そのニュースを知ったのは、90歳の母親を誘って近くの中華料理店でランチを注文した直後だった。
選挙応援中の岸田総理大臣に向けて手製爆弾が投げつけられたという。
場所は和歌山市の雑賀崎漁港。
午前11時半ごろ、聴衆の中に紛れていた一人の若い男が、演壇に上がろうとする岸田総理に鉄パイプのようなものを投げたのだ。

犯行はテレビ各社の報道カメラが居並ぶ前で行われ、事件の一部始終が多くのカメラによって撮影された。
演説会場に到着した岸田首相、候補者と話している岸田総理の後ろ姿、聴衆の頭越しに岸田総理の足元に投げ込まれる爆発物、即座に爆発物を蹴って岸田総理を無理やり現場から連れ出すSP、聴衆の中で取り押されられる容疑者、その時容疑者の手に握られていたもう1本の爆発物。
そしてパイプのようなものが投げ込まれてから1分後に轟いたドーンという爆発音、直前まで岸田さんがいた場所で白煙が立ちのぼる。
現場は大混乱となり、聴衆は逃げ惑う。

容疑者が持っていたもう1本の爆発物に気づいた捜査員が全員に現場を離れるように呼びかける。
容疑者を取り押さえていた捜査員たちは、慌てて容疑者をひきづりながら爆発物から離れる。
緊迫した現場の状況がリアルに伝わる。

去年起きた安倍元総理の射殺事件で問題となった選挙期間中の警備体制。
しかし日本のようなドブ板選挙では、要人を完全に守ることは至難の業だ。
テロは連鎖する。
今回の犯行動機はまだ明らかになっていないが、安倍元総理銃撃事件が統一教会問題にスポットライトを当て社会を大きく動かしたことが容疑者に影響を与えたことは容易に想像がつく。

威力業務妨害の現行犯として逮捕されたのは、兵庫県川西市に住む木村隆二容疑者(24)。
近所の人たちの話では、親孝行なおとなしい若者だという。
警察の調べに対して黙秘を続け、「弁護士が来てから話します」などと供述している。

犯行に使用されたのは、いわゆる「鉄パイプ爆弾」と見られている。
警視庁担当記者だった頃、極左のゲリラ事件でこの爆弾がよく使用されたことを思い出す。
構造が単純で、材料はホームセンターで容易に手に入り、製造方法はネットにも書物にもいくらでも載っている。
安倍元総理を殺害した山上容疑者に触発され、背後関係のない普通の若者が単独で総理襲撃を計画したとしても十分に実行可能だろう。

襲撃された岸田総理は事件後和歌山駅前で街頭演説を行い、「この前の演説会場で大きな爆発音が発生した。詳細は警察が調べているが、多くの皆さんにご心配、ご迷惑をおかけしたことにおわび申し上げる。私たちの国にとって大切な選挙を行っており、皆さんと力をあわせてやり通さなければならない」と訴えた。
なぜ容疑者が岸田さんを狙ったのかは今後の捜査を見守るしかないが、安倍元総理と同じ宗教問題の延長線上なのか、軍拡路線に対する反発なのか、反原発が関係しているのか、はたまた私が知らない陰謀論がらみなのか、いろいろと想像が膨らんでしまう。

気になるのはやはりテロの連鎖によって社会の空気が変わってくることだ。
戦前の日本では、大正デモクラシーと呼ばれた平和な時代がテロの連鎖によって昭和の戦争へと転げ落ちていった。
- 1921年 安田財閥創始者、安田善次郎暗殺
- 1921年 原敬首相暗殺
- 1923年 虎ノ門事件
- 1930年 浜口雄幸首相銃撃事件
- 1931年 満州事変
- 1932年 桜田門事件
- 1932年 血盟団事件
- 1932年 五・一五事件
- 1936年 二・二六事件
- 1937年 日中戦争始まる
- 1941年 太平洋戦争始まる
民主主義につきものの汚職や不正に対する義憤、社会正義の実現を目指して時の権力者の命を狙う政治テロは時に国民の支持を集めたりするものだ。
しかし、暴力による正義は結局はより破壊力の強い暴力へとつながる。
今の社会に憤り、変化を求める人間はいつの時代にもいる。
それでも、テロはダメだ。
苦しくても別の方法で、仲間を集め、運動を作ることでしか社会は変えられない。
もうこれ以上、新たなテロに手を染める者が出てこないことを願わずにはいられない。
<吉祥寺残日録>安倍元総理暗殺の衝撃!参院選演説中の銃撃が想起させる映画「タクシードライバー」と戦前の「テロの時代」 #220709