<吉祥寺残日録>コロナ禍で迎える節分、本当の鬼は病魔か?それとも・・・ #210202

今年の節分は例年より1日早い。

2月2日が節分になるのはなんと124年ぶりのことで、公転周期のズレを微調整するためらしい。

ついでに節分について調べてみると、『各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。節分とは「季ける」ことも意味している。江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多い』(ウィキペディア)と書いてあった。

節分はもともと年4回あったのだ。

節分といえば豆まきだが、今年は有名人を招かず規模を縮小したり中止したりするお寺が多いという。

我が家の近くの井の頭弁財天も、今年の豆まきは中止だ。

節分に豆をまく風習が始まったのは室町時代だそうで、『鬼の目である「魔目」(まめ)を滅ぼす力を持つ「魔滅」(まめ)』に由来するという。

つまり駄洒落なのだが、「立春」という新しい年が始まる前の日というと風邪の流行る季節でもあり、いつの間にか豆を撒いて追い払う鬼は「病魔」というイメージが定着した。

ある意味、今年ほど豆まきをすべき年はないということで、豆がいつもの年よりも売れているという。

しかし、「鬼」の正体はウィルスだけではない。

政治家たちの軽率の行動も「鬼」のように世間から糾弾されている。

公明党の遠山清彦幹事長代理が、深夜に銀座のクラブで酒を飲んでいたことが発覚し議員辞職した。

公明党の次世代を担う有望株と見なされていたが、今年予定されている衆議院選挙には出馬しないという。

秘書が政治資金をキャバクラに使っていたことも発覚し、創価学会の婦人部から総スカンを食ったのだろう。

自民党では、やはり深夜のクラブ通いが発覚し国対委員長代理の職を辞めたばかりの松本純衆院議員のウソがばれた。

問題発覚当時、一人でクラブに行って陳情を受けていたと説明していたが、同じ自民党の大塚高司国会対策副委員長と田野瀬太道文部科学副大臣と一緒にホステス連れで酒を飲んでいたことが発覚した。

公明党の遠山氏が議員辞職したのを受け、慌てて自民党も離党勧告を出し、3人揃って頭を下げて離党会見を開いた。

コロナを押さえ込むために緊急事態宣言を出して国民に自粛を呼びかけている最中の「ルール違反」は、ストレートに国民の怒りを買い、選挙の影響を憂慮していつもより厳し目の対応になったのだろう。

本当の「鬼」はウィルスではなく、いつも人間の心の弱さに巣食う。

菅総理は昨夜3人の行動を謝罪したが、あまりにもタイミングが悪い。

今日正式に緊急事態宣言の延長を発表する予定だからだ。

栃木県を除く10都府県では3月7日まで1ヶ月間、厳しい行動自粛や飲食店の夜間営業自粛が求められる。

合わせて特措法や感染症法改正の国会審議も進んでいて、当初政府が打ち出した懲役刑や罰金は削除され、入院勧告を拒否した患者や自粛勧告に違反した事業者などに過料を課す程度で自民党と立憲民主党が折り合った。

海外に比べれば、ずいぶん穏当な罰則である。

ロックダウンを行っている国々がどのような法体系になっているか、国会でもマスコミでもほとんど議論にならなかった。

ニュージーランドや台湾のような模範国ではどんな法律が整備されているのか、個人的には知りたかったが、日本人ははなからロックダウンのような強硬策を実施するつもりがないのだ。

最初の緊急事態宣言の際、当時の安倍総理が「我が国ではお願いしかできないんです」と法律の不備を嘆いていたが、今後も国民の自粛に頼るフワッとした「日本モデル」が続くことになりそうだ。

ただ、コロナによってダメージを受ける人と受けない人の公平性という点は気にかかる。

私はこの週末、歌舞伎町を取材した2本のドキュメンタリー番組を見た。

1本は、NHKスペシャル「“夜の街”で生きる〜歌舞伎町 試練の冬〜」。

そしてもう1本は、BS1スペシャル「ラストトーキョー2 新宿歌舞伎町2020-2021」である。

第三波に苦しむ年末年始の歌舞伎町で生き抜こうともがく人々をカメラが追った。

一見華やかに見える夜の街には、社会の弱い部分が凝縮する。

夜間の飲食に限定した政府のコロナ対策は、そうした弱さを抱え夜の街に居場所を見つけた人たちを直撃している。

歌舞伎町の家賃は高い。

政府の支援策では焼け石に水、結局客がほとんど来ないこの街で店を開け続ける道を選択する。

国会議員が吊し上げにあったことも影響し、夜の街はますます風前の灯だ。

医療機関などとは違い、一般の人たちの視野には入らない社会の片隅にダメージが集中し、私たちの多くはコロナ前とさほど変わらない経済状況で暮らしている。

所詮みんな、自分の立場でしか物事を考えられないのだ。

緊急事態宣言が延長される1ヶ月、歌舞伎町だけでなく吉祥寺でも、同じように廃業を考えるお店が増えるだろう。

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それでも、外国と比べれば、まだ日本はましだ。

昔から、「鬼」とは病魔を意味するだけでなく、戦っている敵も「鬼」と呼んだ。

日本各地に残る鬼伝説は、「鬼」と呼ばれて滅ぼされた一族をその地にいたことを今に伝えている。

戦中には、日本人は「鬼畜米英」を叫び、敵であるアメリカやイギリスを「鬼」と呼んだ。

そんな歴史を繰り返さないためにも、国民がルールを守り、武力ではなく良識を土台にし、国際協調のもとで難局に立ち向かう、そんな国の基本は変わって欲しくない。

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