<吉祥寺残日録>ウクライナ危機🇺🇦 EUがロシア産石油の9割禁輸で合意!欧州の未来をめぐる和平派と強硬派の綱引き #220601

今日から6月。

日本では食品からエネルギーまで様々な物価が値上がりする一方、コロナの流行が比較的落ち着いていることからコロナ前の日常が少しずつ戻りつつある。

岸田内閣の支持率は60%という高水準で推移していて、昨日は2.7兆円にのぼる補正予算が対した抵抗もなくスムーズに成立した。

岸田さんが打ち出す政策はどれも目の前の課題に対応するだけで、長期的なビジョンがちっとも見えてこないが、その誠実な人柄が評価されているのだろう。

確かに国会での答弁を見ていても、安倍さんや菅さんに比べ穏やかで誠実な印象は受けるが、日本の最大の問題である高齢化などへの抜本的な政策は一切なく、かといって野党の質問を聞いていてもちっとも胸に響く言葉はない。

この分で行くと、この夏の参院選は自民党の圧勝はほぼ間違いなく、凡庸な岸田総理は長期政権になりそうな気配である。

やはり日本人は痛みを伴う過激な改革よりも、穏やかで現状維持を好むようだ。

これも年老いた国の宿命かもしれないが、後々改革の遅れが日本の命取りにならなければいいがと、個人的にはとても心配である。

その点、ロシアの脅威に直面しているヨーロッパでは、日本とはやはり緊張感が違うようだ。

EUは臨時首脳会議を開き、ロシア産石油の大半を輸入禁止とする追加制裁案に合意した。

EUの中ではロシア寄りとされるハンガリーが強く反対して、陸上パイプライン経由の一部が除外されたものの、総輸入量の3分の2は即座に、年末までには9割の輸入をストップする。

自国に石油資源を持つアメリカとイギリスはすでにロシア産原油の輸入を止めているが、ロシアにとって最大に輸出先であるEUがここまでの禁輸を決めたことは大きなダメージになるだろう。

さらに、これまで制裁の対象外となっていたロシア最大手の銀行「ズベルバンク」もSWIFTから排除することを決めたほか、プロパガンダ放送を流し続けているロシア国営メディアへの制裁も決定した。

軍事侵攻から3ヶ月あまり時間がかかったが、その間各国が国内調整を行い、最終的に27カ国が全会一致で合意に辿り着いたことは、ヨーロッパの成熟ぶりを感じさせる。

日本はG7の決定に従う形でロシア制裁に加わってはいるが、自主的にこの危機に関わろうという哲学は感じられず、近隣諸国との間で十年一日同じ対立を繰り返しているだけだ。

日本の政治家たちはアメリカと中国に振り回されるだけではなく、戦略的に粘り強く交渉によって合意を探るヨーロッパの文化をそろそろ真剣に学ぶべきだと思う。

しかし今回の石油禁輸はヨーロッパにとってものすごく大きな決断である。

日本政府はロシアとの共同事業「サハリン2」について死守する考えらしい。

萩生田経産相は国会で、「サハリン2は、先人が苦労して獲得した権益。地主はロシアかもしれないが、借地権やプラントは日本政府や日本企業が保有している。どけと言われてもどかない」と述べた。

ドイツが国策として推進してきたパイプライン「ノルドストリーム」の事業を断念してまで、EU全体での対ロシア制裁を取りまとめたのとは決定的な違いがある。

ロシアからのエネルギー依存をやめる判断は、日本の何倍も苦しい選択だっただろう。

政治家には目先の利益よりも大事な哲学があるべきなのだ。

そしてウクライナ情勢の焦点は今、東部ルハンシク州におけるウクライナ側の最後の拠点セベロドネツクの攻防に当たっている。

南東部のマリウポリを陥落させたロシア軍は南北からこの街を包囲し、ついに昨日セベロドネツク市街地に突入した。

すでに市内の半分がロシア軍の手に落ちたという。

この街がロシア側に渡るとルハンシク州は事実上ロシアの支配下に入り、その勢いに乗って隣のドネツク州の完全掌握へと軍を進めると見られている。

西側ではロシア軍の「弱さ」を強調した情報も頻繁に流されているが、敵を侮ることはロシアが犯した過ちと同じ結果を生むだけで決して良い結果をもたらさない。

気になるのは、この戦争がいつまで続き、どうやって終わるのかということだ。

日本経済新聞に、イギリス「エコノミスト」の興味深い記事が転載されていた。

『ロシア侵攻、終結のシナリオ』

日本ではあまり伝えられないEU内部にある2つの意見が紹介されていたので、これを引用させてもらおうと思う。

「和平追求派」vs「正義求める対ロシア強硬派」

ブルガリアの首都ソフィアにあるシンクタンク、リベラル戦略センターのイワン・クラステフ氏は「西側諸国はほぼ2つの陣営に分かれている」と言う。一つはできるだけ早く停戦を実現させ交渉を開始すべきだとする「和平追求派」、もう一方はロシアには多大な代償を負わせるべきだとする「正義を求める対ロシア強硬派」だ。

両陣営の議論が分かれている一つが領土問題だ。侵攻が始まった2月24日以降にロシアが制圧した地域はロシアの領土とする、侵攻開始時点でロシアが保有を主張していた領土だけを認める、あるいは時計を2014年まで巻き戻し、ロシアが強引に併合した地域を国際社会が本来認めてきた国境線まで返還させる、の3つを巡り議論が続く。

ほかにも、戦争長期化に伴うコストとリスクの増大、長期化で得られるメリット、今後の欧州でのロシアの位置づけも議論となっている。

和平追求派は動き出している。ドイツは停戦を呼びかけ、イタリアは同盟国などと協力して政治決着を図る4段階から成る和平計画を作成、国連に20日、これを提案した。フランスはロシアに「屈辱」を与えない形の和平協定が必要だとしている。これらに反対する対ロシア強硬派の主たるメンバーがポーランドやバルト諸国で、その筆頭に立つのが英国だ。

では米国の立場はどうなのか。米国はウクライナにとって最も重要な支援国だが、ウクライナがロシアとの交渉を有利に運べるよう支援する以外、明確な目標はまだ表明していない。米国はこの戦争に既に約140億ドル(約1兆8000億円)の支援をしたが、米議会は21日、さらなるウクライナ向け軍事・人道支援として400億ドルの追加予算案を可決した。

米国は40カ国以上にウクライナへの軍事支援を呼びかけ、その約束を取り付けたが、無限に支援できるものではない。ウクライナに大砲は既に供与されたが、ウクライナが求めている長射程のロケット砲システムは供与されていない(編集注、米政府は28日時点で提供する方向で検討中と報道されている)。

米国の立場の曖昧さはオースティン米国防長官の発言で増幅された。首都キーウ(キエフ)を4月24日に訪問した直後は西側はウクライナを支援して「勝たせ」、ロシアを「弱体化させる」と述べ強硬な立場を見せた。だが3週間後の5月23日のロシアのショイグ国防相との電話協議後には「即時停戦」を求め、和平追求派に近づいたかにみえた。米国防総省は米国の方針に変更はないとしている。

引用:日本経済新聞(The Economist)

なるほど、独仏伊が和平派で、イギリスとポーランド、バルト3国が強硬派、そしてアメリカは曖昧という位置づけらしい。

バルト3国は直接ロシアと国境を接し、いつ軍事侵略を受けるかわからない小国だ。

ポーランドは歴史的にロシアとの間でウクライナを奪い合ったライバルであり、イギリスは日露戦争でも日本を支援したように伝統的にロシアの軍事力を警戒する傾向を持つ。

そういえば先日、BS世界のドキュメンタリー『カラーでよみがえる大英帝国 戦争へのカウントダウン』という3回シリーズの記録映像を見た。

第二次世界大戦が始まる前の1930年代のイギリスを撮影した映像をカラー化した番組であまり面白くはなかったのだが、その中に俗に「宥和政策」と呼ばれる英チェンバレン内閣によるナチスに対する姿勢が記録されていて興味深かった。

1936年にケントで撮影されたホームムービーには、イギリスの青少年クラブとドイツの青少年組織ヒトラーユーゲントが一緒に行進する映像が残っていた。

第一次大戦からようやく立ち直ったイギリスは1930年代、自由と経済成長を謳歌していて二度と戦争はしたくないというのが市民たちの強い気持ちだったという。

すでにナチスによるユダヤ人迫害はイギリスでの知られていたが、戦争を避けるためにドイツとは敵対しない政策が取られたのだ。

さらに驚いたのはこちらの映像。

オズワルド・モズレー率いる「イギリス・ファシスト同盟」の黒シャツ隊が行進する様子である。

イタリアやドイツでファシストが台頭すると、元労働党議員だったオズワルド・モズレーがイギリスでファシストの党を立ち上げた。

1932年10月のことだ。

当時世界恐慌で苦しんでいたヨーロッパでは、イタリアやドイツで権力を握ったファシストが各国に強い影響を及ぼした。

大恐慌を克服するためには新しいアプローチが必要だと信じられたからだ。

イギリスでも「ファシスト同盟」が一時5万人の党員を獲得し、頻繁に街頭パレードが催され、集会では全員がナチス式敬礼をおこなっていた。

1936年10月4日、ロンドンのイーストエンドを行進していた黒シャツ隊がこのデモを阻止しようというユダヤ人や社会主義者と衝突した。

イギリスでは「ケーブルストリートの戦い」として知られ、結局イギリスではファシズムが権力を握ることはなかった。

Embed from Getty Images

こうしたドイツとの戦争を避けたいという世論を背景に1937年に誕生したチェンバレン政権は、フランスと共に宥和政策を進める。

ドイツ、イタリアとの間でチェコスロヴァキアを分割する「ミュンヘン協定」をまとめたチェンバレン首相は、戦争の危機を回避したとしてイギリス国民に大歓迎されたという。

今ではドイツに誤ったメッセージを送ったとして悪名高い「宥和政策」だが、戦争回避を最大の目的としたそのチェンバレンの政策は当時のイギリス国民には熱狂的に支持されたことは知っておく必要がある。

誰だって戦争なんかしたくない。

しかしそうして侵略者に妥協した結果が第二次世界大戦だったというのは、我々がしっかり覚えておくべき教訓なのだ。

我々日本人は、「何より人命が大切」とか「戦争を回避する努力が重要」と当たり前のように言ってしまうが、一旦戦争が始まってしまうと事はそう簡単ではなくなってしまう。

再びエコノミスト紙の記事に戻ろう。

和平追求派は戦争が長びけば、ウクライナにとっても世界にとっても人的・経済的な犠牲が大きくなると懸念を募らす。強硬派は、対ロシア制裁がようやく効き始めたのだからもう少し時間をかけ軍備を拡充すればウクライナに勝算があると反論する。

背景には2つの相反する懸念がある。ロシア軍の戦力は依然衰えておらず消耗戦になれば優勢になるという懸念と、ロシア軍はもろいという見方だ。後者の場合、敗北が濃厚になれば北大西洋条約機構(NATO)を攻撃しかねない、あるいは敗北を避けようと生物化学兵器の使用や核兵器にさえ訴えかねないとの懸念がある。

マクロン仏大統領は、欧州は長期的にはロシアと共生する道を探らなければならないと説く。これに対しエストニアのカラス首相は「プーチンを刺激するよりプーチンに譲歩する方がはるかに危険だ」と反論する。

引用:日本経済新聞(The Economist)

エストニアの首相の発言は、まさにチェンバレンの宥和政策の失敗を教訓として学んでいる証拠だろう。

ウクライナが比較的楽観的なのは、ロシアによる短期制圧を阻止し、西側が新たに供与した武器の前線配備が始まったからだ。

しかし、ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は、土のうを積み上げた大統領府から欧州の一部の国に「支援疲れ」がみえるのが気がかりだと語った。「面と向かっては言わないが、我々に降伏を迫っているように感じる。だが停戦すればいわゆる”凍結された紛争”(編集注、旧ソ連南部ジョージアから独立を宣言した南オセチアやモルドバの沿ドニエストル地方など、まだ解決していない旧ソ連の未承認国家問題を指す)になってしまう」。米政府についても「動きが鈍い」と断じた。ウクライナが必要とする量の武器が届いていないというのだ。

いつ戦争が終結するかは、ほぼロシア次第だ。ロシアは停戦を急いでいない。東部ドンバス地方を絶対に完全制圧する方針のようで、西部での領土獲得にも言及している。

キーウの政治アナリスト、ウラジミール・フェセンコ氏は「今の難題は双方がなお勝てると信じている点だ」と指摘、「戦況が完全に膠着し、ロシアとウクライナの両政府がそう認識して初めて互いが何らかの譲歩をするための交渉が可能になる。だが交渉が実現したとしても、一時的な和平にしかつながらないだろう」と言う。

引用:日本経済新聞(The Economist)

結局、ヒトラーな自殺するまで第二次大戦が終わらなかったように、プーチンが失脚するまでウクライナの戦争は終わらないのかもしれない。

5月末、かつてプーチンが軍事侵攻したジョージアの南オセチアで変化が起きた。

ロシアが実効支配する南オセチアの大統領を選ぶ選挙で、プーチン政権が推す現職候補が敗れ治安機関出身の新しい大統領が誕生した。

そして新大統領は、すでに実施が決まっていたロシアへの編入を問う住民投票を棚上げにする決定を下した。

ロシアによるウクライナ侵攻の長期化は、親ロシア派が多い地域にも微妙な変化をもたらしている。

一旦始まってしまった戦争をどのように終わらせるのか?

世界はその難しさと経済的な影響をこれからますます痛感することになるだろう。

<吉祥寺残日録>首相在任16年!アンゲラ・メルケルのいなくなった世界が本当に心配だ #211209

コメントを残す