今日、岡山から吉祥寺に戻ってきた。

岡山空港ではいつも無料の第4駐車場に車を停めておくのだが、先月ごろから駐車してある自動車の数が目に見えて増えている。
それだけ移動する人が増えたということだ。
ある意味では良いことだが、駐車スペースがどんどん空港ターミナルから遠くなるのは困ったものである。

今日は、放送中の失言で10日間の謹慎処分を受けたテレビ朝日の玉川徹氏が番組に復帰する日。
どんな話をするのか興味があったがちょうど移動中で生放送が見られないため、妻に録画してもらって帰宅してから見た。
玉川氏は9月28日の「羽鳥慎一モーニングショー」に出演中、安倍さんの国葬における菅元総理の弔辞について『僕は演出側の人間としてテレビのディレクターをやってきましたから、それはそういうふうに作りますよ。政治的意図がにおわないように、制作者としては考えますよ。当然これ、電通が入ってますからね』と発言した。
長年テレビの生放送に関わった私は、直感的に「これはまずい」と思った。
ひとつは、電通の関与を明言したこと。
はっきりとした取材による裏付けがなければとても口にできないデリケートな話題、電通との関係が深い営業局が大騒ぎして社内で大問題になるだろうと感じた。
そしてもうひとつ、「政治的意図をにおわないように演出する」というのは同じテレビ朝日で大問題となった椿発言と全く同じ構図であり、自殺行為といっていい発言だ。
案の定、自民党および安倍シンパのネット世論から玉川糾弾の声が上がる。
一方、アンチ安倍のリベラル勢からは玉川擁護の声も上がり、一人のテレビ局員の去就が社会を二分するような大問題に発展してしまったのだ。
しかし、今回の玉川発言はあまりにもお粗末、まさに調子に乗りすぎた傲慢なものであると私は考える。
メディアの人間は自分の信条は持ちながらも、事実をなるべく冷静に正確に伝えることが使命だ。
決して「正義の味方」を演じて自らの意見を根拠なく公共の電波に乗せてはならない職業なのである。
玉川氏は明らかにそのルールを逸脱した。
番組を降板するのが筋だと思うが、玉川氏とテレビ朝日が出した結論はちょっと違っていた。
今朝の番組の冒頭、玉川氏は報道局の大部屋と思われる場所に一人立ち、カメラに向かって深々と頭を下げて電通と菅元首相、そして視聴者に謝罪したうえでこう語った。
「謹慎の10日間、私は事実確認の大切さ、テレビで発言することの責任の重さを考え続けました。そして事実確認こそが報道の根幹であると、その原点に立ち返るべきだと考えました。これまで私はスタジオでさまざまなニュースに対し、コメントを続けてきましたが、これからは現場に足を運び、取材をし、事実確認をして報告する。その基本に立ち返るべきだと考えました。そして、その結果はこの“羽鳥慎一モーニングショー”でお伝えする。そういうふうな考えに私は今回至りました」
毎日スタジオにいてコメントする立場から、「コメンテーター」の肩書きのまま現場で取材しその取材の成果を不定期で報告する形で番組に残るとしたのだ。
果たしてこの決定が良かったのか悪かったのか?
個人的にはすっきりと裏方に戻った方がよかったと思うが、熱烈な支持者がいる玉川氏を降板させるとテレビ朝日のダメージになると局側が恐れたのかもしれない。
ひとりのテレビマンがここまで社会的な影響力を持つこともなかなかないことだが、「安倍一強」と言われた時代から玉川氏が政権に忖度せず厳しい言葉を投げ続けてきた証であり、安倍さんが亡くなった今、玉川氏が大きな失言をしてしまったのもある種の気の緩みだったようにも感じる。
それほど、安倍晋三という政治家はこの10年間の政界で大きな存在だったということだ。

安倍さんが凶弾に倒れてから、日本社会は驚くほど大きな変容を見せ始めている。
そのいい例が東京地検特捜部が追及している東京五輪をめぐる汚職事件である。
検察は今日、受託収賄の罪に問われている大会組織委員会元理事・高橋治之被告の4回目の再逮捕に踏み切り、贈賄側として大手広告代理店ADKホールディングスの社長・植野伸一容疑者ら3人を逮捕した。
AOKI、角川に次ぐ、3人目の経営トップの逮捕であり、検察の本気度が見て取れる。
高橋被告のバックには、組織委員会の森元会長と安倍さんがいた。
安倍さんが存命だったなら、今回の捜査はできなかっただろう。
政権浮揚の起爆剤に東京五輪誘致の成功をなんとしても実現させるために高橋被告を大会組織委員会に押し込んだのはこの2人だと言われている。
オリンピック誘致に成功するためならば何をしても大目に見るという暗黙の了解があり、高橋被告がやりすぎたというのがこれまでの報道から見えてくる構図だ。

そして安倍さんがいなくなって最も大きく変わったのが、旧統一教会に対する政治の姿勢である。
山上容疑者が安倍さんを襲撃したそもそもの動機となった教団と自民党の癒着ぶりが明らかとなり、岸田内閣の支持率にも大きな打撃を与えた。
当初はのらりくらりと問題をやり過ごそうとしていた岸田総理も、ここにきてその態度を劇的に転換させている。

岸田さんが大きく方針転換したのは17日。
永岡文科大臣に対して、宗教法人法に基づく「質問権」を行使して旧統一教会を調査するよう指示したあたりからだった。
まさに河野太郎大臣率いる消費者庁が霊感商法被害に対する提言を発表したのに歩調を合わせたタイミングである。
岸田さんはリーダー不在の安倍派を見限って、河野さんに乗り換えた・・・そう私は感じた。
岸田さんは安倍さんとは当選同期で仲は良かったようだが、政治信条は相容れないものがある。
統一教会との関係も岸田さんはほとんどなかったようだ。
世論の激しい統一教会批判を目の当たりにして、岸田さんは安倍離れを決断したと私は見る。
そのためにかつてのライバルだった河野さんと手を結び、安倍色の強い高市・萩生田と距離を置く腹を固めたんだろう。
ひょっとすると、統一教会に対する激しい世論の反発が「政治と宗教」という大きな癒着構造に向かうことを恐れた公明党の意向もあったかもしれない。
いずれにせよ今日の国会では、岸田総理はさらに踏み込み、宗教法人の解散命令を裁判所に請求する要件に「民法の不法行為も入りうる」との見解を示した。
民法の不法行為は対象外だと説明した昨日の答弁を1日で覆した極めて異例の対応だ。
必ずしも刑事罰を必要としないということになれば、旧統一教会への解散命令が出される可能性が格段に高くなる。
これまで統一教会と癒着していた政治家にとっては青天の霹靂だろう。
去る者は日々に疎し。
あれだけの権勢を誇った安倍さんも急速に過去の人になろうとしている。

残る安部政治の遺物といえば日銀の黒田総裁である。
アメリカのインフレは一向に収まらず世界的な金利引き上げの動きが強まる中でも、頑なに金利引き上げを拒み続けている。
その結果、円安はついに1ドル149円台に突入、いつ150円の大台を突破してもおかしくない緊迫した局面を迎えている。
国会でも野党から退任を求められているが、黒田さんは気にする様子もなく来年春の任期満了まで現在の大規模緩和を維持するつもりのようだ。
大変なのは後任となる日銀総裁。
誰が黒田さんの後釜になったとしても、10年に及ぶアベノミクスの後始末は容易ではないだろう。
日銀は今や、巨額の日本国債と国内株を溜め込んでいる。
これを市場に出せばたちまち株価が暴落し、金融危機を引き起こしかねないのだ。

長期的で強力な権力は社会に大きな歪みを残す。
在任中にもさまざまなスキャンダルがつきまとった安倍晋三という政治家によって蓋をされていた闇が、今まさに姿を現そうとしているのである。