<吉祥寺残日録>フェイクとリアル #200406

安倍総理がようやく緊急事態宣言を出すことで腹を固めたらしい。

明日取りまとめる緊急経済対策を待っていたということだろう。

今日行われた自民党の会合でも経済対策の規模は明らかにされていないので、何かしらのサプライズが用意されていると推測される。

我が家でも少し食料を買い足しに出かけたが、パニック買いは見られないものの朝から買い物客の姿は多いようだ。

日本人らしく、みんな粛々と巣ごもりの準備を始めている。

夕方には、東京都の医師会が6週間の「医療的緊急事態宣言」を出した。遅ればせながら日本でも本格的なコロナ生活に踏み出すことになる。

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一方、海外に目を向けると、一周先を走っている。

中国では、8日からついに武漢の封鎖が解除される。1月20日に封鎖されて以来、2ヶ月半以上厳しい外出禁止措置が続いたことになる。

解除を前にして中国のメディアでは、全面解除ではないと市民に引き続き感染対策を続けることを呼びかけ、集合住宅のゲートなどでも住民の出入りを厳重に管理するという。

気を緩めれば、ウィルスは再び勢いを増すからだ。

世界一の人口をどのようにコントロールするのか、今後も中国からは目が離せない。

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イタリアでは、感染者増加のスピードが減少に転じてきたようだ。ヨーロッパで真っ先に厳しい移動制限を課した効果がようやく現れ始めたのだろう。

ただこうした明るい兆しが見え始めると、人間は途端に緊張の糸が切れる。

イタリアでは、この週末久しぶりに広場の市がオープンした。天気も暖かかったようで、多くの人が外出をし、その緩みを懸念する専門家の声が報道されていた。

お隣のフランスでも自粛疲れが明らかで、週末には多くの市民が街にあふれ出したという。

世界一の感染者となったアメリカでも、トランプ大統領が「今週が最も悲惨な週になるだろう」と述べたものの、ニューヨーク州の死者数が前週から減ったということで、ピークが近いとの楽観論が流れ始めた。

日本はこれから本番という時に、世界では緊張が緩んでいく。

これが、パンデミックの厄介さかもしれない。

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そんな不思議な緩みが気になる今日、私の気を引いた記事は、イギリスで広まっているある噂である。

「新たな移動通信規格である5Gが新型コロナウィルスの感染を拡大させている」という噂だという。

どうしてこんな噂が拡散するのか信じられないが、実際にイギリス国内に設置された5Gの基地局アンテナが破壊されたり燃やされたりしていると言うのだ。

この噂に関連して、ボクシングの元世界チャンピオンがインスタグラムのこんかことを発信した。

『(新型コロナは)中国が発信源とは思わない。それは嘘だ。彼らはコウモリやヘビや有毒性物質を食べていると言われている。どういうことなんだ? みんな信じるのか? オレは信じない』

『コロナウイルスは、ああだ、こうだ、とみんな自分のようにウンザリしているかもしれない。建設中の5Gタワーに関係あると思わないか?』

『これは人為的なものだ。彼らは5Gをテストしている間に、事情があって植え付けられた。これは高齢者に対して害のあるもので、高齢者を排除するための人口制御策だったんだ』

確かに5Gのサービスが世界で始まった後で新型コロナウィルスが登場したのは事実だが、こんな噂が拡散するとは驚きである。

イギリス政府も「危険なフェイクニュースだ」と火消しに躍起だと言うが、今や何が本当で、何がフェイクなのかその境界はますます不透明になってきている。

こんなニュースに目が止まったのは、きっと昨夜見たNHKスペシャル「デジタル VS リアル 第1回フェイクに奪われる“私”」という番組を見たからだろう。

番組の公式サイトには、こう書かれている。

『私たちが信じるリアル。それ、ホントに“リアル”!?SNSの投稿動画や検索履歴に残された個人情報、そして監視カメラの映像・・・今、デジタル世界に積み上げられていく膨大なデータが現実世界の私たちの行動に大きな影響を及ぼそうとしている。』

確かに、デジタルマーケティングがビジネスの基本となり、AIを活用した「ディープフェイク」が登場したデジタル空間では、何がリアルで何がフェイクなのか、にわかに判断できない状況になっている。

しかも、既存メディアもSNSの情報を積極的に取り上げ、ネットニュースでは報道機関と個人が並立して扱われることが当たり前になった。

シリーズ第1回となる昨日の番組では、「フェイクは真実よりもずっと速く拡散される」という恐ろしい事実が描かれる。番組公式サイトでは・・・

『「事実」よりはるかに“拡散力”を持つと言われる「フェイク」が世界中で混乱を巻き起こしている。メキシコでは「フェイク」によって誘拐犯とされてしまった無実の若者が、群衆に殺害されるという痛ましい事件が発生した。
さらに、AIを使った最新の映像技術「ディープフェイク」によって、身に覚えのないポルノが作られる「フェイクポルノ」の被害が、日本をはじめ世界中で報告されている。』

しかし、フェイクニュースの最大の戦場は、政治の世界である。

『そして「フェイク」は“民主主義”の根幹「選挙」の場でまん延。私たちは知らず知らずのうちに、世論操作を受けている可能性も指摘されている。世論誘導ビジネスの最前線メキシコの潜入取材もまじえ、「フェイク」との攻防にカメラが密着。何が事実で何が嘘か分からない情報が氾濫し、信じたい情報が信じられ“真実”が揺らぐ時代、私たちに何ができるのか?』

番組では、昨年行われた台湾総統選挙で両陣営の間で繰り広げられたフェイクニュースの戦いを追う。この戦いには当然、中国本土から発信されたフェイクも含まれている。フェイクニュースは簡単に国境を越えるのだ。

そして、番組で一番面白かったのは、メキシコから大量のフェイクニュースを発信する「フェイク王」カルロス・メルロ氏に関する取材だ。

依頼主に有利となるフェイクニュースをツイート、それをトレンド入りさせるために1秒間に150回ものリツイートを人工的に作り出す。最初のツイートは「火種のツイート」と呼ばれ、これをメルロ氏らが「ボット」を使って大量拡散させる。トレンド入りすると一般の人の間でも話題となり、メディアが取り上げ一気に広がるという仕組みだ。

番組のカメラは、マーケティングを請け負うメルロ氏の下請け会社に入る。入り口には「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」というトランプ大統領のスローガンが貼ってあった。

現在は機械的なボットでは削除されてしまうので、実在のアカウントがリツイートに利用されるようになった。自分のSNSに「いいね」を増やしたい人が利用するアプリに登録した100万人のアカウントを、この会社は自由に利用する権利を持っているという。そして依頼を受けて、特定の書き込みに大量の「いいね」を提供するのだ。

さらに、メルロ氏本人の取材にも成功する。

海外の政治家や企業の印象操作を請け負ってきたというカルロ氏のオフィスにはホワイトハウスの大統領執務室で撮られたメルロ氏の写真が飾られていた。

メルロ氏は、「私はトランプ大統領のチームの戦略が大好きです」と語った。

さらにメルロ氏はこう続けた。

「無責任になんでもシェアしてきたのはSNSのユーザーです。みんながもう1分だけでも記事を読んでいたなら多くのフェイクは何の影響も与えることはできなかったでしょう。こうなったのは自然なことなのです。」

つまり、内容も理解せずいいねを押したりリツイートしたりする一般人の行為がフェイクニュースをはびこらせ、彼のビジネスを生んだと主張したのだ。盗人猛々しいと言えばその通りだ。

でも、私は人のツイートにいいねを押したりリツイートしたことがないのでよくわからないが、彼はある意味での真実を語っているのだろう。

そして技術はさらに進化し、今年のアメリカ大統領選挙ではAIが作り出した架空の人物を作り出しSNSのアカウントを取得させるという新たな手法が登場すると見られている。

もう何がリアルで何がフェイクなのか、人間の能力では判断できない次元に到達しようとしているのだ。

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「フェイクニュース」という言葉を世界中に浸透させたのはトランプ大統領だと思うが、前回の大統領選挙でフェイクニュースを利用したのもトランプさんだと言われている。

わが国でも、安倍総理を支持する強固なネットサポーターたちの存在が際立っている。安倍総理がやることは何でも支持し、安倍総理に反対するものは誰であっても徹底的に攻撃する人たち。この存在は不気味だ。

私はその実態についてほとんど知らないが、母体となっているのは、自民党が野党時代の2010年に立ち上げた「自民党ネットサポーターズクラブ」(J-NSC)、通称「ネトサポ」だと言われている。2万人ほどの会員を抱え、ネットの世界では抜群の存在感を誇ってきた。

本来は自民党を応援する組織のはずだったが、安倍長期政権の下、いつの間にか安倍応援団に変質し、先の総裁選では石破茂氏への激しい攻撃が繰り広げられた。

今回の新型コロナ対応でも、PCR検査を求める意見に対して、「検査を増やすと医療崩壊する」「偽陰性となった人が出歩いて感染を拡大する」と検査数を増やさない日本独自の論陣を張った。

安倍政権に批判的なリベラルなメディアには徹底的に攻撃を仕掛け、ニュースサイトのコメント欄にもせっせと政権礼賛の書き込みを行う。

情報が正しいかフェイクかは問題とならず、政権を批判する行為自体を攻撃対象とする。

安倍政権が発足してから、メディアのあり方が大きく変質した背景には、こうしたネット戦略が大いに関係しているような気がする。

野党やメディアがこれに対抗できていないことが問題かもしれないが、中国のように自由に政権批判もできない国にはなってもらいたくないと思っている。

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