野しか診察しない「縦割り」意識がある。

医師法は医師個人に「応召義務」を課し、求めがあれば診察しなければならない。ただ医療機関は対象外だ。厚生労働省は通知で医師の専門性や設備などから「事実上診療が不可能といえる場合、診療しないことが正当化される」と診療拒否を容認する。

診療報酬が高い急性期病床でも受け入れ義務はない。救急患者の搬送先が見つからない「たらい回し」と同じ現象が、コロナで頻発している。

中小病院が多く、医療スタッフが分散する日本。危機を乗り切るには公立病院や大病院に医療資源を集中すべきだった。だが今も「薄く広く」の非効率な運用が続く。医療の無駄を放置し改革を先送りした代償を、いま払っている。

引用:日本経済新聞『空き病床37万でも逼迫 「なんちゃって急性期」増殖』

私が通っているクリニックでも、この1年、明らかに患者が減った。

収入源で苦しんでいる医療機関も多いと聞く。

誰が考えても、医療資源や人材のミスマッチは明白なのだが、医療界全体をある程度の強制力を持ってオーガナイズする仕組みが日本には存在しないのだ。

続いてシリーズ2回目の見出しは『「患者より経営」の民間病院 転換促すのは政府』。

コロナ対応に非協力的な民間病院の問題、その主要部分を引用する。

コロナ対応を拒む民間病院は「施設の構造上、ゾーニングができない」ことを理由にあげることが目立つ。

日本の病院経営は脆弱だ。小規模病院が林立し、医療従事者が分散する。治療も経営も諸外国に比べて効率が悪く余力がない。病床の8~9割を入院患者で埋めてようやく利益が出る経営体質で、コロナ前でも全体の35%は赤字だった。

小規模・分散型で足腰の弱い医療体制に原因があるが、多くの病院がコロナ病床確保を見送る現状を許していたら、日本はパンデミック(感染大流行)を乗り越えられない。

コロナ対応で経営が悪化する現状は問題が多い。何倍も手厚い看護師が必要で、数床分の確保のために1病棟をつぶすこともある。感染を恐れる職員の離職、一般患者に敬遠される風評被害といったリスクも抱えこみ、経営は不安定になる。東京都内の総合病院(約120床)の院長は「クラスターが起きれば経営が成り立たない」と話す。

政府の資金支援も空回りしている。1床当たり最大1950万円支払う補助金に約2700億円を用意したが、申請は3月下旬時点で1600億円弱にとどまる。設備投資や看護師採用など準備段階でお金が必要だが、補助金は実際に病床を確保できてから支払われる。補助の確証がないまま投資を余儀なくされる。

経営不安を払拭する手立てを講じつつ、強力に病院の背中を押す仕組みが要る。焦点は非常時に民間病院の「経営の自由」をどこまで認めるべきか、だ。

医師育成に公費が投じられ、診療報酬は国民が払った保険料と税金が原資だ。緊急時の医療に協力する責務を負うはずだ。英国などは緊急時に医療機関や医療従事者を動員する仕組みがある。協力する医療機関との不公平感を解消するためにも政府は早急に検討し、背中を押す時だ。

人口あたりの急性期病床数は先進国で最多なのに、病床確保もままならない。飲食店などが感染防止の最前線に立つのに、公金で支えられた病院がコロナとの闘いから逃げる。この機能不全を直視しなければ危機の打開は難しい。

引用:日本経済新聞『「患者より経営」の民間病院 転換促すのは政府』

この問題こそが最大のポイントなのだろう。

日本社会でもっとも儲かる職業と考えられてきた医師。

しかし大病院の勤務医よりも開業医の方が上と見られ、開業医の方が儲かる仕組みができ上がっている。

これがコロナに対応できない最大の原因だと私は考えている。

近所の年寄りを集めて、たくさん薬を出して、なるべくリスクを取らずに利益を上げる、これが日本の医者のスタンダードだ。

安定した生活を営む開業医は子供も医者にして跡を継がせ、ツテも金銭もない医者が勤務医となる。

開業医は一国一城の主人なので、誰の言うことも聞かず、今回のような緊急時にも非協力的だ。

そんな開業医の業界団体が日本医師会であり、少し患者が増えるとすぐに「医療崩壊の危機」を口にして国民の行動自粛を要請するくせに、自らの責任を果たさないまま無駄に時間を使ってきた。

昔から医師会はその政治力を使って、自らの利益になる政策を実現してきたが、医師になるためには国家資格である医師免許が必要であり、高い公共性を持っているはずだ。

この程度の感染者数で医療崩壊するシステムはこの際根本から見直すべきだろう。

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憲法改正で、もし緊急事態条項を設けるのであれば、緊急時の医療関係者に対する義務も明確化してもらいたい。

その際に課題となるのは、医師よりも看護師など報酬の低い医療関係者の処遇だ。

特に感染症の場合、医療関係者に高いリスクを負ってもらわなければならない以上、危険手当を国民全体で負担する覚悟も同時に求められる。

自然災害には対応できると思うが、もし万一戦争という事態が起きた時には、どう医療を確保するのか?

考えれば考えるほど、解決すべき課題は積み上がるばかりだ。

まずは、現場のことを一番よく知る医療界が、国民に納得してもらえる案をまとめる必要があるだろう。

<吉祥寺残日録>憲法改正にコロナを悪用するな #200503

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