<吉祥寺残日録>安倍元総理暗殺の衝撃!参院選演説中の銃撃が想起させる映画「タクシードライバー」と戦前の「テロの時代」 #220709

総理在任期間8年8ヶ月。

日本政治史上最も長く総理大臣を務め、今なお自民党内の最大派閥を率いる安倍晋三元総理が、奈良県内で参院選の応援演説をしていた時、聴衆の中に紛れていた男に銃撃され死亡した。

まだ67歳。

再登板を狙っていた中での無念の死だったに違いない。

まずは安倍さんのご冥福を心からお祈りしたい。

昨日の午前中、私は前日に入院した義父に必要な物を届けるために病院を訪れた後に妻の実家に立ち寄り、テレビでその一報を聞いた。

この衝撃のニュースに、テレビ各局は報道特別番組を編成。

テレビ東京以外の各局はゴールデンタイムも安倍さん死亡のニュースを続けるという歴史に残る1日となった。

事件が起きたのは、7月8日午前11時30分ごろ。

安倍元総理はこの日の朝羽田空港から大阪空港経由で奈良県に入り、近鉄大和西大寺駅前で行われた自民党候補者の街頭演説に駆けつけた。

安倍氏には警視庁のSP1人が同行し、奈良県警の警備担当者と共に警備に当たっていた。

11時29分ごろ安倍さんが演説を始めた直後、安倍さんの背後から1人の男が歩み寄り、バッグの中から取り出した銃を2発発砲した。

ドーンという大きな音がしたが1発目は外れ、安倍さんを含むみんなが男の方を向いた瞬間、男は2発目を発射。

弾丸は安倍さんの首と心臓に当たり、安倍さんはその場に崩れ落ちた。

現場にいた看護師がすぐに心臓マッサージを行い蘇生処置を施し、ドクターヘリで橿原市内にある奈良県立医科大学病院に緊急搬送されたが、その段階で安倍元総理はすでに心肺停止の状態だったという。

病院では大掛かりな緊急手術が行われたものの、妻の昭恵さんが到着した午後5時3分、安倍元総理の死亡が確認された。

安倍さんを撃ったのは、奈良市内に住む職業不詳・山上徹也容疑者、41歳。

2005年までの約3年間、海上自衛隊に任期制自衛官として所属し実弾射撃の訓練を受けた経験を持つ。

安倍さんを銃撃した直後、複数の警察官に取り押さえられ現行犯逮捕されたが、取り調べに対して「安倍元総理大臣に対して不満があり、殺そうと思って狙った」と話しているという。

その一方で、「元総理の政治信条への恨みではない」とも供述していると発表され、警察が選挙への影響を強く考慮していることを窺わせる。

メディアが伝える供述内容はあくまで警察への取材に基づくものであり、参院選直前の非常に微妙な時期だけに容疑者の言葉がストレートにメディアに流れることはまずないだろう。

「安倍さんに恨みはあるが、政治信条への恨みではない」とはどういうことか?

素直に考えれば、森友加計問題などのさまざまなスキャンダルをもみ消した安倍さんに対する義憤が思い浮かぶが、一部の報道によれば山下容疑者が「特定の宗教団体に恨みがあり、その宗教団体と関係がある安倍元総理を狙った」と供述しているとも報じられていて、今後事件の背景についてメディアの取材が進められるだろう。

事件発生直後からネット上では安倍シンパが、容疑者の国籍や思想背景を詮索する書き込みが目立っていた。

安倍一強時代に賑やかだった嫌韓論が再燃したようだった。

でも私は、山上容疑者が自作の銃で正確に安倍さんを狙撃していること、事件の前後一貫して非常に落ち着いて犯行に及んだことなどから、右翼テロに共感する犯人像を想像した。

真っ先に思い浮かんだのは映画「タクシードライバー」の主人公トラヴィス・ビックルとの共通性だ。

ロバート・デニーロが演じたトラヴィスは元海兵隊員。

孤独の中で社会に対する恨みを抱くようになったトラヴィスは、大統領候補者を集会で射殺しようとする。

犯行前に偶然撮影された腕組みする山上容疑者の姿は、トラヴィスのポーズを真似しているのではないかと疑うほどそっくりだ。

映画の悪役ジョーカーを崇拝する男が京王線で無差別殺傷事件を起こしたが、あの事件と似た何かを感じる。

山下容疑者は凶器として使った銃は2本の筒を黒いテープで巻いたような特殊な形をしていた。

銃を自ら作ったとみられている。

山上容疑者の自宅マンションに捜索に入る警察官は防弾チョッキで身を固めていた。

自宅からは爆発物と見られるものも見つかり、近隣住民が避難を求められる騒ぎとなった。

近所の人との交流はなく、ひとりでコツコツと武器を製造する山上容疑者の生活は、やはり自らの妄想に支配されていくトラヴィスの姿と二重写しになって見える。

さらに想像を膨らませれば、戦前に起きた右翼的なテロ事件との類似性も感じる。

大正時代の1921年、現役総理だった原敬が東京駅で暗殺されたテロ事件は、暗い昭和への転換点となった。

日本初の平民出身の総理大臣だった原敬は「平民宰相」として庶民の人気を博したが、相次ぐ疑獄事件などに不満を抱いた国鉄職員・中岡艮一によって刺し殺されたのだ。

この事件の1ヶ月前には安田財閥の総帥・安田善次郎が右翼の朝日平吾によって自宅で暗殺される事件も起こり、大正デモクラシーの時代は終焉に向かう。

昭和に入ると1930年11月、時の総理大臣・濱口雄幸がやはり東京駅で襲撃される。

当時はロンドン軍縮条約をめぐって野党が「統帥権干犯」だとして政府を批判していて、テロを犯した右翼の佐郷屋留雄も「統帥権干犯」を犯行の理由だと主張した。

しかし取り調べの中で「統帥権干犯」の意味を問われ答えられなかったというのは有名な話だ。

意味もわからないまま時代の空気に流されるように要人に対するテロが起きるようになると、社会の雰囲気はどんどん暗いものに変わっていく。

翌1931年、関東軍若手将校の暴走によって満州事件が起きると、世の中はますます血生臭くなってくる。

1932年の2月から3月にかけて政財界の要人が相次いで狙われた「血盟団事件」、その年の5月には首相・犬養毅が青年将校に殺された「五・一五事件」が起きる。

相次ぐテロは、言論の自由を恐怖で抑え込み、日本社会を戦争の道に引きずり込む重要な役目を果たしたのだ。

安倍元総理死亡の報告を受けた岸田総理は、「民主主義の根幹である選挙が行われているなか、卑劣な蛮行が行われた。断じて許せるものではなく最も強い言葉で改めて非難する」と厳しい表情で語った。

思想信条の違いはあるが当選同期として切磋琢磨した関係だけに、無念の思いが表情に溢れていた。

しかし岸田さんにとって、再々登板の可能性も十分あった安倍さんはライバルでもあり、時に大きな障害でもあった。

安倍さんの突然の死が日本の政治に何をもたらすのか予想するのは難しいが、明日に迫った参院選で自民党に有利に働くことは間違いないだろう。

安倍さんの傀儡政権と目されてスタートした岸田内閣も、衆参2つの選挙で勝利を収めることにより、安定政権になる可能性が極めて高い。

ある意味、岸田さんはとても運に恵まれているとも言える。

しかし一方で、安倍さんが突然の悲劇によって英雄となり神格化される可能性も大いにある。

数々のスキャンダルは忘れ去られ、世界のリーダーとして活躍した偉大な指導者として歴史に名を刻むのだ。

最長の総理在任期間にも関わらずこれという明確な業績を残せなかった安倍元総理が、暗殺によって歴史的人物になるというのもなんとも皮肉な話である。

安倍さんが執念を燃やした憲法改正も、安倍さんに同情する世論の高まりの中で情緒的に進めらそうな予感がする。

「安倍さんの意志を引き継ぐ」という大義を降りかざし、参院選後の3年間で憲法改正が実現する可能性が非常に高いと私は考えている。

ただ安倍さんを失った自民党右派は今後相対的に弱体化する可能性もある。

強力なリーダーが不在の混沌とした政治状況が続くかもしれない。

そうして政治が停滞すると、そこにはまたテロの土壌が作られていく。

昭和の誤りを繰り返さないよう歴史をしっかり学び、テロの連鎖を食い止めなければならない。

史上最長の総理

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