<吉祥寺残日録>少ない観客とビッグアーティストの祝福!バイデンの「平凡」はトランプの「麻薬」を中和できるか? #210122

史上最高齢の大統領は、見守る観客も少ない前例のない就任式に臨んだ。

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第46代アメリカ大統領ジョー・バイデン、78歳。

新型コロナウィルスの影響で最小限に絞られた招待客たちは、ソーシャルディスタンスを保って彼の宣誓を見守ったが、前任者であるトランプ前大統領の姿はなかった。

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通常ならば大勢の支持者で埋め尽くされる議事堂前の広場は立ち入り禁止。

群衆の代わりにたくさんの国旗が並べられ、トランプ支持者による妨害に備えて2万5000人の州兵が厳重な警備に当たった。

実に、寂しい就任式。

自己顕示欲の強いトランプ氏ならとても我慢がならなかった光景だろう。

しかし、それを受け入れたことそれ自体が、バイデンという政治家の人柄を何よりも表しているように感じた。

長年、上院議員を務めたプロの政治家ではあるが、彼は幼少期「吃音」で悩んでいたという。

ドモリが原因でいじめられたバイデン氏は鏡を見ながら必死でそれを克服し、高校時代には政治を志す。

憧れのケネディを目標に、政治家を目指したのだ。

「吃音」を克服した経験は決して諦めないバイデンの粘り強い性格を形作っただけでなく、同じ吃音に悩んでいた一人の黒人と友人になるきっかけを作った。

その友人を通じて黒人コミュニティとのつながりを持つようになったバイデンは、事前の予想を覆して29歳の若さで上院議員に初当選する。

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しかし当選から6週間後、突然の悲劇がバイデン氏を襲った。

妻と娘を交通事故で失ったのだ。

幼い息子2人は奇跡的に生き残り、バイデンは病院に泊まりこみながら電車でワシントンの議会に通った。

さらに悲劇は続き、2015年には後継者とみなしていた息子のボー氏を脳腫瘍で失う。

大きな挫折を何度も味わいながらそこから這い上がる諦めない心、それがバイデンという政治家の生き様だった。

長いキャリアの中で、何度も失敗を経験するが、その都度過ちを認め謝罪し、そこから這い上がってきたのだ。

バイデンさんには常識を覆すような独創性はないものの、前任のトランプさんとは真逆の「いい人」であり、人の痛みを理解する「良識人」であることは間違いないだろう。

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バイデンさんは、わずかばかりの聴衆を前に就任の演説を行った。

まず強調したのは「結束」である。

大統領に就任した今日、私の魂すべては、米国を一つにすること、国民を結束させ、国を結束させること、このことに向けられている。そして、国民の皆さんに、この大義に加わってくれるようお願いする。怒り、恨み、憎しみ、過激主義、無法、暴力、病、職と希望の喪失という共通の敵と戦うために結束すること。結束することで、素晴らしいこと、大切なことを成し遂げることができる。

融和の話をするのは愚かな幻のように聞こえるのは分かっている。だが、我々を分断する勢力は奥深く実在するものだ。また、新しくもない。 我々の歴史では全ての人が平等だとする米国の理想と人種差別の醜い現実との闘争が繰り広げられてきた。その対立は永遠に続き、勝利も確実ではない。

南北戦争、世界大恐慌、第2次世界大戦や2001年9月11日に起きた米同時テロなどの争いで、苦闘、犠牲や後退を経験しつつも、必ず私たちの天使が勝利した。十分に人が団結し、みんなが前進できるようにした。それは今、私たちにもできることだ。 歴史、信仰、そして理性が導かせてくれる。敵としてではなく、お互いを隣人として敬意を持って接することができる。我々は団結できる。怒鳴り合うのをやめ、緊張感の温度を下げよう。

トランプさんの演説と異なり、至って常識的で新味はないが、よく練られた原稿である。

「融和の話をするのは愚かな幻のように聞こえるのは分かっている」というフレーズは、まるでジョン・レノンの「イマジン」を聴いているようだ。

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そしてトランプさんが世界中にばらまいた「フェイク」についても多くの言葉を割いた。

我々を米国人として定義づける、米国人としての私たちが愛する共通の目標とはなにか。私たちは分かっていると思う。機会、安全、自由、品格、尊敬、敬意、そしてその通り、真実だ。ここ数週間、数カ月の出来事は我々に痛みを伴う教訓をくれた。真実があり、うそもある。権力と便益のためにつかれたうそだ。

そして我々各人が、国民として、米国人として、特に我々の合衆国憲法を尊重すると誓い、我々の国を守る指導者として、真実を守り、虚構に打ち勝つ義務と責任を負っている。私は多くの米国人が未来にいくぶんの恐れを抱いていることを分かっている。仕事のこと、家族を養うことを心配し、次に起こることに気をもんでいることを知っている。私は理解している。

だがその答えは内向きになることではない。派閥同士の競い合いになり下がってはならない。自分と行動が違う人、崇拝するものが異なる人、あなたと同じ情報源から情報を得ない人を不審に思うことではない。我々はこの不作法な、赤と青を対比し、地方と都市を隔て、保守とリベラルを分ける戦いを終わらせなくてはいけない。私たちが心を固く閉ざすことなく、開かれた精神を持てば、可能なはずだ。

こうした照れることなく理想を語る政治家が、日本からも出て欲しいと思った。

現実には、言うは易し行うは難しであろう。

それでも、国のトップリーダーの口からこうした理想が語られることの意義を私は信じたい。

バイデン新大統領は演説の最後で、国民にこう約束した。

我が同胞の米国民よ、神とすべての皆さんの前に約束する。常に皆さんに本当のことを話す。憲法を守る。民主主義を守る。米国を守る。権力ではなく可能性を、個人的利益ではなく公共の利益を考えて皆さんのために尽くす。そして共に、私たちは恐れではなく希望、分断ではなく団結、闇ではなく光の米国の物語を書き記す。礼節と尊厳、愛と癒やし、偉大さと寛容の米国の物語を。

トランプさんの名前は一度も出さなかったが、この言葉はすべてトランプ政治の否定を意味しているのは明らかだ。

「本当のことを話さなかった」のも、「憲法を守らなかった」のも、「民主主義を守らなかった」のもトランプさんだった。

「公共の利益ではなく個人的利益を考えた」のも、「分断と闇をもたらした」のもトランプさんだったからだ。

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トランプ政治からの脱却を明確に示すように、就任式を終えたバイデン新大統領はさっそく15件もの大統領令に署名した。

トランプ氏が就任直後に離脱を宣言したパリ協定への復帰、WHO脱退の撤回、連邦政府施設内でのマスク着用義務化、イスラム諸国からの入国禁止措置の撤廃、メキシコ国境での壁建設の中止などが含まれる。

4年前、トランプさんが就任直後にオバマ政権の政策をすべてひっくり返したのとまさに真逆のちゃぶ台返しとも言える。

バイデン氏はオバマ政権の副大統領であり、4年の混乱の末、アメリカはオバマ政権の路線に立ち戻った。

一夜明けると、コロナ対策の新たな国家戦略を発表し、10件の大統領令に署名した。

就任100日間に1億回分のワクチン投与を実施することを目標に掲げ、各国がワクチンを共同出資・購入する枠組み「COVAX(コバックス)」への参加も表明した。

バイデン新政権の発足直前、新型コロナによるアメリカの死者数が40万人を突破し、第二次大戦の死者数を上回ったと伝えられている。

アメリカでも公共交通機関でのマスク着用が義務付けられ、ホワイトハウスの会見に出席する記者にはマスク着用だけではなく、毎日コロナの検査をすることが求められるという。

とにかく、トランプさんが去り、バイデンさんに変わった瞬間からすべてが変わろうとしているのだ。

しかし、現実はそう簡単なものではない。

バイデンさん自身が就任演説の冒頭で認めている通り、「民主主義はもろいもの」である。

果たして矢継ぎ早に打ち出される大統領令が、今後どのような波紋をアメリカ国内に広げるか懸念されるところは大いにあるが、トランプさんが残した「麻薬」は早期に「中和」しなければならない。

観客のいない大通りを歩いてホワイトハウスに向かうバイデン新大統領の姿には、トランプさんのような個人的な野心ではなく、母国に対する「最後のご奉公」といった老政治家の強い覚悟が感じられた。

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前代未聞の寂しい就任式であったが、それでも希望もあった。

アメリカを代表するビッグアーティストたちが次々に登場し、バイデン新大統領の就任を祝福したからである。

最初に登場したのはレディー・ガガ。

彼女が歌ったアメリカ国歌は感動的だったので、YouTubeからピックアップしておく。

レディー・ガガに続き、スパニッシュ系のジェニファー・ロペスが「アメリカ・ザ・ビューティフル」を・・・

さらに共和党支持者として知られるカントリー歌手のガース・ブルックスも壇上に登場し、「アメージング・グレース」をアカペラで披露した。

さすが、アメリカのエンターテインメントの力はすごい。

就任式の夜には、トム・ハンクスが司会を務める特別番組も放送された。

豪華なアーティストたちが次々に登場し、トランプ政権の4年が終わり、バイデン新政権がスタートする日の喜びを歌で表した。

ブルース・スプリングスティーンら大物も登場したこの特別番組で、大トリを務めたのがケイティ・ペリーだった。

彼女は、夜のワシントン記念塔をバックに大ヒット曲「Firework」を歌い、曲に合わせるようにワシントンの空に花火が打ち上がった。

実に美しい花火であり、この場所に集まれなかった多くの人々の気持ちが詰まっているように私には見えた。

4年間、中西部中心の岩盤支持層だけをひたすら見て政治を行ってきたトランプ前大統領。

その間、アーティストたちの大半は東海岸と西海岸にいて、ずっとトランプ政治に反対してきた。

その重苦しい気持ちが解き放たれた夜だったのだろう。

ホワイトハウスでの初めての夜を迎えたバイデン氏とジル夫人も、バルコニーからこの花火を見上げた。

これから始まる4年間はきっと苦しい日々の連続になるだろう。

しかし、就任式で語った「平凡」な理想を愚直に守って、トランプの「麻薬」を中和してくれることを心から期待したい。

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