アメリカ人から最も愛されるゴルファーといえば、フィル・ミケルソンかもしれない。
しかし、たまたま同時代にタイガー・ウッズという超天才がいたため、常にナンバー2の座に甘んじ、メジャーで5回も優勝しているにもかかわらず、世界ランキングで1位に立ったことがない不運なゴルファーでもある。
しかし、そんなミケルソンが前人未到の快挙を成し遂げ、ゴルフの歴史に輝かしい1ページを書き加えたのだ。
50歳でのメジャー制覇。
全米屈指の難コースと言われるサウスカロライナ州キアワアイランドリゾートで開かれた全米プロ選手権で見事優勝し、最年長メジャー優勝記録を53年ぶりに塗り替えたのだ。
3日目からトップを独走したミケルソンは、全米を熱狂させた。
最終日、2位と2打差で迎えた最終ホールでは、グリーンに向かうミケルソンを大勢のギャラリーが取り囲み、中にはミケルソンに抱きつこうとするファンまで現れた。
こんな光景は見たことがない。
去年の今頃はゴルフの大会は行えず、再開した後も無観客が続いていた。
しかし、アメリカでのワクチン接種が進んだこともあり、今回の全米プロではギャラリーの数は1万人に制限されているものの、そのほとんどはミケルソンについて回り、マスクもつけずに大きな歓声をあげた。
もうコロナなんてすっかり忘れてしまったような光景だ。
ミケルソンの歴史的な優勝もさることながら、テレビの中継を見ながら私の印象に強く残ったのは、コロナに対する日米の呆れるほどの違いだった。
ロックダウンによって、日本以上に長期に渡って行動の自由を奪われたアメリカ。
ミケルソンの快挙を祝う人々の熱狂ぶりには、ゴルフを超えた「コロナ後」の解放感を感じる。
アメリカはもう、完全に「ポストコロナ」に入ったのだ。
一方の日本、今日から自衛隊などによる大規模ワクチン接種が始まった。
東京では1日5000人、大阪では2500人がこの日接種を受け、愛知などでも県が主体となった大規模会場での接種がスタートした。
心配された混乱はほとんどなかったようで、ひとまずホッとした雰囲気が流れている。
しかし、大規模会場での接種は全体のごく一部にすぎず、重要なのは各市町村が担う地域ごとの接種がどれだけスムーズに進むかという点だ。
政府は6月末までに高齢者の接種に必要なワクチンをすべて配布すると約束している。
それであれば、あらゆる手段を使って早期の接種を進めるべきだと私は思うのだが、どうも日本人はそういう風には考えないらしい。
昨日の読売新聞に掲載された、「周囲の制止振り切り突っ走る首相、高齢者接種「7月完了」譲らず」という記事を目にして、日本のメディアの感覚に強い違和感を覚えたのだ。
記事を、一部引用する。
「6月に1億回分のワクチンが来るのが分かってるんだ。思い切ってやるぞ」
4月23日朝、首相官邸の執務室。首相の菅義偉は、急きょ呼び出したワクチン担当の行政・規制改革相、河野太郎にこう声をかけ、接種完了の目標を「7月末」と宣言する考えを伝えた。
新型コロナウイルスのワクチンに関して、65歳以上の高齢者(約3600万人)に2回接種する必要量(7200万回)を大幅に上回る量を、6月末までに自治体に届けるめどが立ったことを、菅は把握していたからだ。それまで多くの自治体は、接種終了時期を「8月末」などと見込んでいた。
自治体に任せた接種日程に国が口を出せば、混乱すると考えた河野。「それは言わないでください」と何度も菅をいさめたが、「6月末」完了すら検討した菅は譲らない。河野は渋い表情で見つめるだけだった。
その夜、菅は緊急事態宣言の3回目の発令に追い込まれた。菅は記者会見で発令を謝罪する一方、高齢者の接種完了時期を「7月末まで」と表明した。
あえて退路を断った菅の胸には、こんな思いが去来していた。今年1月に新規感染者が1日6万人に上った英国は都市封鎖(ロックダウン)でも収束せず、ワクチン接種が進んだ今、日常生活を取り戻しつつある。日本は今一番きついが、我慢の時。接種が本格化する6月に必ず雰囲気が変わる――。「何を言われようが、ワクチンだけで突き進む」
引用:読売新聞
ここまで読んで、私は菅総理の考えが至極まっとうで、もし私が総理だったとしたら同じことを指示しただろうと感じた。
しかし、読売の記事は、菅さんが周囲の意見を聞かず暴走しているという伝え方なのだ。
ワクチンしかコロナから脱出する有効な方法がないことが分かっていて、課題だったワクチンがようやく日本に届いたのに、なぜ接種を急がないで許されるのか私には理解できない。
菅さんがいうように、6月末までに配布できるなら6月末までに高齢者の接種を終えるつもりで準備して、遅くても7月中にはすべての希望する高齢者の接種を終えるように計画を立てるのが当然ではないか。
菅総理は「1日100万回」との目標を発表したが、これは7月末までに接種を終えるために必要な数を逆算して出したものだそうだ。
これに対して、ワクチン担当の河野大臣は「1日70万回でもいいのではないですか」と諫めたというが、菅さんは納得せず7月末の期限にこだわったという。
菅さんの方が絶対に正しいと、私は思う。
トップが安易に目標を下げると、必ず緩んでしまう現場が出てくる。
トップが頑固に目標を掲げ続けることで、仕方なく現場もどうすれば7月末までに接種を終えられるかを真剣に考えるようになるのだ。
高齢者の接種が終わらないと、一般の接種には入れない。
何としても、どんな手を使っても、達成すべき全国民的な目標である。
河野さんが言った「1日70万回」という数字は、通常のインフルエンザワクチンの接種実績が1日60万回なので、プラス10万回程度が現実的だということのようだが、これこそ「平時の思考法」に他ならない。
アメリカや中国が前例のない特別対応をしている中で、日本はいつまでの現場の都合に振り回され、ワクチンもできなければPCR検査も進まず、欧米の10分の1の患者数で医療崩壊を起こしてしまうのだ。
ワクチン接種を進めるためには、ある程度強引な方法を取っても社会全体の利益につながる。
たとえば、コロナの診察をしていない町場のクリニックには、週一回ワクチンのための休診日を設定してもらい、医師と看護師がセットとなって集団接種を手伝ったり、自らのクリニックでワクチン接種を行ってもらう。
そんなことが実現すれば、今よりもずっとスピードアップされるだろう。
ワクチンがなかなか届かないことを言い訳にして、準備をサボっていた自治体があるとすると、行政や医療界は住民から厳しく非難されて然るべきだ。
読売新聞の記事に戻ろう。
ワクチン接種の期限をめぐる政権内部の様子を伝えたうえで、記事の最後にこのように締め括っている。
「弟分」の河野の反対も退け、菅はワクチン接種加速に向け突き進んだ。
菅は、周囲とぶつかり時に暴走する河野も認め、起用してきた。だが、ワクチンを巡っては、菅が周囲の制止を振り切り突っ走る。ある閣僚は、こう解説する。
「普段は暴走する河野をみんなで止めるのに、今回は、その河野が首相を止めようとしている」
引用:読売新聞
要するに、「7月末までに高齢者の接種を終える」という菅総理の公約を揶揄するような記事なのだ。
「安倍一強」時代には、あれほど政権を応援してきた読売新聞も菅政権には冷たい。
だからますます、へそ曲がりな私は菅さんを応援したくなってしまうのだ。
コロナ禍でメディアは何を発信すべきなのか?
メディアの報道姿勢が問われている。
コロナをめぐる日米のあまりもの違い。
日本中に渦巻く東京オリンピック中止論も、すでに「コロナ後」に走り始めたアメリカの人々にはピンとこないかもしれない。
しかし冷静に比較してみると、感染者が激減したと言われるニューヨークと緊急事態宣言下の東京での1日の感染者数はほぼ同じなのだ。
要するに、社会の受け止め方次第。
メディアの伝え方も極めて重要なのである。
ワクチンが社会に与える安心感の違いが日米の違いを生んでいるのだとすると、日本もあらゆる手段を使ってワクチン接種を1日も早く進めてほしい。
それ以外に、苦境の居酒屋などを救う方法はないのだ。
ミケルソンの歴史的快挙と熱狂するギャラリーの姿を眺めながら、私はそんなことを強く感じていた。