フランスのマクロン大統領が、極右政党のルペン候補を破り再選を確実にした。
ドイツのメルケル首相と共にEUを牽引してきた若き指導者が新たな5年間の任期を得たことで、ヨーロッパ統合を支持する人たちはひとまずほっと胸を撫で下ろした。
私もその一人だ。

決選投票で、中道のマクロン大統領と競ったのは今回も極右のリーダー、マリーヌ・ル・ペン候補だった。
事前の世論調査よりは両者の差は開いたが、極右の候補が40%以上の得票を得たのはフランス史上初めてのことだ。
フランスの国益を最優先にヨーロッパの統合に反対する立場のル・ペン氏が強い支持を得る背景には、フランス社会の根深い分断がある。
マクロン政権下のフランスでは、2018年から19年にかけて「黄色いベスト運動」が燃え盛った。
燃料価格や生活費の高騰に抗議し、富裕層への課税強化や最低賃金の引き上げを求めてフランス全土で毎週大規模な抗議活動が繰り広げられた。

自由の国フランスでは、市民が街頭に出て抗議活動を行うのは伝統のようなものだ。
フランス革命が世界に新たな価値観を生み出したように、個人の自由や市民の権利がとても大切にされている。
そのため、極右から極左までさまざまな主張を繰り広げる人たちが常に存在するのだが、近年目立つのは左右の対立ではなく、むしろ上下の対立、すなわち豊かなエスタブリッシュメント層と貧しい労働者階級の対立の構図であり、政府に不満を抱く労働者層がルペン氏の支持基盤となっている。
中道でEU推進派のマクロン大統領はエスタブリッシュの擁護者として極右だけでなく極左からも批判されていて、第1回目の投票では反EUを掲げる候補者たちが全体の55%の得票を獲得した。
2回の世界大戦を経験したヨーロッパが平和を守る装置として戦後取り組んできたヨーロッパ統合という壮大な社会実験は、これまでも何度も危機に瀕してきた。
私がパリ支局で取材していた頃も、親ヨーロッパ派と反ヨーロッパ派が対立し、フランスでも重要な国民投票で否決され統合が後戻りしたこともあった。
それでも危機に瀕する度に、ヨーロッパの人たちは理性的になり、少しずつ理想の方向に軌道修正してここまできたのだ。

今回のマクロン大統領の再選は、分断された社会の中でも、ヨーロッパ統合派が主導権を確保したことを意味する。
エッフェル塔の前で勝利宣言を行ったマクロン大統領は、自分を支持しなかった有権者にも連帯を呼びかけたという。
投票を棄権した有権者や、落胆しているル・ペン支持者を思っていると述べると、集まったマクロン支持者たちがブーイングを始めたため、マクロン氏はこれをたしなめ、「今から私はひとつの陣営の候補ではなく、全員の大統領だ」と強調した。
「極右に投票した人たちに申し上げる。皆さんの心配事に対応するのが、私と私のチームの責任です」とマクロン氏は続けた。さらに「今より公平な社会、男女の平等のために働く」と述べ、「この国はあまりに分断されているので、私たちはお互いに敬意を示さなくてはならない(中略)誰も置き去りにはしない」と約束した。
引用:BBC
マクロン大統領の呼びかけがル・ペン支持者に届くことは望み薄だろう。
アメリカのバイデン大統領も「国民全ての大統領になる」と約束したが、分断は解消するどころか一層激しくなっている。
社会が自由で民主的であればあるほど、人々の意見は分かれ、同じような意見の人々が集まり、溝はどんどん深くなる。
誰もが自由に意見を発信できるSNSの登場により、その傾向は今後ますます強くなるだろう。

敗れたル・ペン候補は、今回の結果に手応えを感じたようだ。
EUやアメリカ、NATOとは距離を置き、ロシアとはかねて近い関係を維持してきたル・ペン氏は6月の下院選挙での勝利に照準を当てている。
どんな政府でも、全ての国民を満足させることはできない。
その不満のはけ口として「反EU」=「フランスファースト」の主張はとても魅力的に映ることがある。
ヒトラーのナチスも民主的な選挙によって権力の座を手にしたように、民主主義は時に予想もしない未来を招くことがあるのだ。

耳障りのいい過激な言葉に騙されないようにしよう。
全ての問題を一気に解決する魔法使いのような政治家は存在しない。
最大多数の最大幸福を追求しつつ、少数者の声にも耳を傾けて、豊かな層から困窮する層に利益を再配分することが政治の最大の使命である。
ヨーロッパ統合のモデルは、まだまだ試行錯誤の連続だが、地球上に存在する最も希望を感じる取り組みだ。
中国のように多数派が力によって少数者を統制するのではなく、さまざまな個性を持つ国家が対話を重ね共通の利益のために緩やかな国家連合を作るというEUの試み。
もしもこれが失敗し破綻したならば、世界は元の弱肉強食の世界に逆戻りしてしまうだろう。
日本人の目はどうしても米中の動きに向けられる傾向があるが、本当に注目し連帯すべきなのはEUなんだと私は信じている。