今日は6月4日。天安門事件から31年目を迎えた。
中国本土では、例年のように天安門事件について語られることはない。
30年以上情報を抹殺すると、歴史というものは人々の記憶から消えていってしまうらしい。特に、事件後に生まれた若い世代にとっては、自ら積極的に調べようとしなければ決して知ることのない歴史となる。
ネットを検索しても、天安門事件に関する情報は出てこない。
インターネット時代においては、誰もそのことについて一言も書いていない出来事というのを見つける方がむしろ難しいほどで、中国政府による徹底した情報抹殺は恐ろしいというほかはない。
31年前、北京の天安門広場に多くの若者が集まり、民主化を要求した頃と比較して中国人は飛躍的に豊かになった。
街には物資があふれ、欲しいものは何でも手に入るようになり、政府や共産党の批判さえしなければ別に不自由なく生活することができる。
新型コロナウィルス対策で、習近平政権に対する国民の支持はとても強くなっていると聞く。若者たちが現状に強い不満を抱いていなければ、わざわざ31年前の事件を蒸し返そうという動きは出てこないのは当然だろう。
一方の香港。
天安門事件後の弾圧を恐れた多くの若者たちが香港に逃れた。それ以後、毎年6月4日には天安門事件を追悼する大規模な集会が香港で開かれてきた。
しかし、今年はコロナ対策を名目に当局が集会を許可しなかった。
中国本土の若者とは違い、香港の若者たちは今、中国政府と戦っている。天安門事件の記念日は、彼らにとって国際社会にアピールする重要な場でもあった。しかし、中国政府はコロナ対応で自信をつけ、もはや世界の視線も気にしなくなったのだ。
ある意味、今年の6月4日は大きな転換点となる予感がする。
アメリカ政府は香港問題を引き合いに中国政府を非難しているが、お膝元の全米各地で人種差別に抗議するデモが連日続いている中では、まったく説得力がない。
香港の旧支配者だったイギリスのジョンソン首相は、『中国が反体制活動を禁じる「香港国家安全法」を施行した場合、イギリスは移民規則を変更し、香港人数百万人に対して「英市民権を獲得する道」を開く方針だ』と、3日付の英紙ザ・タイムズで明らかにした。
こうした海外からの声に対して、中国政府は強く反発し、「香港問題は中国の内政問題だ」と繰り返している。もう腹を決めたのだろう。
中国国内の圧倒的な支持を背景に、一気に香港を飲み込む。文句がある奴は出て行けという具合だ。
ただ、新型コロナウィルスへの対応で、言論統制を強める国は中国だけではない。コロナによって大きな打撃を受けた国民の間で政府に対する不満が高まり、それを抑えこむ狙いがあるようだ。
インドやエジプトなど新興国や発展途上国で多くそうした事例が聞かれる。
アメリカのトランプ大統領も、言論統制とは違うが支離滅裂のトーンが一段と高まっているように感じる。どの国のリーダーたちもウィルスによって政権の基盤を揺るがされているのだ。
我が国も決して例外ではない。
「週刊ポスト」がすっぱ抜いたのが、官邸の内閣広報室がテレビ番組を監視していることを示す“機密文書”である。
この監視文書をもとに、官邸は気に食わない報道やコメンテーターの発言があると公式ツイッターで反論し、報道に“圧力”をかけてメディア支配に利用していたのだ。
出典:NEWSポストセブン

私もこうした文書は初めて目にしたが、情報番組のADさんが裏番組のチェックをしているのに似ていると感じた。プロデューサーがADさんに裏番組のチェックを命じるのは、他局を分析して自分の番組の視聴率や内容を強化する方法を探すためだが、政府の場合は気に入らない番組は出演者に組織的な攻撃を仕掛けるためである。
インターネット版の「NEWSポストセブン」で昨日配信された「官邸の「反政府番組監視」 小川彩佳・和田アキ子・IKKOも対象」という記事から引用させていただこう。
内閣広報室の番組監視は分析チームの職員3人ほどが専従となって、毎日、番組を視聴して出演者の政策に対するコメントなどを書き起こす作業を行なっている。記録文書は東京都内の男性会社員が情報公開請求して入手し、本誌が提供を受けた。開示文書は2月1日から3月9日付までの約1か月分だけでA4判922枚に及び、2種類に分類されている。
1つは「報道番組の概要」とのタイトルで、朝は「スッキリ」(日本テレビ系)、「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)、「とくダネ!」(フジテレビ系)の3番組、昼は「ミヤネ屋」(日テレ系)と「ひるおび!」(TBS系)、そして夜は「報道ステーション」(テレ朝系)と「NEWS23」(TBS系)の番組内容が毎回、ルーチンワークで記録されていた。TBS系の「グッとラック!」、フジテレビ系の「バイキング」、日テレ系の「news zero」は基本的には監視対象外のようだ。
その中でも「報道ステーション」と「NEWS23」は、2014年の総選挙前、自民党がその報道ぶりを批判して民放各局にゲストの選定や街頭インタビューについて「公平中立」を求める“圧力文書”を出すきっかけとなった安倍政権と因縁の番組であり、今も“要注意”の監視対象になっていることがうかがえる。記録されているのは、原則として政治に関連する出演者の発言が分刻みで書き起こされている。
もう一つは「新型コロナウイルス関連報道ぶり」のタイトルで日付ごとに分類され、出演者のコロナに関連する発言がピックアップされている。
出典:NEWSポストセブン
政府がテレビの発言をチェックすることは昔からよくあった。
しかし安倍政権になってから、メディアとの接し方は明らかに変わったのだ。
開示文書には橋下徹氏、岸博幸氏から田崎史郎氏まで様々なスタンスの論者の発言が並んでいるが、飛び抜けて多いのが「モーニングショー」のコメンテーターで政府批判で知られる玉川徹氏と、コロナ対応で歯に衣着せぬ発言で知られる公衆衛生学者の岡田晴恵・白鴎大学教授だ。岡田氏は「モーニングショー」だけではなく、「アッコにおまかせ!」(TBS系)に出演した際の和田アキ子やIKKOらとのやり取りまで克明に記録されていた。
もう1人、官邸にマークされていたのがクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗り込んで政府の対応を告発した岩田健太郎・神戸大学教授だ。「機密性2情報」の印字がある2月17~21日付の文書には、「○岩田教授」の項目が立てられ、岩田氏が出演した各番組での発言や、他の有識者が岩田教授について語った内容が18枚にわたって整理されている。
文書を分析すると、官邸が政府の政策や対応について各局がどう報じているかを幅広くモニターするのではなく、批判的な番組やコメンテーターの発言を重点的に収集していることがわかる。
出典:NEWSポストセブン
この文書を見なくても、こういうことが行われていることはわかっていたが、実際に政府の役人を専従につけて、こういうことが行われていることは国民として知っておく必要がある。
テレビの出演者から何か見えない人に忖度しているような発言が聞かれるようになったのも、安倍長期政権がもたらした弊害だろう。

4月11日の深夜NHKの教育テレビで放送されたETV特集「緊急対談パンデミックが変える世界〜海外の知性が語る展望〜」という番組の中で、こうした危機を利用した権力強化の動きを警戒する識者に出会った。「民主主義への挑戦」
イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏。「サピエンス全史」や「ホモ・デウス」という著書が日本でもベストセラーになった。
彼の発言は日本のコメンテーターなどからは聞かれない大変興味深いものだったので、少し長くなるがここに書き残しておきたいと思う。

全体主義的な体制が台頭する危険があります。ハンガリーが良い例です。形式的にはハンガリーはまだ民主主義国家ですが、オルバン政権は独裁的とも言える権力を握りました。それも無期限の独裁的権力です。緊急事態がいつ終わるかはオルバン首相が決めます。他の国にも同様の傾向があります。非常に危険です。
通常、民主主義は平時には崩壊しません。崩壊するのは決まって緊急事態の時なのです。
出典:ETV特集「緊急対談パンデミックが変える世界〜海外の知性が語る展望〜」
ハラリ氏が最初に指摘したハンガリーでは、オルバン政権が非常事態法を議会で可決、首相の判断で非常事態宣言が無期限で延長できるようになった。また感染防止を妨げる虚偽の情報を流したものには最高5年の禁固刑が課されることになりメディア規制につながる危険性が指摘されている。
一方、ハラリ氏の母国イスラエルでは、選挙に敗れ過半数を割り込んだネタニヤフ暫定首相が感染予防を理由に議会を閉会しようとした。ハラリ氏はこうしたネタニヤフ氏の動きを強く批判した。
この時は非常に危険な瞬間でした。ウィルスの流行と戦うという口実を使った政治的クーデターでした。実際、首相は「議員の健康を守るために議会を閉鎖する」と言いました。とんでもない話です。幸いにも国民やメディア、対立する政党から大きな反発があって首相は閉鎖を撤回しました。いま議会は再開され、非常時を乗り切るための大連立工作が進んでいます。
しかし一時はイスラエルがハンガリーのようなコロナ独裁国になる危険もありました。コロナウィルスと戦うという口実の独裁制です。
一人の人物に強大な権力を与えると、その人物が間違った時にもたらされる結果ははるかに重大なものになります。独裁者は効率が良いし迅速に行動できます。誰とも相談する必要がないからです。しかし間違いを犯しても決して認めません。間違いを隠蔽します。メディアをコントロールしているので、隠蔽するのが簡単だからです。他の手法を試すのではなく間違いをさらに重ねます。そして責任を他の人に転嫁します。そうやってますます権力を強化していきます。そしてさらに間違いを重ねていくのです。
民主主義に大切なのは、政府が間違いを犯した時に自らそれを正すことです。そして政府が間違いを正そうとしない時に政府を抑制する力を持つ別の権力が存在するということです。
イスラエルでは1948年(第一次中東戦争)に出された緊急事態の宣言がまだ続いています。多くの緊急命令がいまだに法的に有効です。緊急措置が適用されるのは危機の間だけで危機がさればいつも通りに戻ると思いがちですが、それは幻想です。
緊急時だからこそ民主主義が必要です。チェック&バランスが維持されなければならない。政府を権力につながる人だけでなく、国民すべてに奉仕させるために監視が必要なのです。
出典:ETV特集
新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐため、イスラエル政府はテロリストの行動を追跡するために国中に張り巡らされた世界最先端の監視システムを利用した。
「監視」について、イスラエルで育ったハラリ氏の主張は極めて明確だった。
大変憂慮すべき事態だと思います。特にそれを行なっているのが治安機関だからです。
私は監視を支持しますが、このタイプの監視は警察や秘密警察に依存しないように神経を尖らせなければなりません。それは独立した保健部門の機関が実施すべきです。警察との繋がりがない機関です。
私は監視に反対していません。むしろ感染の拡大を食い止めるために新しい技術を利用することには賛成しています。
しかし監視は政府だけでなく一般市民にも2つの方法で力を与えるべきだと思います。第1に、私自身や他の人々の身体の状態に関するデータを政府が集めて密かに保管することは許されません。私には自分の健康状態に関するデータにアクセスする権利が与えられるべきです。私自身の健康管理についてよりよい判断を下すためにです。また自分の健康データにアクセスできれば政府が採用している政策が有効か否かを自分の身をもって試すことができます。
これがイランのように全体主義的な国家だと、死者の数や今回の感染症拡大に関して国が信用に足るデータを公表しているかどうかさえ国民は知る由もありません。データは透明性を確保されるべきです。
そしてもう一つ、政府の決定にも透明性がなければなりません。私は自国の政府の決定を監視できなくてはなりません。
アメリカの交付金の分配状況を例にとりましょう。政府は先月2.2兆ドルの救済策を決めました。ではその交付金を受け取るのは誰でしょう? 私がアメリカの市民権をもし持っていたら、こうした金がどこに行くのか、この金をもらえるのは誰でもらえないのは誰なのかを監視する力が欲しいと思うでしょう。ですから監視は両方向であるべきです。
これが市民が持つべき力です。このような情報にアクセスできれば市民はより大きな力を持つというわけです。
そしてもし社会的距離を取ることや手を洗うことの必要性を納得してもらいたいならば、市民を適切に教育し、信頼できる情報を提供した上で市民が自らの意思で正しく行動してくれると信頼する方がずっと良いやり方です。
十分な知識を持ち自分自身の動機付けを持つ国民は警察力に頼る国民よりもはるかに効果的です。これは緊急事態においても当てはまることです。例えば今回の危機で非常に重要な行動となった手洗いについて考えてみましょう。数億の国民に手洗いを強制するには2つの方法があります。1つは警官またはカメラをすべてのトイレに配置することです。国民を見張って手を洗わなかったら罰するというやり方です。もう1つのやり方は学校で良質の科学教育を通じてウィルスや細菌について理解させることです。ウィルスがどんなメカニズムで疾患を引き起こすかを教えるというやり方です。手を洗うことでウィルスや細菌を殺したり洗い流したりできるとメディアを通じて説明するやり方です。その上で正しい判断をすることを国民に委ねるのです。
誰の目にも明らかだと思いますが、今回の危機においては教育や個人的な動機付けの方がトイレに警官を配置するよりはるかに有効です。それはウィルスと闘うほかの方法にも当てはまることです。国民が進んで協力すればその方がはるかに効果的です。
そのためには教育が必要です。そして政府が提供する情報を信頼できることが必要です。私は監視を支持しますが、全体主義的な監視は支持しません。監視についてはそれが常に双方向に働くことを念頭におかねばなりません。政府が国民の監視をするだけでなく、国民が政府を監視するという側面です。例えば政府が腐敗しないように監視する良い政策に転換するように見張るといった具合です。
独裁国家にあっては、監視が一方通行なのです。政府が国民を監視して政府の決定は国民から隠す。政府から国民に伝わる情報はありません。それはとても危険です。私は双方向である場合にのみ監視を支持します。
なんだか、我が国のことを話しているような気になってくる。
幸いなことに日本の緊急事態宣言には強い強制力がないため、必然的に国民の良識に委ねられているが、憲法を改正してより強い制限措置がとれるようにすべきだという声も根強い。
ただ、政府から示される情報が信用できない。政府が行なっている対策についてもズレているという感覚を多くの国民が抱いている。やはり政府に対する「信頼」が足りていないのだ。
では、「信頼」とはどうすれば得られるのか?
一つ、とても重要なのは科学と研究機関への信頼です。
ここ数年、ポピュリズムを奉じ責任感に欠ける政治家たちが世界中に登場しました。そして意図的に、人々の科学や大学、研究機関への信頼を貶めようとしてきました。一部の政治家は科学者に「浮世離れしたエリート」とのレッテルを貼り、権限を与えるなと主張しました。中には荒唐無稽な陰謀論を拡散した者もいます。ワクチン接種に反対したり地球は平面だと主張する人まで現れました。
しかし、この緊急事態に権威ある科学者への信頼を覆すことがどれだけ危険かはっきりしました。緊急事態に直面し、幸いにもほとんどの国の人々、政治家さえ科学が最も信頼できる拠り所だと感じています。疫学の専門家からの感染症についての情報を私たちは真剣に受け止めています。気候変動の研究者が温暖化について警告した時も同様の信頼を持って受け止めるべきです。
この点でも、「専門者会議」を政治に都合のいいように利用している姿勢が日本政府にはある。専門家の意見を尊重しているように装いながら、専門家の意見を聞く前に結論は決まっている。しかも議事録も残さない。これでは科学を尊重していることにはならないだろう。
続いては、市民の役割について・・・?
確かにこのような状況では、市民にも多くの責任が生じます。一つは情報や行動のレベルです。信ずるべき情報を慎重に吟味し科学に基づいた情報を信頼すること、そして科学的な裏付けのあるガイドラインを実行すること。市民が科学的な指針に従えば、緊急時に独裁的な手法をとる必要性が少なくなります。それは非常に重要です。
私たち一人一人の務めは、現在の状況や誰を信じるべきかについて知識をつけ、大学や保健省など信頼に足る組織から出された指針を忠実に守り、陰謀論の罠に陥らないことです。
この危機的状況の中で市民に課せられた2つ目の務めは、政治状況に目を光らせておくということです。今この瞬間にも極めて重要な政治決定が行われています。その決定に参加し、政治家たちの行動を監視することがとても重要です。
芸能人が政治的な発言をすることを糾弾するようなネット世論、政府を批判する人を「非国民」のように非難する安倍応援団。こうした市民による監視を妨害するような声は、民主主義にとって本当に危険だと思う。
そして最後に、ハラリ氏は、人類史から見て世界的なパンデミックが持つ意味を次のように語った。
人類はもちろんこのパンデミックを乗り切ることができるでしょう。私たちはこのウィルスよりずっと強いし過去にもっと深刻な感染症を生き抜いてきた経験があります。その点に疑問の余地はありません。
この感染拡大のインパクトが究極的に何をもたらすのかあらかじめ決まっていません。それは私たちにかかっています。結末を選ぶのは私たちです。
もし自国優先の孤立主義や独裁者を選び科学を信じず陰謀論を信じるようになったら、その結果は歴史的な大惨事でしょう。多数の人が亡くなり、経済は危機に瀕し、政治は大混乱に陥ります。
一方で、グローバルな連帯や民主的で責任ある態度を選び、科学を信じる道を選択すれば、たとえ死者や苦しむ人が出たとしても、後になって振り返れば人類にとって悪くない時期だったと思えるはずです。私たち人類はウィルスだけでなく、自分たちの内側に潜む悪魔を打ち破ったのだ、憎悪や幻想、妄想を克服した時期として、真実を信頼した時期として、以前よりずっと強く団結した種になれた時期として位置付けられるはずです。

「あらかじめ決まっている未来」というものはない。
すべては私たち自身の選択にかかっているという主張は、まさにその通りだと思う。
やはりイスラエルという緊張を強いられる社会で生まれ育ち、ユダヤ人の明晰な頭脳を持っていると、これほどまでに世の中をきちんと言語化できるのかと、ものすごく感心してしまった。
コロナを口実に言論統制を強める世界。
将来を決めるのは、私たち一人一人の選択なのだ。
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